5-2
「俺達に対抗意識を燃やして慌てて魔動機兵を発表したのかと思ってたけど、あそこまで高い完成度だとは思わなかったな」
翌日の午前。
ブースの設営準備をしながら、シンは隣で作業を行うユウへと喋り掛ける。
魔動王国時代の開発書を元に造ったという事もあり、シルフィロードはかなりの自信作だった。
いや、今でも見劣りするとは思っていないが、グランダルクのインパクトは想像を遥かに超えていた。
「研究所は様々なものを研究開発しているから、今年発表予定だったものを無理矢理、魔動機兵に組み入れたんだろう。アダマス鋼は魔動機兵に限らず、武器や防具にも応用可能だし、魔動タンクなんかは、そもそも臨機応変に対応する必要のある戦闘用魔動機兵に積むのは現実的じゃない」
魔動機兵の操縦は操縦席にあるレバーやフットペダルを操縦者がこう動かしたいと念じながら動かす事で、魔動制御回路が最適の動きを選択し、魔動機兵にその動きを再現するという仕組みである。
作業用であれば単純な作業の為、自動で動いても問題は無いだろうが、戦いとなれば相手がいるわけであり、その相手が次にどう動くのか、完全に予知しない限り対応するのは不可能である。
つまりプログラム通りの動きだけでは単調になってしまい、素早い対応が出来ないのだ。
もし全てに対応させようとすれば、恐らく億や兆の単位の動作プラグラムを組み、且つそれらを一瞬で自己判断する処理能力が必要となるだろう。
それを考えると人間の対応力、処理能力とはなんとも驚異的なものだと実感する。
「やっぱり無理なのか。でも、もっと開発が進んだら……」
「シンの言いたい事は分かる。確かに魔動力を蓄える事が出来ればシンでも魔動具を使う事が出来るようになるだろうし、当然、魔動機兵にも乗れるようになる。けれど自分の意志では多分、動かせないだろうな」
「どういうことだ?」
聞き捨てならないとシンは作業の手を止め、ユウに詰め寄る。
「まず魔動機兵の魔動制御回路が何故思考を読み取り、適切な行動を選択できるのか解明されていない。そして回路図がどういう役割を持っているかっていうのも分かっていない」
確かにシルフィロードの回路図も開発書に書かれてある内容を写し取っただけで、その内容を理解して回路図を描き込んだわけではない。
開発書は魔動機兵を造る説明書でしか無く、原理を説明する解説書や教科書では無い。
真偽の程は不明だが、王立魔動研究所でさえ、魔動機兵が動く原理は全く分かっていない。
「魔動力を通して思考が流れているという説が有力だけど、例えそうだとしても、その思考に準じた動きを再現する原理も分かっていない」
よくよく考えると恐ろしい話である。
どういう原理で動いているか分かっていないものを、便利だからという理由だけで使っているのだ。
まぁ、危険で何かあった時には手に負えなくなるようなものを、安全ですと言い切って使っている世界もあるのだから、似たようなものであろう。
「つまりシンが魔動タンクを積んだ魔動機兵に乗ったとしても、自分の思考を魔動機兵側に伝える装置や手段が無い限り、今日見たグランダルクのような単純で最初から組み込んでおいた動きしか出来ないってことだ」
「…ああ、やっぱり俺には操縦するのは無理なのか……」
シンはがっくりと肩を落とす。
ちょっと、いやかなり期待していただけにその分、落胆は大きい。
思考を伝える装置を開発しようにもシンにはその技術も知識も無い。思考と魔動力の因果関係をはじめ、その原理が解明されない限り、この世界の誰もそんな装置を造る事は不可能だろう。
ユウはこの話は終わりと設営作業に戻る。
シンも仕方なく設営作業を再開する。いつか誰かがそんな装置を作ってくれると妄想しながら。
しばらく黙々と作業をしているとブースの外から人影が走ってくる。
「ちょっと、ユウ!この服、なんとかなりませんか!!」
走って来たのはクレスだった。
「おい、クレス。一体どうし…どぶはぁ!!」
シンがその声に顔を上げ、クレスの姿を見た瞬間、奇妙な声を上げて仰け反る。
「お、お、おい……クレス……そ、その格好は……」
わなわなと震える声でシンはクレスを指差す。その顔は真っ赤になっている。
「え?あ、ちょ、ちょっと!シンはこっち見ないで下さい!!」
クレスはまるで裸でも見られたかのように両腕で胸の前を隠しながらしゃがみ込む。
「僕はとても似合うと思いますけれどねぇ」
ユウは笑顔でそう答える。
「うう~、せめて上着を羽織ってくれば良かったです……」
恥ずかしさのあまり真っ赤になってクレスは呟く。
そのクレスの恰好はピッタリとした革製のボディースーツだった。
夏という事もあり暑さを考慮しているのか上半身は半袖で下半身もスパッツのように太股の半分程までの長さしかない。
シンの位置からはしゃがんで後ろを向いているせいで、背中からヒップラインまでが見え、腕と足の白さと相まってとても扇情的だった。
胸元は隠されている為に見る事は出来ないが、背後から見る限り体のラインがくっきりと出ているのだろう。
「え~っと……一体これは……」
シンには何故クレスがこんな恰好をしているのか分からない。というか思春期の男性にはかなり刺激が強く、目のやり場に困る。
「と、とりあえずシンの上着を貸して下さい!!」
「え、あ、ああ」
その言葉にとりあえず、シンは着ていたパーカーを脱ぎ、クレスの肩へと掛けてあげる。
顔が上気して暑かったので丁度良かった。
「と、とりあえず誰か説明してくれるとありがたいんだけど……」
「ん?そういえばシンには言ってなかったか。クレスが今日、シルフィロードを操縦するんだ」
それについてはシンも予想はしていた。
魔動力の無いシンには操縦出来ないし、調整の時にいつも操縦していたユウは魔動技師である為、技術的な解説を行う必要があるので操縦しているわけにはいかない。そうなると必然的に一人に絞られてしまう。
アイリに誰か操縦者を用意して貰うという案もあったが、キングス工房で造られた魔動機兵なのだから、知らない者に頼むよりも工房の一員に操縦して欲しいという思いがあったのも事実だ。
戦闘用とはいえ実際に戦うわけではない。デモンストレーションとして動かすだけならばクレスでも十分問題は無い。
「それは予想してたから良いんだけど、なんであんな恰好なんだ?」
「そうです!なんでこんな…その…体のラインが丸見えの服なんですか……」
シンの疑問にパーカーを着てボディスーツを隠したクレスが追従して呟く。
こんな事を言いながらも、ちゃんと着てみる辺り、律儀というか生真面目というか、なんともクレスらしい。
「前にシンが言ってただろ?操縦の妨げにならないような体に密着した服を着るのが良いって」
シンの知るアニメや漫画の操縦服は大方が体にフィットした全身スーツのような作りになっていた。
確かそんな事を何気ない会話の中でユウに言ったような覚えはある。
「シンが……」
クレスがシンに視線を送る。なんとなく全責任が転嫁された気がするのは気のせいではないだろう。
「あ、あの…この格好、変じゃなかったですか?」
まだ恥ずかしいのか赤い顔のまま、クレスがおずおずと尋ねてくる。
全身を見たわけでは無いが、その後ろ姿だけでも十分にエロかった。
が、素直にそんな事を言ったらどうなるか分からない。ここで選択肢を間違えるわけにはいかないのだ。
可愛いでもない。綺麗でもない。似合っているでもない。
本人が恥ずかしい恰好をしていると自覚しているので、多分、この辺りの言葉を言ったらクレスは恥ずかしさのあまり逃げ出すだろう。
変じゃない、と言っても、その後に本当に変じゃないのか、どこが変じゃないかとか、更に追及されるのが目に見えている。
羞恥心を煽らず、且つ追及されにくい、そして予想していない言葉を選ばなくてはいけない。
「カッコいいよ」
それがシンが考え抜いた末に辿り着いた最善の答えだった。
「……あ、ありがと………」
顔を更に赤くしながらもクレスはそう小さく呟く。
逃げ出す事も追及される事も無かったので、間違った選択では無かったようだ。
「お~い、クレス!シルフィロードが到着したから搬入するぞ~!!」
シンとクレスがそんなやりとりをしている間に、アークスとソーディの2人が倉庫から魔動機馬でシルフィロードを運んで来ていたようだ。
ユウが操縦者であるクレスを呼ぶ。
「わ、私、移動させるから、も、もう乗るね」
クレスは逃げるようにシルフィロードの方へ走っていく。
途中、クレスに声を掛けられたアークスとソーディが鼻を押さえてうずくまる。
パーカーで上半身を隠したとはいえ、下半身は白い太ももが丸見えである。シンでもドキドキしたのだ。免疫の低いあの2人では刺激が強過ぎたのだろう。もし上着を羽織っていなかったらショック死したかもしれない。
それを横目に見ながらシンは作業を終える。
設営作業といっても簡単な飾り付けをしたり、貸与された拡声魔動具を設置したりするだけである。
本来はそこまでする必要は無いらしいが、王女であるアイリが後ろ盾になっている為、特別に直々に挨拶をする事になっている。
その為、それなりの体裁は必要だという配慮だ。
「皆さん、準備は整いましたでしょうか?」
その声にシンは身構えるが、どうやら今日は既に王女モードらしい。
シルフィロードの搬入に合わせたのか、準備が終わるのを見払ったのか、煌びやかなドレスに身を包んだアイリがミランダを伴って姿を現す。
シンの視界の隅では片手で鼻を押さえながらも敬礼する2人の王国兵の姿が見える。多分、彼らがいたおかげでいつものようにいきなり抱きついては来なかったようだ。
「ああ、一通りの準備は終わった所だ。後はあれだけだな」
シンは背後に視線を向けると布に覆われたままの巨大な物体が荷車から降ろされている所であった。
「間も無く今日の午前の魔動研究所のお披露目の時間が終わりを迎えます。そのタイミングでこちらも始めましょう」
王国祭の間、王女であるアイリは過密スケジュールであり、ここに居られるのも30分程度と短い。
シンは頷くと搬入作業中のユウへ声を掛ける。
「ユウ!そろそろ時間だけど大丈夫か!!」
「ああ!いつでも良いぞ!!」
ユウの言葉を聞いてシンはアイリに向き直ると、左手を自身の胸に当て、恭しく頭を下げる。
「それじゃアイリ。行こうか」
シンが差し出した右手にアイリがそっと手を置く。
「はい。行きましょう」
アイリの周囲が凛とした張り詰めた空気に変わる。
遂にシン達の夢、その第一歩とも言えるシルフィロードが表舞台に出る時が来たのだった。
アンケートへのご協力ありがとうございました。
流れ的にハーレムルートまっしぐらですな。
では次回ですが、3/15(日)0:00に更新を予定してます




