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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第5話 魔動機兵
15/62

5-3

 特設ステージ。

 そこでは丁度、グランダルクの午前のお披露目が終わった所であった。

「お疲れ様。魔動タンクを外すからそこでしゃがませてくれ」

 研究員の一人がステージ裏に戻って来たグランダルクの操縦者へ聞こえるように声を掛ける。

 グランダルクは片膝と両手を付いて前傾姿勢になった所で動きを止める。

 操縦ハッチがせり上がり、操縦者が降りてくる。

「それじゃあ魔動タンクを取り外すから頼む」

 司会を務めていたもう1人の研究員がそう声を掛けると、操縦者は軽く手を上げて答えると舞台裏の更に奥へと消える。奥にある作業用魔動機兵を取りに行ったのだろう。魔動タンクはかなりの重量があり、魔動機兵の支えが無いと脱着作業が難しいのだ。

「いや~、それにしても今年は人が多いな」

「うちのグランダルクの影響だろ」

 2人の研究員は作業用魔動機兵が来るまでの間の暇潰しに雑談に興じ始める。

「でも今年はそれだけじゃない。確かアイリッシュ王女様が見初めた小さな工房が戦闘用魔動機兵を出すって」

「ああ、そういえば、そんな話もあったなぁ。でもたかが個人の工房だろ?作業用に毛が生えた程度の出来じゃないのか?」

「いや、そうでもないらしい。ここだけの話、グランダルクが急遽、今年の王国祭に出展する事になったのはその工房のせいらしいって」

「あっはっはっ、冗談言うなよ。うちはこの国最高の魔動研究機関だぜ?いくら王族が目をかけた工房だからって、対抗する程のものじゃないだろう」

 王立魔動研究所は様々な地域から様々な分野の優秀な人材をスカウトして集めている。能力さえあれば地位も国籍も関係無く、優秀な成果を出せば貴族並みの待遇になる事もあるという。

 そんな中で切磋琢磨している研究員や魔動技師が一介の魔動工房に技術的に劣るとは思えなかった。

 だから彼は正面から作業用魔動機兵が姿を現したのを見つけて、話を終わりにした。

「無駄話は終わりだ。取り外し作業をはじ…め……」

 振り向いた彼は驚愕に目を見開く。

 膝をついてしゃがんでいたはずなのに、なぜかグランダルクは立ち上がっている。

 操縦者は今、作業用魔動機兵に乗っている。

 グランダルクに背を向けて雑談していたが、自分達以外にここに来た人物はいなかった。誰かが乗っているわけでは無いはずだ。現に操縦席のハッチは開かれたままで、そこに人がいるようには見えない。

 動くはずの無いその巨大な漆黒の足が今、研究員の頭上から落ちてこようとしていた。

 次の瞬間、鈍い音と共にザクロを踏み潰したような赤が床に広がる。

「ひ、ひぃぃぃ~」

 もう1人の研究員が恐怖に腰を抜かして床にへたり込む。

 グランダルクはまた1歩を踏み出す。

 腰を抜かした研究員からはかけ離れた場所にその足が踏み下ろされる。更に1歩を踏み出し、研究員からは遠ざかっていく。

 最初の1歩で踏み潰されてしまったのは、ただ単にグランダルクの進行方向に運悪くいた為だろう。

 研究員の男は自分が助かった事を安堵しつつも、その表情は未だ恐怖を張り付かせている。

「な、何が…起きて…るんだ……」

 人が乗っておらず、魔動タンクに蓄えた魔動力も空だったはずである。にも関わらず、グランダルクは独りでに動き出している。

 取り押さえようと作業用魔動機兵が立ち塞がるが、所詮は作業用。戦う為に造られた魔動機兵に敵う訳も無い。

 拳の一撃で軽々と吹き飛び、壁面に叩き付けられる。その衝撃で壁は崩れ、賑わう中庭の様子が見える。

 意志の無い漆黒の重騎士は、まるで意志を持ったかのように外へとその足を向けるのだった。



「…というわけで、私はこのキングス工房に将来性を感じ、力をお貸しする事と致しました」

 キングス工房のブースでは一段高くなった壇上でアイリが挨拶を行っていた。その背後には布に覆われた巨大な物体が鎮座している。

 可愛らしい王女を間近で見れるという事で、他のブースより観客数が多い。

 だがアークスやソーディをはじめとした数人の王国兵が警護し、近寄せないようにしているおかげで混乱する程ではなかった。

「それではキングス工房の造り出した魔動機兵シルフィロードを御覧入れましょう」

 アイリの言葉に合わせ、裏方のシンが布についた紐を引く。

 風に煽られながら、巨大な人形を覆っていた布が取り去られ、陽光を照り返して銀色に輝く鋼の巨人がその姿を露わになる。

 グランダルクと比較すると、かなりの細身だが、作業用には無い重厚感や迫力は備わっている。

 グランダルクが重騎士ならばシルフィロードは軽戦士といった感じであろうか。

 流線的なフォルムは美しいとも言え、色も銀色という事で人の目を引く。

 だがグランダルクのインパクトが強過ぎた影響もあるのだろう。感嘆の声は上がるが、それだけである。

 コンセプトが違う為、一概に比較は出来ないのだが、素人目で見れば、重量感と威圧感が強く、たった1日とはいえ先に発表されたグランダルクの方が凄いモノに見えてしまう。無名の工房と王立魔動研究所という差もあるだろう。

 確かに二番煎じという事もあり、シン達が想像していた程の驚きと歓声は無い。

 だがそれなりの注目は集めている。

 それに見た目のインパクトや材質はともかく、性能では負けていないと自負している。

 動き出せば、その人間のような滑らかな動きがグランダルクに引けを取っていない事が証明されるだろう。

 アイリに代わり壇上にユウが立つ。

「僕はキングス工房の魔動技師、ユウ・キングスロウです。これよりシルフィロードの起動を開始します」

 ユウのその言葉はシルフィロードの中に居るクレスにも届いた。

 クレスは息を1つ大きく吐いてから、操縦席の前に備え付けられたジルグラム核にそっと手を添えると淡い緑色の光が操縦席を包み込む。

 操縦席全体に光が行き渡り、操縦席の壁面が半透明となり外の光景が映し出される。

 マジックミラーのようなもので、透き通っているのは内側だけで外側から内側を覗く事は出来ない。

 人が大勢集まる外の景色が映し出されると共に周囲の音も鮮明となる。

 原理や仕組みは分からないが、まるで外に居るような感覚になる。いやシルフィロードが増幅しているおかげで普段以上に感覚が鋭敏になっている。

 だからクレスは、クレスだけはその異音に気付いた。そして周囲よりも高い目線だったからこそそれに気付いた。

 最初に聞こえてきたのは、何かが壊れるような音。次いで誰かの叫び声と悲鳴。

 最初に見えたのは砂埃。そしてその中から現れる漆黒の巨人。

 クレスが警告を発するより先に誰かが叫ぶ。

「た、大変だ!研究所の魔動機兵が暴走したぁぁ!!」

 その叫びが真実であるという証拠を見せ付けるように、特設ステージがある方向から多くの人が叫びながら走ってくる。

 その背後から漆黒の重騎士、グランダルクがゆったりとした歩調で進んでくる。

 ゆったりといってもそれは魔動機兵サイズでの話。その1歩は逃げ惑う人々より早いだろう。

 徐々にそれは近付いてくる。

「皆さん、この場は危険です。慌てずに誘導に従って逃げて下さい!」

 アイリは咄嗟に壇上へと上がり、魔動拡声機で呼び掛ける。

「シンさん、ユウさん。兵の皆さんと一緒に避難の誘導をお願いします」

 王女らしい威厳のあるアイリの言葉に周囲の混乱は若干収まる。だがアイリ本人も正直、どうして良いか頭は回っていなかった。

 咄嗟にこれだけの事が出来たのは、王族としての使命感と普段の振る舞いのおかげといえよう。

 誘導に従い、観客は大きな混乱も無く避難を開始する。

 だが、グランダルクは間近まで迫っている。ここに辿り着くまでに全員の避難が終わるとは到底思えない。

 そう思ったクレスは意を決する。

『シン、ユウ。私が引き止めますのでその間に誘導を進めて下さい』

 シルフィロードに内蔵された魔動拡声機を通して2人に伝える。

 グランダルクは戦闘用魔動機兵だ。作業用とは比べられない程の出力を持っている。作業用魔動機兵では足止め程度にもならないだろう。

 だがシルフィロードは同じ戦闘用魔動機兵。操縦者が素人のクレスであっても足止めくらいは出来るだろう。

「クレス!無茶だ!!」

 シンが叫ぶ。だがクレスの決意は揺るがない。

「お願い。私にみんなを…シンを守る為の力と勇気を貸して」

 クレスは小さく呟くと、その想いと共にフットペダルを踏み込む。

 シルフィロードは想いに応えるように足に力を溜め、解き放つ。

 鋼鉄を纏っているとは思えない程の跳躍。逃げる人垣を飛び越え、グランダルクの目の前まで一気に飛ぶ。

 着地の瞬間、足首の、膝の、太股の、腰の、操縦席の、全身の魔動筋が作動し、着地の衝撃を和らげる。

 軽やかに舞い降りる。

 その表現が一番相応しいだろう。鈍重なグランダルクが普通に歩く衝撃よりも、シルフィロードの着地は衝撃が少なかった。

 2機が対面した場所は、どこかの魔動工房のブースなのだろうが、幸いな事に周囲に人はいない。既にそのブースもグランダルクの歩みにより半ばが破壊されてしまっている。ここのブースの人には悪いが、ここで足止めが出来れば、これ以上の被害は出ないだろう。

「…大丈夫。私なら…シンとユウが造ったシルフィロードなら、きっと大丈夫」

 クレスはそう自分に言い聞かせて、震える体でグランダルクと対峙する。

 争いとは無縁の人生を送ってきたクレス。いくら決意を込めて臨んだといっても恐怖が消えて無くなるわけではない。

 だが今、この場で対処できるのは、このシルフィロードだけなのだ。

 グランダルクは、突如目の前に現れたシルフィロードに怯む事無く、その拳を振り上げる。

 唸りを上げてシルフィロードに拳が迫る。

「きゃっ」

 いきなりの攻撃になんとか腕を上げて防ぐが、緩和出来なかった衝撃が操縦席を襲う。

 戦いの経験の無いクレスだが、彼女の無意識が魔動力を通して魔動制御回路に伝わり、半自動的に最適な回避や防御を選択してくれる。

 2度目の拳もなんとか防御する。自動的に防御を行っているが、それが最適とは限らない。

 元々、シルフィロードは回避を重視したコンセプトを元に造られている。一撃離脱の戦法には適しているが、今回のように何かを護るという戦いでは、避けたり間合いを離したりすれば、相手は破壊を続けてしまい、不向きなのだ。

 グランダルクに勝っている機動力を生かす事が出来ないのは、致命的だった。

 その上、クレスが護りたいと願えば願う程、魔動制御回路は回避では無く防御を選択する。

 その結果、シルフィロードはサンドバック状態となる。

 一撃毎に鎧甲は歪み、徐々に衝撃を緩和出来なくなっていく。

 その操縦席の中でクレスは歯を食いしばって、恐怖に震える自身の身体を無理矢理抑え付けている。

 だが一撃を受ける度に体の震えは大きくなり、恐怖が意志を覆い尽くそうとしていた。

 心が挫け掛けた瞬間。

 ついにグランダルクの拳がシルフィロードの防御を抜ける。胸部を打ち付け、更にその圧倒的なパワーを腕に集中させて力任せに振り抜く。

 軽量のシルフィロードはその一撃を受けて吹き飛ばされる。

 キングス工房のブース前まで吹き飛ばされたシルフィロードは仰向けに倒れたまま、その動きを停止する。

「クレス!!」

 シンの悲痛な叫び。だがクレスには届かない。

 クレスは操縦席で膝を抱え、震えていた。その瞳からは大粒の涙が幾筋も流れている。

「……ごめんなさい……ごめんなさい………」

 自らの無力を嘆き、クレスは誰に向けてか分からない謝罪の言葉を紡ぎ続けるだけだった。

満を持して主役機登場……のはずが操縦者共々ボロボロですw


ルートアンケートも一応、期限終了しましたので、週2更新に戻します。

次回は3/18(水)0:00に更新予定です。

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