5-1
メイン会場である中庭に設置された特設ステージ。
そこでは今、正に王立魔動研究所による発表が行われようとしていた。
『…でありまして、ここに我ら王立魔動研究所の全てを注ぎ込んだ新たな魔動機兵をご覧頂きましょう!!』
ステージ上では研究員らしき若い男の前口上が終わる所であった。
最初のお披露目という事もあり、緊張で時々声が裏返っているが、聞き取りやすい。きっとそういう人間を説明者に選んだのだろう。
「なんとか間に合ったみたいだが、流石に良い場所は確保出来なかったな」
ユウは遥か遠くに見えるステージを眺める。
彼とステージの間には人で溢れ返っている。
入場規制を掛けてもこれ程集まるのだから、注目度はかなり、いや結構高い。
拡声の魔動具を使っているのか、周囲は騒がしく更にこんなに離れているにも関わらず、声が聞こえないという事は無く、まだ登場はしていないが全高8mを超える魔動機兵なら十分に目視出来る距離だ。だが、その細部まで確認するにはいささか遠過ぎる。
「まったく。2人がイチャラブしてて遅れてくるから」
ユウは背後から来る2人にそう呟く。
「だから違うって。それはちゃんと説明しただろ」
「そ、そうです。私が貧血を起こして逸れて……」
シンとクレスは2人とも顔を赤くしながら言い訳するが、ユウと合流する際に手を繋いでやって来たのを見られているので、説得力はあまりない。。
ユウとしては2人の関係に少しでも進展があればと思い、用があると嘘まで言って2人きりにしてやったのだから、それについては嬉しさを感じる。
ユウにとって幼馴染としてずっと一緒だったクレスは、血は繋がっていないが妹のような存在だ。
この数年でクレスはどんどん異性として魅力的になっていった為か、街の若い男達から交際や求婚を求められる事もしばしばあった。
彼女の変化はシンが現れてからだとユウは気付いていた。
クレス自身、そういう態度を表に出そうとはしてなかったようだが、よくシンを目で追っている姿を、付き合いの長いユウは気付いていた。
それが顕著に表れ出したのはアイリが現れてから。
シンは鈍感らしく気付いていないようだが、アイリがシンと仲睦まじくしているとクレスが嫉妬と羨望の目で2人を見つめているのが傍から見ても丸分かりだった。
恋のライバルが登場したことにより、クレスも気が気で無くなったのだろう。
だからこれまで黙って見守っていたユウも少し手助けしてやろうと思ったのだ。
シンに対して積極的な好意を示しているアイリには悪いとは思うが、クレスの方が付き合いも長く、妹のような存在という事もあり肩入れしたくもなる。
彼女には幸せになって欲しいと願っているのだから。
だが、そんな思いとからかうのは別物である。
「うんうん、分かってる。ちゃんと分かってるから」
「ユウ、お前、絶対分かってねぇだろ!!このこの」
笑顔を向けるユウにシンが食ってかかる。
首に腕を回し締め上げる。強い力では無いのでシン自身もユウがからかっている事を分かっているのだろう。この行動は照れ隠しに過ぎない。
「……もう…バカ……」
耳まで真っ赤にしたクレスの呟きは誰に向けてなのか。
だがユウはこういう雰囲気は嫌いではなかった。
「ほ、ほら、シン。こんなことしてる場合じゃない。そろそろ出てくるぞ」
ユウがシンの腕から抜け出すと同時に、ズシンという振動が腹に響く。
先程までざわついていた周囲も、その音の重圧感にいつの間にか静まり返っている。
シン達も馬鹿騒ぎを止め、固唾を飲んでステージを注視する。
振動と共にステージ奥から人の姿をした黒い塊が姿を現す。
第一印象は漆黒に輝く重そうな鎧で全身を固めた騎士。
ただしそのサイズは人間の4倍近く。
見た目通り重そうな足を一歩進める毎に、重低音に響く足音と振動で大地が震える。
『お待たせ致しました。これが我々の生み出した戦闘用の魔動機兵!その名もグランダルクです!!』
司会の男のその一言で、その威容に飲み込まれていた観客から思い出したかのように凄まじい歓声が湧き上がる。
「確かにこれは凄いな。重装甲にする事で威圧感と存在感をより高めたんだろう」
ユウが感嘆の呟きを漏らす。
作業用と違い、戦闘用は元々鎧の延長上として造られている為、人の姿に近い。ただでさえ巨大でありながら、更に重量感を上乗せすれば迫力は倍増する。
「これはうちとコンセプトが異なっていて良かったと思うべき…かな?」
シンの言葉に、ユウはすぐには頷けなかった。
シルフィロードは開発書の仕様が高速軽量機だったという事もあり、全体的に細身で鎧甲も強度より重量の軽さを重視してある。
それに対しグランダルクは見た目の通り、鈍重だが重装甲の防御機というコンセプトで造られている。
確かにコンセプトは全く異なる。
だが高速機動機は、薄い鎧甲というデメリットをカバーするため、常にその速さで動き周り、相手を翻弄し攻撃の狙いを定めさせない、回避を重視した立ち回りが必要となる。その為、戦闘を行う場合は操縦者には加減速による多大な負担と、攻撃を見極め回避する技能が必要となり、魔動制御回路も複雑な回避プログラムを複数組む必要がある。
対して防御機は回避をほぼ捨てている代わりに稼働可能な限界重量まで鎧甲や装備に回す事が出来る。重い分、動きは鈍くなるが、元々避ける事を考えていないのでデメリットにはなりにくい。また回避用プログラムが不要である為、魔動制御回路も単純なもので良く、攻撃やその他の行動に回す事も出来る。
操縦にしても高い技能を必要とせず、魔動機兵に乗り慣れない者でも簡単に戦闘を行える程度には動かす事が可能になる。
つまり高速機動機に比べ防御機は作製しやすい上に操縦もしやすいのだ。
シルフィロードに匹敵するものだとは思っていたが、その完成度はさすが王立魔動研究所なだけの事はある。
利便性や簡便性など、既に量産を見据えた造りとなっているのだ。
「いや、最高研究機関の真骨頂はここからだよ」
ユウの言葉を裏付けるように司会の男がグランダルクの解説を始める。その内容は驚く事ばかりの連続であった。
『では、まずは皆様から見て一番分かりやすい鎧甲から説明させていただきます。この鎧甲に使われているのは、現在ある金属の中で最も硬度が高く、これまで加工はおろか、切断すら出来ないと言われたアダマス鋼を使用しております』
アダマス鋼は元々は軟らかく軽い金属である。だが魔動力が通うと一気に硬化を始め、現存する金属の中で一番の硬度、そして重量になる。
最も軟らかく最も硬い金属であり、最も軽く最も重い金属と言えるだろう。
シンのような魔動力を持たない者ならば粘土のように簡単に加工する事が出来るかもしれない。
だがこの世界の人間には多かれ少なかれ体内に魔動力を宿している。ほんの少し触るだけでも硬化してしまう。たとえ手袋等を使用し手を直接触れなくても、その影響から逃れる事は出来ない。その為、今までの技術では一度硬化すると加工する事が出来なかったのだ。
グランダルクの鎧甲にアダマス鋼が使われているという事は、世界で最も高い防御力を誇るという意味だけでなく、王立魔動研究所がアダマス鋼の加工技術を編み出したという事でもある。
硬化した後に加工するのか、魔動力を持っていても柔らかい状態を保つ方法を見つけたのか、それは現段階ではまだ分からないが、ともかく加工が可能となったアダマス鋼は重量級防御型魔動機兵とは最も相性の良い金属だと言えた。
『更にこのグランダルクは多層鎧甲…つまり複数の異なる鎧甲で覆う事で熱や寒さも防ぐ事が出来ます!』
その後も強化型魔動筋や魔晶石の高効率化などなど、様々な新しい技術や改良技術について語られる。
司会の男が1つ説明する度にどよめきと歓声が上がる。
「なんか聞いてるだけでクラクラしてくる程、新技術を詰め込んでるなぁ」
この2年の手伝いで技術的な基礎知識を覚えたつもりのシンだったが、それでも断片しか理解出来ない。
正直、未知の専門知識が多くて眠くなってくる。隣にいるクレスも眠そうにはしていないが、全く理解出来ていないような表情をしている。
「まぁ、この辺は新技術というより基礎理論の組合せと応用、後は発想の転換だから、それほど難しい事をやってるわけではないよ。実際、魔晶石の伝達効率上昇は僕も見つけてシルフィロードに組み込んでいるしね」
どうやら魔動技師であるユウには難しい事では無いそうだが、彼以外に魔動技師を知らないシンには、魔動技師全員がそう感じているのか、ユウが特別に凄いのか判別は出来ない。
まぁ、王立魔動研究所がわざわざこの場で発表しているという事は後者なのだろう。ユウ本人は自覚が無いようだが。
「それよりも多分、本命はここからだ」
ユウの言葉にシンは眠気を堪えながら視線をステージに向き直す。
それまで司会の言葉に合わせて様々な動きをしていたグランダルクが膝をついた状態で停止する。
『さぁ、これよりお見せするのは、これまでの常識を覆す画期的な魔動具です!』
司会の言葉と共に別の魔動機兵がステージ上に現れ、グランダルクの背中に巨大な箱のようなものを取り付けていく。
人間が5人くらいは軽く入りそうな四角い箱は、グランダルクが背負うと、まるで小学校に入学したばかりの子供がランドセルを担いでるように見える。つまり今取り付けている箱がそれだけ大きいという事である。
取り付けにはもう少し時間が掛るようで、その間に司会がその物体についての説明を始める。
『この魔動具の説明を始める前に、皆様はライトがどのような仕組みで光を放つかご存知ですか?ライトに使われている白光石は魔動力を通す事で光を放ちます。他の魔動具は常に触れて魔動力を注いでなければ動きませんが、ライトだけは一度触れれば半日近くは光を放ち続けます。これは白光石が一時的に魔動力を蓄え、光るのに必要な分だけの魔動力を都度消費しているからです』
魔動技師ならば常識の事柄であるが、司会がこのように細かに説明をしているのは、魔動技師以外のためである。
便利なものを使えるからといってその原理まで知る者は多くない。というか誰もがその原理を理解していたら魔動技師など不要となってしまう。
『我々はこの魔動力を蓄える特性を生かして、単体で魔動力を溜め込む事が可能な魔動具を開発しました。それがこの魔動タンクです!!』
どうやら取り付けは終了したのか、グランダルクが立ち上がる。
そしてその胸部から頭部にかけてがせり上がり、内部の操縦者の姿が見える。
『魔動タンクに魔動力を蓄える事で、魔動具はもちろん、魔動機兵さえも触れることなく動かすことが可能となるのです!!』
司会の言葉と共にグランダルクの操縦者が器用にステージへ飛び降り、操縦席に誰もいないのが遠目に見ても分かる。
その状態でグランダルクは動き始める。
ステージの端までゆっくりと歩き、その後くるりと180度回転すると、反対端まで歩く。再び踵を返し中央に戻ってくると高々と両腕を振り上げる。
そして歓声がその場を支配する。
「マジか……」
シンの眠気は一気に吹き飛んでいた。
その名前の通り、魔動力を蓄えるタンク、いわゆる外付けの燃料タンクだ。
『まだ試作品ですので、このような大きさになっておりますが、ゆくゆくは小型化をし、様々な魔動具への転用を考えております』
もしもこれが実用化されれば、これまで触れていなければ動かなかった様々な便利な道具が自動で動くようになる。
『チャッカ』から出る火をほぼ永続的に灯す事が出来るため暖炉や釜などに焚き木をくべる必要も無くなり、『ジョースイ』を常に稼働させられれば、そこから作られる綺麗な水を街中に張り巡らせる事も可能となるだろう。
何といっても魔動力を持たないシンでも魔動具や魔動機兵を動かす事が出来るようになるのは大きい。
「確かにこれは歴史的な大発明だ……」
先程まで冷静だったユウも驚きと歓喜の表情を浮かべる。
試作というだけあって10分もするとグランダルクの動きは鈍くなり、その数分後には完全に停止する。
『ご覧頂けましたでしょうか。これが今年の王立魔動研究所の研究成果でございます!!』
司会が得意気にそう言葉を締め括ると、一際大きな歓声が会場を包み込む。
シン達も素直に拍手を送る。
最高研究機関の名は伊達では無かったと実感して、王立魔動研究所の、そしてグランダルクのお披露目は終わった。
ハーレムか?!
やはり現代の潮流はハーレムなのか!?
ハーレムルートも検討しつつ、アンケートは来週まで継続致しますので、気が向いた方は宜しくお願い致します。
アンケート〆切の次回は3/8(日)0:00に更新予定です。




