表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第4話 王国祭
11/62

4-2

 時は彼らが王都入りした日に遡る。

 シン達はヴァルカノの町から数日の道程を経て王都フォーガンへと入った。

 アイリが用意してくれた魔動機馬と護衛の王国兵のおかげでシルフィロードの運搬は何事も無くスムーズに進んだ。

 尤も疲れを知らない魔動機馬がいたからこそ、この短時間で到着したのであり、もしそうでなければもう1週間は掛ったであろう。

 それを考えると魔動具の存在が如何に便利か、改めて実感する。

 王都はさすがこの国の首都というだけあり、ヴァルカノの町の何倍も大きな街並みが広がっていた。

 戦争も無く外敵がいない影響だろうか、城壁らしきものは存在しない。

 街の中心に位置する王城の周囲にはあるのかもしれないが、郊外からは周囲の建物のせいで見つける事は出来ない。

「これが王都かぁ……」

 シンはおのぼりさん宜しく、初めての王都に周囲を馬車の中からキョロキョロと見回す。

 まだ外縁部にも関わらず、ヴァルカノの中心街同等の木とレンガで造られた立派な家屋が並んでいる。平民なのだろうが、王都に居を構えるくらいである。それなりの財産を有しているのだろう。

 王城に近づくにつれ、建物の規模は大きくなっていく。

 御者の男に尋ねてみると、王城を中心に貴族が住む区画が取り囲み、更に富裕層街が取り囲んでいるらしい。

 そこから北側には王立魔動研究所のある工業地区、南側には商店の立ち並ぶ商業地区があり、平民の住宅地区が東西にあるという事を知る。

 ヴァルカノは王都から東に位置した場所にあるので、東側の住宅地区から入り、富裕層街に入った辺りだと推測する。

 彼らを乗せた馬車はそこから進路を北に取り、工業地区へと進んでいく。

 この辺りは魔動工房が多いのだろう。

 住宅の隣や奥には必ずと言って良い程、大きな倉庫が併設されている。

「シン、あれがこの国最大の魔動研究機関、王立魔動研究所だよ」

 馬車の中からユウが指差した先にあったものは、巨大なドーム状の建物とそれに併設する、これまた大きな、継ぎ目の見えない石で造られた様な建物があった。

 5階建てくらいのビルとドーム球場。

 それがシンから見た王立魔動研究所のイメージだった。

「噂によるとこの建物は魔動王国時代の建築様式だそうだ」

 ユウがそう説明してくれる。

 魔動王国がどんな国だったのか、資料がほとんど失われている為、想像するしかないが、使われていた言葉が日本語でビルが立ち並ぶ状況を想像すると、シンの知る元の世界の日本にしか思えなくなっていく。

 帰りたいとは思わないが、懐かしいとは思う。

 魔動機兵造りに没頭していたし、こっちの生活にも慣れていたので実感はあまり無かったが、改めて考えるとこの世界に来てもう2年になるのだ。

 懐かしいと思うのも当然だった。

 シンがそんな物思いに耽っている内に、馬車は更に北へ進み、倉庫が立ち並ぶ区画へと進んでいく。

 そして1つの倉庫の前で馬車が停車する。

 見た目は周囲の倉庫とほぼ変わりがない。異なる点と言えば倉庫の扉にフォーガン王家の紋章が刻まれている程度である。

「こちらが皆様にお使い頂きます、工房倉庫にございます」

 御者の男がそう言うと、細身だが鍛えられた肉体を持つ護衛の兵士が鍵を開け、扉を開いていく。その間にもう1人の体格の良い兵士が馬車と荷車を繋いでいた鎖を外す。

「長旅の所申し訳ありませんが、一先ず荷物はこの2人にお任せして皆様には先に王女様へのご挨拶をお願い致します」

 御者の男の言葉にユウは頷く。

 シルフィロードは運搬の事を考えて、各部位毎にバラバラにして持って来ているが、1日もあれば組み立てる事が出来る。

 今日は王女でありスポンサーとなったアイリに挨拶をし、その後は長旅の疲れを癒すのに使っても問題は無いだろうと考えていた。。

 それに共に旅をしてきた2人の護衛も信頼が出来るくらいには、この1週間で親しくなっていた。

 体格の良い方がアークス、細身の方がソーディという名前で、共にシンと同じくらいの年齢であった。

 一応、キングス工房の3人は王女の客人、つまり要人扱いを受けている。

 年若い年齢で彼ら要人の警護を任せられるという事は、この2人の兵士はそれなりの実績や実力を持っているのだろう。

 アイリが選んだ人間だからというのも信じられる要素の1つだった。だが、不安な要素が1つある。

「アークスさん、ソーディさん。お疲れだとは思いますが宜しくお願いしますね」

 馬車の中からクレスが2人に微笑み掛けると、2人の目尻はだらしなく垂れ下がり、凛々しかったその表情は跡形も無く消え去る。

 そう、2人は女性に対し極端に免疫が低い、いや無いと言っても良い。

 幼い頃から王国兵になる為にただひたすらに訓練を積んできたのだろうから、女性に接する機会が少なかったせいもあるだろう。

 もしスパイが女性だったら警備はザルも同然。

 まぁ、今更、知られた所で困るような機密や特殊な魔動技術も無いので、あまり問題は無かったりするが。

 2人の兵士が見送る中、馬車は街の中心部に向かって進む。

 進む毎に建物の規模がどんどんと大きくなっていく。

 貴族階級地区に入ると、その規模は冗談のように大きくなった。

「おいおい、さっきの倉庫よりこれデカイんじゃね?」

 2m程の高さの塀に囲まれた無駄に広い庭園を持った建物が見える。

「多分、ヴァルカノの領主館程度の広さはあるんじゃないかな?」

 シンの驚きにユウが事も無げに言う。

 そういう文化を知らないシンにとっては異常な感じがしてならないが、ユウの態度を見るにこれが一般的なのだろう。

「っていうか貴族でこれってことは王族となったら……」

 そのシンの言葉は、次の瞬間に視界に飛び込んできた光景に目を奪われた為に続く事は無かった。

 馬車が4列横になっても通れそうな広い石畳の道の両脇を新緑の芝生が覆い、その奥には色とりどりの花が咲き乱れる花畑が広がっている。

 石畳が続く先には先程までとは比べようがない程高い壁とそれを囲むように流れる太く深い水路。

 馬車がその速度を緩めると巨大な壁の一部が水路側に開いていき、壁の向こう側とこちらを繋ぐ橋となる。

 馬車がゆっくりとその橋を渡る。

 そしてシンは橋の先の光景に再び言葉も出せずに、ただただ唖然とする。

 遠くから見た時はそれ程感じなかったが、目の前まで来るとその巨大さと威容が心を圧迫していく。。

「……こ…これが……フォーガン王城…………」

 大理石を積み上げて出来たような白亜の城。

 ネットやテレビでしか見た事が無かった本物の城の圧倒的な存在感に、シンは気圧される。

「僕もここまで間近で見るのは初めてだけど、凄い迫力だな」

「はい。でも、とっても綺麗です」

 ユウとクレスの感想はシンに耳には届いていなかった。


 唖然としたまま、城内へと案内される。

 というより城内に入っても唖然とする事ばかりだったという方が正しい。

 全体的に白を基調とした装飾は華美ではないが、どこか荘厳さと神聖さを併せ持った雰囲気がある。

 上を見上げれば、天井は工房倉庫より遥かに高く、遠近感を失って目がくらくらとする。

 この段階でシンの精神は限界を迎え、考える事を放棄した。

 言われるがままについて行った部屋に通された所で、ようやく意識がはっきりと戻ってくるのを感じる。同時に得も言われぬ疲労が全身に降り掛かる。

「何かとても場違いな場所に来た気がしますね」

 クレスの感想にシンは同意する。

 慣れていないという事を差し引いても居心地の悪い場所だと感じる。

 アイリが逃げ出したくなった気持ちが、実際にこの場に来た事でよく分かった。改めて彼女の強さに尊敬を覚える。

 シンがアイリの事を考えていると、シン達が入ってきたのとは真逆に位置する扉が開き、小走りに駆けてくる音が聞こえる。

「シンさ~ん!お待ちしていました~♪」

 金髪の美少女がスピードそのままにシンへ向かってダイブ……する直前で、シンはその頭に手で押さえて阻止する。

「いつも会う度に飛び込んでくるのはやめろ!」

 最初は戸惑ったが、アイリと再会してから何度と無く同じやり取りをしているので流石にいい加減慣れた。

 というより最近になってようやくシンは、かつて棚上げしていたクレスからの視線がアイリと一緒の時、それも自分に抱きついたり腕を組んだりしている時に感じるという事に気付いたのだ。

 なのでこうやってなるべくあしらうようにしているのだ。

 シンの手の先で「うみゅ~」とかいう可愛らしい声を上げながらジタバタするアイリ。

 その後ろから侍従長のミランダがクスクスと笑いながらやってくる。

「姫様は皆さんに迎えを寄越してから、ずっと首を長くして待ってらっしゃいましたからね。特にシン様を」

「あ…あうあう~」

 真っ赤になって大人しくなるアイリ。

 前言撤回。

 この光景を見ていると、彼女を尊敬した自分が馬鹿らしく思えてくる。

「あのな~。いくら俺達しかいないからって、もう少し自重する事を覚えろよな。アイリは一応、この国のお姫さんなんだからさ」

 頭を押さえていた手の力を緩め、優しくその頭を撫でる。

 アイリは「シンさんにしかこんなことしません」と思いつつも、撫でられる頭の気持ち良さに浸ってそれを口に出す事は無かった。

「さてそろそろ、王国祭の事について話をしたいんだけどいいかな?アイリ王女様」

 ユウがわざとらしく「王女様」と肩書きをつけて呼ぶ。いい加減、仕事モードになってくれと暗に言っているのだ。

「は、はい。もう大丈夫です。シンさん、ありがとうございます。かなり満たされましたので」

 何が満たされたのかよく分からないが、抱き付いてくる気配は感じなかったので、シンはアイリの頭から手を離す。

 アイリはゆっくりとその表情を乙女モードから王女モードへと切り替える。

「まず王国祭の日程ですが、皆さんには2日目に出展して頂く事が決まりました」

 フォーガン王国祭は3日間行われる。

 祭りのメイン会場は、先程通ってきた王城前の庭園である。

 祭りの始まる前日辺りから石畳の道の両脇には屋台が立ち並び、王城に近い所には特設ステージが設置され、その周辺には魔動技師達が自身の成果を展示するブースがいくつも設置される。

 だが屋台と違い、展示ブースは大きな魔動具を展示する事が多くなった為、広さの問題で10ヶ所しかブースを用意出来ない。

 魔動革命前まではどんなに大きくても人間サイズを越える事はほとんど無かったが、革命後に開かれた昨年の王国祭からは様相が一変したのだ。

 特に目立ったのが独自改良された作業用魔動機兵だった。

 1つの作業に特化させる事で作業効率を高めたものや逆にアタッチメント式で腕を取り替えることで、様々な作業に対応可能なものなど。

 その為に今年は30あったブースを3分の1の10にまで減らし、1ヶ所のスペースを大きくしたのだ。

 だが王国祭に招待された工房は昨年と同じ30。

 つまり1日毎に違う工房が展示しなくてはいけないのだ。

 去年は3日間アピールする場があったが、今年は1日しか無いという事で各工房も気合が入っている事だろう。

「王女であるアイリが関わってんのに初日じゃないんだ」

「ごめんなさい。展示会の権限は王立魔動研究所にあって、私には口出しする権利は無いんです」

「あ、いや、アイリを責めてる訳じゃないから」

 本当に申し訳無さそうな顔でアイリが俯くのでシンは慌てて慰める。

「僕達を後に回しておいて、初日に自分達の魔動機兵を展示して、研究所の権威を保ちたいって魂胆が見え見えだな」

「はい。ユウさんの言う通りです」

 ちなみに、王立魔動研究所は別枠で、3日間共に展示会場が確保されている。

「でも別にそこは問題は無い。フォーガン王の目的も僕達の目的も現時点で一応の達成を果たしているからね」

 それぞれの目的は王国祭への参加を決定した時点で果たしている。

 魔動機兵を出展する事によるアルザイル帝国への牽制というフォーガン王の目的。

 今回の事でアルザイル帝国がどういう態度を取るかまでは不明の為、フォーガン王の思い通りに事が進むかどうかは保障出来ない。

 とはいえそれはユウ達には直接の関係は無い事であり、その結果までは求められてはいない。

 そして自らの手で魔動機兵を造り上げるというユウ達の目的。

 これは趣味の自己満足に過ぎない。

 王立魔動研究所が地位や利権の為に、先に戦闘用魔動機兵を発表した所で、それらに興味が無い彼らには全く影響は無かった。

 いや違う意味で影響は受けるだろう。

 王立魔動研究所が王国祭で発表したものについては、基本的に全情報が開示される。

 というより出展したものが、どれ程凄いものなのかを説明をする必要がある。

 更に魔動技師相手の場合は自分達の技術が最も優れていると言う事を誇示する為、それがどういう仕組みで出来ているか、どういう素材を使っているのか、細かい所まで説明をする。結果的にその全ての情報が明るみに出るのだ。

 だが、それは一概に悪い事では無く、その情報を元に、多くの魔動技師が新しい道具、新しい技術、既存技術の効率化等といった技術の進歩に繋がっていく。

 つまり今回の研究成果を元に、更なる高みへと昇る事も可能なのだ。

 きっと来年のブースの多くには戦闘用魔動機兵が並ぶ事であろう。

「それで出展時間ですが、前日の夜から夕暮れ前までがブースを使用出来る時間となります。夜から朝にかけてブース内の準備を行い、日の出ている間に披露するというのが通例です。王国祭の間、庭園は常に『ライト』で照らされていますし、警備兵も配置されていますので盗難等の恐れはありませんので、ご心配なさらないで下さい」

 アイリの説明にユウは頷く。

「凝った飾り付けの予定もありませんし、時間も十分にありますので大丈夫そうですね」

「初日の昼と3日目は祭を楽しむ余裕はあるよ。シンと行って来ればいいじゃないか」

「え、あ、べ、別にそういう意味で言ったわけじゃありませんよ!」

 クレスの「大丈夫」という言葉を「祭に行ってみたい」と捉え、ユウはからかう。

「私もシンさんと一緒にお祭行きたいです~」

 唐突に乙女モードに切り替わったアイリが、シンの腕に取り付く。

「いやいやいや、いくらなんでも流石にそれは無理だって!」

 アイリを引き剥がしながらシンは、その光景を想像する。

(うん、想像するまでも無く、袋叩きにあうな)

 例えお忍びで変装したとしてもこの容姿である。衆目を浴びるのは目に見えているし、王都であれば彼女の顔を知るものも多いだろう。

 聞いた話によると非公式ながらファンクラブも存在するとかしないとか。

 ヴァルカノのような田舎町ならともかく、王都では一発でバレるに違いなかった。

 その上、今のように腕なんて組んでるのを見られた日には……

(刺されても文句言えねぇかも……)

 考えただけでも恐ろしい。

 救いの手はミランダからもたらされた。

「姫様。王国祭の間は同盟諸国の来賓の方々とのお茶会や食事会などで既に予定は埋まってまっていますので、お諦め下さい」

 そう釘を刺す。

「言ってみただけですよ~」

 当然、そんなことはアイリにも分かっている。

 王女として生まれた以上、ただの女性として生きる事は出来ない。だからこそ、シン達の前でくらいはただの女性として過ごしたいのだ。それが永遠に続かないと分かっていても。

「まぁ、今回は無理だけど、ヴァルカノに来た時には付き合ってやるから、それで我慢しておけ」

 そのシンの言葉で膨れっ面だったアイリの顔は一気に明るくなり、元の西洋人形のような可愛らしい笑顔に戻る。

「シンさん、ありがとうございます~」

「ってだからいきなり抱き付こうとするなあ~!!」 

 他愛の無いやりとり。

 でもかけがえの無い、とても大切な思い。

 アイリはユウとクレス、そしてシンとの出会いを一生の宝として胸に刻み込んでいくのであった。

次回は猫の日、2/22(日)0:00に更新予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ