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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第4話 王国祭
12/62

4-3

 フォーガン王国祭初日。

 シンとクレスは並んで祭のメイン会場である庭園へと向かっていた。

 ユウは少し用があるからと言って後から合流する事になっている。

 流石、国内最大の祭である。

 庭園への通りは人通りも多く、通りの脇にはメイン会場に店を構えられなかった商店や行商等が露店を開いている。

 いかにも怪しげな石や手作り感溢れる銀細工のアクセサリーを売る店、小麦粉に砂糖水を混ぜて焼いただけの手軽に食べられるお菓子のようなものを売る店、ボールを投げつけて奥にある人形を落とす射的もどきの店等々。

 庭園内での営業を行えなかったという事は恐らく無認可の出店なのだろうが、見回りをしている王国兵は取り締まる気配は無い。

 この光景は毎年の事であり、無認可店でトラブルが発生した場合は自己の責任という暗黙の了解があるのだ。

 庭園内の認可店に比べて値段は安いが、偽物を掴まされたり、不味いものがあったりと当たりはずれも大きい。

 噂を聞いたり自分で実際に買ったりして、当たりの店を見つけ出すのも楽しみの1つだと、シン達の近くを通り過ぎたカップルの男の方が自慢そうに言っているのが聞こえてくる。

 流石に身も知らぬ男に「お前の言う通りだ」と突然喋り掛けたりはしないが、それにはシンも同意する。

 同じものを売っている店でも経営者や作り手によってはかなりの差が出ることもある。

 当たりを引けば値段以上に価値のある物が手に入るが、当たりではないが妥協出来るラインだったり、ハズレの確率の方が高い。

 だがそういうのも含めて宝探しのようで楽しかったりするのだ。

 とはいえ今のシン達の目的は宝探しではない。

 露天を見回しながら歩いてはいるが、寄るつもりは無い。真っ直ぐ庭園に向かって進んでいく。

 庭園に近付くにつれて人の数はどんどん増えていく。

 それも当然だった。

 庭園は王国祭のメイン会場であり、魔動技師達の努力の結晶が集う場所である。

 特に昼からは王立魔動研究所の戦闘用魔動機兵のお披露目がある。

 シン達の目的もそれを見ることであった。

 王国祭で発表するという話が広まって以降、その後は情報が全く出て来なかったのだ。どういう姿をしているのか、どれほどの性能があるのか、興味は尽きない。

 恐らくメイン会場へ向かう大半の目当ては同じであろう。

 国内で、いや世界でも正式に戦闘用魔動機兵が公の場に姿を現すのは初めて事なのだ。注目されるのは当然である。

 もうすぐ庭園に差し掛かるという辺りで人の流れが止まる。

 周囲は人で溢れ返っている。

 恐らくあまりの人数の多さに入場規制がかけられているのだろう。多くの兵士が駆け回り、「最後尾はこちらです!」とか「ただいま整理券を配布しています」とか声を張り上げているのが聞こえる。

 シン達は出展者特権として優先的に入場出来るので並ぶ必要は無いが、この人込みを抜けて入口に辿り着くのも大変そうであった。

「クレス、はぐれないようにしろよ」

 落ち合う場所は決めているので、もしはぐれても問題は無いが、初めての王都で、しかも異世界人であるシンは1人きりになるのが心細かった。

 しかしシンの言葉に返事をするものはいない。

「おい、クレス?」

 右を、左を、そして背後を見るが、そこにあるのは見知らぬ顔ばかり。

「マ、マジではぐれた……」

 恥ずかしいけれど手でも繋いでおけば良かったかなと今更ながら思うのであった。


 朝食の最中、ユウが「用があるから先に2人で会場に行っててくれ」と言った時からクレスはかなり周りが見えなくなっていた。

 朝食もそこそこに、慌ててミランダに相談して可愛い服を調達してもらい、薄く化粧もしてもらう。

 元々はアイリの私服なのだろう七分丈のシャツはサイズが少し小さいのか胸元が少しキツイ気がする。

 彼女がシンの事を意識し始めたのは何時頃だっただろうか。

 多分、客の誰かに、奥さんみたいと冗談で言われたのが切欠のような気がする。

 その後もからかい半分でよく言われ、怒りではなく照れで顔を赤くして否定をしていたものだ。

 自覚したのはアイリが現れてから。

 2人が楽しそうにしているのを見ていると、何故か訳の分からない苛立ちが心を浸食していく。

 胸の内を掻き毟りたい衝動が襲い、その吐き出し方が分からず、シンに対して八つ当たり気味に苛立ちの視線を送るようになっていった。

 更には普段の彼女からは考えられないような行動をして困らせてしまったこともあった。

 その気持ちが嫉妬だと気付いたのはつい最近になってからだった。

 アイリがシンに好意を持っているのは一目で分かる。

 彼女も王女である前に一人の年頃の女性である。

 シンのように、優しくて、自分を飾らないどこか他の人とは変わった雰囲気を持つ男性に惹かれるのも仕方が無いだろう。

 実際、クレスが惹かれたのも似たようなものだから、気持ちはよく分かる。

 それに女性の目から見てもアイリは容姿も性格も可愛らしく、積極的にスキンシップも図っている。その上、王女である。

 クレスが敵う要素は家事くらいでは無いだろうか。

 もしシンがアイリを選んだとしても納得はするだろう。諦められるかは分からないが。

 そう。諦めきれないのだ。

 だがクレスは憶病だった。

 今の関係から一歩踏み出したいという思いがある反面と、今のままの関係を崩したくないというジレンマがクレスを苛む。

 せめてアイリのように積極的になれたら、何か変わるかもしれないという思いもあるが、その憶病な性格故にそれが難しい事を自覚している。

 けれど今はその殻を破り、積極的になるチャンスなのかもしれない。

 子供の頃からの長い付き合いである幼馴染のユウは、多分、クレスが自身の感情を自覚するかなり前から気が付いていたのだろう。

 用があるなんて言っていたが、多分、あれは嘘だ。2人っきりになるシチュエーションをお膳立てしてくれたのだろう。

 だからほんのちょっとだけ勇気を出して踏み出そう。

 クレスは意を決して、隣を歩いているシンに声を掛ける。

「あの…シン……?」

 耳まで真っ赤にしながら視線を上げて、シンがいるはずの方を向く。

 しかしそこに彼の姿は無い。慌てて見回すとかなり先にシンの背中が見える。

「待って…待って下さい、シン!」

 その背中に向かって声を掛けるが周囲の喧騒にその声は掻き消される。

 慌てて駆け寄ろうとしても人垣に阻まれ、思うように進めない。その間にもシンの姿がどんどん遠ざかっていく。

 せっかく勇気を振り絞ったのに。

 ようやく一歩を踏み出そうとしたのに。

 その勇気も踏み出した足もシンの背中に追いつかない。逆にどんどんと離されていく。

 クレスは泣き出しそうな思いを胸に必死にシンの後を追う。

 2人を隔てるように人は増えていく中、息苦しさを感じながらもシンに追いつこうと足を速める。

 だが突如目の前に現れた黒い壁に行く手を遮られ、シンの背中しか見ていなかったクレスとぶつかる。

(お願い、シン。私を一人にしないで……)

 クレスの意識はそこで途切れた。


 クレスは日陰となったベンチの上で目を覚ます。

「あ、あれ?私……」

 朦朧とした意識の中、自分の状況を思い返す。

「ん?気がついたようだな。大丈夫か?」

 聞き覚えの無い声が頭上から掛けられる。視線を向けると、やはり見覚えの無い中年男性の顔が見える。

「私にぶつかった後に倒れたから心配したんだが、ただの貧血のようだな」

 クレスにとってみれば父親くらいの年齢だろうか、落ち着いた物腰で穏やかな声だった。

「そうでしたか。ご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした」

 ベンチから身を起こし、クレスは男に向かって頭を下げる。

 そういえば朝は朝食をあまり摂らずにミランダの元へ向かった事を思い出す。

 服のサイズが小さく胸がきつかった事も要因の1つだろう。

 今考えてみると、どれほど冷静さを欠いていたのだろうと自己嫌悪に陥る。

「気にしなくていい。私にも君と同じくらいの年齢の娘がいたから、放っておけなかっただけだ」

 物言いはぶっきら棒だが、心配をしていたというのは声のニュアンスでよく分かった。

「これでも飲んで落ち着くと良い」

 男が差しだしたカップにはオレンジ色の液体が満たされている。

 口に含むと果物の甘酸っぱさが口の中に、喉に、そして胃の中に染み渡る。

 特定の果物だけでは無く、様々な味が絶妙のバランスで全体の味を引き上げている果物のミックスジュースだった。

 飲む毎に胸につかえて渦巻いていた混乱と焦燥が押し流されていく。

「何から何まで本当にありがとうございます」

「だから気にしなくていい。だが本当に大丈夫か。意識を失う前、君は泣いているように私には見えたんだが」

 男の言葉にクレスは慌てて目元に指を当てる。涙は流れていない。

 そもそも男は「泣いているように見えた」と言ったのだ。実際には泣いてはいなかったのだろう。

「あの時は友達と逸れてしまった直後で気が動転していましたから」

 冷静に考えればただ逸れてしまっただけだ。ユウが後から合流するという事もあって、ちゃんと合流場所も決めてある。

 何故かあの時はシンがあのまま消えていなくなりそうな気がして胸が苦しくなったのだ。

「それは君の思い人なのかな?」

 クレスがこの男の事を知らないように男もクレスを知るわけが無い。ただの何気ない一言なのだろう。だが全てを見透かされているように思えてならない。だからクレスは見栄や意地を張ることなく、素直に答えていた。

「はい。多分、これまで生きていた中でこんなに人を好きになったのは初めてです」

 初めて会った相手に、いや初めて会い、そして恐らくもう会う事も無いだろう相手だからこそ、自分の中の気持ちを素直に言えた。

「そうか。その顔で素直に言えば、きっと君の思い人にも通じるだろう0」

 男の言葉にクレスは自分が自然と微笑んでいる事に気付く。

「あ、ごめんなさい。見ず知らずの人にこんな事……」

 急に恥ずかしくなり顔を真っ赤にして俯く。

 暫くの沈黙。

 だがその沈黙は穏やかで居心地のいい沈黙。

 その沈黙を破ったのは男の方だった。

「どうやら迎えが来たようだ」

 遠くから「お~い、クレス。どこいった~!」とシンの声が聞こえる。それは徐々にこちらへ近付いてきている。

「短い時間だったが君と話せて嬉しかったよ、クレス。後悔の無い生き方をしろ」

 男は立ち上がる。

「あっ、待って下さい。あなたの…」

 名前を聞かせて下さい、という言葉が発せられる前に男は雑踏の中に消えていく。

 不思議な男だった。

 初めて会ったはずなのにどこか懐かしく感じ、一緒にいるだけで安らぎを感じた。

 その間にもシンの声は近付いてくる。

「あれ?そういえば私、いつ名前教えたっけ……」

 疑問を感じつつもクレスは不思議な男が消えた雑踏を眺め続ける。

 そのうちに息を乱し汗だくになったシンが姿を現した。

「はぁはぁはぁ、よかった。ようやく見つけた……」

「シン……」

 シンの姿にクレスは嬉しくなった。

 待ち合わせ場所で待っていれば会えるだろうに、彼はわざわざ走り回って探してくれていたのだ。

「ありがとう。探してくれてたんだね」

「当然だろ。ほら、クレスって…その、可愛いしナンパとかされて困ってたりしたら、困るっていうか、え~っと、その……」

 シンは自分が何を言いたいのか何を伝えたいのか、上手く言葉に出来ない。けれどクレスは自分を心配してくれていた事を、その表情と零れ落ちる大量の汗から分かっていた。

「ごめんなさい。ちょっと人込みに当てられちゃって貧血を起こしたみたいだから休んでたんです。もう大丈夫です」

「そうか、悪いな。気が付いてやれなくて」

「だからもう大丈夫ですって」

 クレスは元気さをアピールするように勢いよく立ち上がる。

 元々の体調不良の原因も極度の緊張による所が多かったのだが、さっきの件で本音を吐き出したおかげか、体も心もすっきりとしていた。

「それより早く行きましょう。研究所の発表が始まっちゃいますよ」

 クレスはそう言うと、シンの手を取る。

「え、あ、クレス…?!」

 唐突に握られたシンの手が緊張で強張る。

「…また逸れると嫌ですからね」

 照れて顔を赤くしながらも、クレスはシンへ笑顔を向ける。

 それが今までよりも1歩、勇気を出して踏み出した結果だった。

少々ここで読者の皆様に簡単なアンケートをお願いしたいと思います。


その内容とはクレスとアイリ、どちらのヒロインルートが読みたいかです。

感想の方にどちらのルートが良いかだけ書いて頂ければ結構です。

ただ愛あるコメントがあれば、その分も加味して決めたいと思います。

締切は5ー2が公開されるまでとします。

お手数をお掛けしますが宜しくお願いします。


け、決して感想が欲しいって訳じゃないんですからね!



そんな訳で次回からは週一ペースに戻して3月1日(日)0:00に更新予定です

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