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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第4話 王国祭
10/62

4-1

 薄暗い部屋の中。

 世界の安寧と秩序を望む者達が集っていた。

「現在の懸念事項が2つございます」

 全員に聞こえるように女が話し出す。

「1つ目はアルザイル帝国の動向です。近年、フォーガン王国との国境で小規模ですが戦闘行為が行われております」

「それは以前にも言うたはずじゃ。捨て置けと」

 老婆が言い放つ。

 アルザイル帝国は魔動技術の発展により多くの魔動具、魔動機兵を保有している。領土面積に対する保有率は大国にも引けを取らない。

 だが慢性的な食糧不足という事情を抱えていて、補給線の確保が難しい事から侵略戦争を行えるほどの継戦能力は無いと判断されていた。

 いくら一騎当千の魔動機兵があろうと、篭城されればその能力を十分には発揮できず、戦が長引けば補給が滞り、撤退せざるを得ない。

 この数年、その繰り返しである為、彼らにとって問題視するような事柄ではなかった。

「はい。それに関しては問題はありません。ですが、その戦闘行為を始める切欠となったものが問題なのです」

「お?なになに?何か面白い事でもあるの?」

 少年がワクワクしながら女の次の言葉を促す。

「アルザイル皇帝はナンバー4を手中にしているようです」

 再び周囲がざわめく。

「恐らく我らの目を掻い潜り、跡地への介入を試みたのでしょう」

「確かにあれを手に入れたのならば暴挙とも取れる侵略行動を考えてもおかしくは無い…いや跡地への介入から注意を逸らす為に、小競り合いの方を起こしたと考える方が妥当な所か」

 男は動揺を表に出さず淡々と言葉を発する。

 ナンバー4と呼ばれるものには、それだけの力があるという事だろう。

「じゃが、これまでを見るにまだ稼動はしていないようじゃが」

「はい。ですが近々、大きな動きがあると予想されます。あの国の技術力を考えれば修復作業はかなり進んでいると見て良いかと思います」

「そうじゃな。我らの手の者を増やし、監視と情報の収集を強化せよ。もしもの際は死神を使う事も辞さぬ」

 この場で唯一の決定権を持つ老婆は女にそう告げる。

「かしこまりました。すぐに準備を致します」

 その言葉と共に女は背後に控えていた配下に命令を下す。

「さってと、もう1つの方は僕から言うね」

 少年は何が楽しいのか、終始笑いながら報告する。

「どうやら例の工房に3番目のカワイ子ちゃんが接触したみたいだよ」

「例の工房とはジルグラムの真実を暴き、自らの手で魔動機兵を造ろうとしている奴らの事か」

 男は興味深そうに話を聞く。

「うん、そうそう。なんか、王女ちゃんの名前を使って、王国祭でその魔動機兵を発表するみたいだよ」

「よりによって第3王女とはな。フォーガン王め。まさか我らの事に気付いたのではあるまいな」

「そそ、そんな事はあり得ません。こ、今回、第3王女が選ばれたのはあの工房と多少縁があったからであります。アルザイルの侵略行為を懸念したいう話もありますので……」

 オドオドした男が慌てて老婆に異論を唱える。

「確かに個人が魔動機兵を造ったと公表されればアルザイルの動きも牽制する事が出来るだろう」

 男は納得する。だが女は逆に懸念を感じたようだ。

「けどこのタイミングであの工房に接触するってのは偶然にしては出来過ぎのような気がするんだけど?」

「なになに?消しちゃう?消しちゃっていいの?」

 女の懸念に答えるかのように少年は楽しそうに不穏な事を言う。

「得策とは言えんな。一国の王女とそれに連なる者だ。不自然に姿を消せば怪しまれるだろう」

「つまり自然なら良いって事だよね」

 少年のその言葉に男は黙り込み、静寂が室内を覆う。

 老婆をはじめ誰も言葉を発さないのは、その方向で話を進めて良いものだと少年は解釈する。

「僕に良い考えがあるんだ。魔動凝集炉を1つ欲しいんだけど良いかな?」

「あれは暴走の危険が孕むものじゃ。いや、そうか。自然とはつまりはそういう事なのじゃな」

 少年の要求に老婆は少年の意図を理解する。

「よかろう。凝集炉を1つお主に与えよう。多少の混乱は目を瞑ろうぞ」

「へへへ~、ありがと~!」

「じゃが忘れるな。そなたはその無邪気さゆえに、50年前、ナンバー9の計画書を失ったという失敗を犯しておる」

「え~、そんな昔の事、覚えてない…っていうか僕、子供だからまだ生まれてないよ~」

 少年の言葉に何人かが失笑を漏らす。

 無邪気で無垢な少年を演じているが、彼が老婆に次ぐ程の古株だと、この場に居る者は全員が知っている。

「まぁ、よかろう。既にその時の罰は受けておるしな。此度の事はお主に一任しよう」

「うん、任せてよ♪」

 少年は軽い調子で頷く。いつもの事なので老婆をはじめ、誰もその事に言及はしない。

「我らが望むは世界の安寧と秩序。それを努々忘れるでないぞ」

 以前同様、その老婆の言葉と共に次々の部屋の中の気配が消えていく。

 そして最後に少年だけがその場に残る。

「あはははっ、面白くなってきた♪」

 部屋の中には少年の笑い声だけが響き渡っていた。





 キングス工房ではここ暫く、昼夜を問わず金属を打ち鳴らす音が響いている。

 町外れにあり、近所に住宅が無い為、周囲へ騒音による迷惑をかける事はない。

 王女としてのアイリと会い、彼女の後ろ盾を得てから、作業は急ピッチで行われていた。

 今年の夏に行われる王国祭に間に合わせる為だった。

 アイリは「完成したら」と言ってはいたが、アルザイル帝国の事を考えれば、1年でも早いに越した事は無いというのが、シン達全員の一致した意見だった。

「シン!魔動筋を2本持ってきてくれ!」

 ユウの声にシンは人の腕程もある筒状の物体を両脇に抱えて走ってくる。

 魔動筋は、魔動力を通す事で半分以下の長さに瞬時に縮む針金のような柔らかい金属を束ねたもので、『筋』という言葉が示す通り、人間で言えば筋肉に相当する。

 各関節、特に負荷の多い足首や膝に取り付ける事で、瞬発力を高め、人間のような柔らかな動きを可能とする。バネのような役割もしている為、操縦席へ伝わる振動や衝撃も高い割合で緩和してくれる。

 この柔らかい金属も魔動革命後に復活を果たした素材である。シンの知識で例えるならば形状記憶合金製の針金という所だろう。

 激しく動く事が少ない作業用魔動機兵にはあまり取り付けられていないが、魔動機馬の動輪やボウガンの弦などにも使われている。

 特に今造っているのは脚部がかなり細めのフォルムであるため、魔動筋の役目はかなり重要である。

 シンが持ってきた魔動筋にユウが計器をつけて何かを測る。

「う~ん、腕はともかく、やっぱり膝は2本だけじゃ緩衝力が足りないなぁ」

 この計器で魔動筋の伸縮率を測定していたのだが、そこに示された数値は必要な数値の半分程しかない。

 開発書に書かれてある魔動筋の数は、片膝で内側と外側に1本ずつの計2本である。

 だがそれは500年前の話である。今では失われてしまった金属合成の技術により軽くて頑丈な素材を使っていたからこそ可能なのであり、現存している中で硬度と重量のバランスがいい素材を使用していてもその重量は2倍とまではいかないが、かなりの重量となる。

「鎧甲の重量の分を考えると脚が太くなったとしても、魔動筋の太さを倍にするしか方法は無いだろうな」

 500年前と同じ素材が使えない以上、こういう形状変更は仕方が無い。

 こと技術面に関して言えばシンはユウに敵わない。ユウがこうしたいと言えば、それが一番現実的な方法であり、シンはそれに従うだけだった。

「そうなると足首の負担も増えるから、そこも増やさないといけないか……というわけで、後16本持ってきてくれないか?」

「ああ、りょうか…い……ってそんなに在庫ねぇよ!!」

 流石にそんなに使うのは予想外である。多めに使うと予想はしていたので10本はあるが、それでも6本足りない。

「じゃあ仕方無いか。一先ず今は片足分だけって事で7本持ってきてくれ。その後、ひとっ走り、お使いよろしくな」

「へいへい」

 シンは嫌な顔1つせずユウの言葉に従う。

 シンは前以上に雑用を嬉々としてやるようになっていた。

 ジルグラムを掘りに行った時などは、先が見えないということもあり憂鬱な気分になったものだが、今は彼が行う雑用の1つ1つが魔動機兵の完成への血となり肉となっているのが目に見えて分かるのだ。

 既に胴体部と両腕部は完成し、残るは今作業を行っている脚部と頭部、そして鎧甲だけである。

 ユウの言葉通りなら脚部も魔動筋の数が揃えば完成すると見ていいだろう。

 頭部と鎧甲は半分以上が外観加工作業となるので、実質、完成したも同然だった。

 季節は間も無く春を迎える。

 王国祭が行われ、シンがこの世界に来て2年の月日が経つ夏までにはまだ3ヶ月以上ある。

 根本的な部分での不具合が起きない限り、十分に余裕がある。

(もうすぐ。もうすぐ出来るんだ)

 シンが長年夢見た巨大ロボットは間も無く完成を迎えようとしていた。


 王国祭まで1ヶ月を切り、シン達が鎧甲を取り付け、後は全部位を組み立てるだけという段階の時にその噂は流れてきた。

 ユウとシンがその噂を耳にしたのはクレスからだった。

「お店の手伝いをしている時に町の人達から聞いたのですが、今度の王国祭で研究所も戦闘用魔動機兵のお披露目をするそうですよ」

 魔動革命後から王立魔動研究所で戦闘用魔動機兵の修復が進んでいるという話は出ていたので、遅かれ早かれ発表するだろうとは思っていた。

「けど、このタイミングでのお披露目か。偶然…だよな?」

 シンの心の内に前々から感じていた違和感が膨らんでいく。

 今度の王国祭で第3王女であるアイリの名の下にシン達は自分達の作った魔動機兵を公表する。

 完成は間近だが、今年に間に合うかこれまで分からなかった為、つい先日、アイリに今年の王国祭への参加を表明したばかりである。

 その直後にこの噂。

 つい疑いの目を向けてしまうのは当然であると言えるだろう。

「意図的なものはあるだろうね。実際にはかなり前には完成していたと思うから、僕達の事を聞いて慌てて発表を決めたって所かな」

「向こうはこの国で最高の技術と知識と設備を持った組織。個人の工房に先を越される訳にはいかなかったって事か」

 納得のいく理由に思えるが、それは逆を言えば、自分達が今年の参加を表明しなかったら、王立魔動研究所も発表をしなかったかもしれないという事だ。

 王国が管理する組織である王立魔動研究所が、アルザイル帝国という差し迫った危機の存在を知らないわけではあるまい。

「アイリさんが言ってたよね。個人工房でも戦闘用魔動機兵を作り出せるとという事を各国に知らしめる、って」

「ああ、そういえば言ってたな。そうすれば帝国も手を出しにくくなるだろうって」

「けど僕はずっと疑問に思ってたんだ。個人が造った魔動機兵1機程度で戦争を抑止できるものなのだろうかって。でも今回の事で納得したよ。魔動革命の時もそうだったけど、僕達は単なる切欠でしかなかったんだ」

 王立魔動研究所は、王立といえど独立機関に近い。

 権力により束縛されてしまっては、思うように研究が進まない為である。

 それは国王であろうと強制力が無いという事を意味し、王立魔動研究所がまだ完成していないと言えば、例え完成品の存在を目の当たりにしていたとしても、その言葉を鵜呑みにして従うしかないという事であった。

 だがこれが個人が相手となった場合は様相が変わってくる。

 王立魔動研究所が未発表のものを個人が造り出したという事が広まれば、当然、最高研究機関である王立魔動研究所は、個人がようやく辿り着いたその場所など既に越えているという事を示さなければ、最高研究機関という名に傷が付いてしまう。その為、出し惜しみしているものを出さざるを得ないのだ。

「研究所の焚き付け役に僕達が選ばれたって事さ。フォーガン国王を狙い通りにね」

「つまり俺達は国王の掌の上で踊らされてたって事か」

「でも実害は無いし、踊らされてても問題は無いと僕は思ってるけどね」

 踊らされた結果、王族という後ろ盾を得て、魔動機兵も完成へと向かっているのだ。

「ま、それもそうか。難しい事はそういう事を考えるのが好きな人に任せておけばいいしな」

 シンの心の中には今だ違和感が渦巻いている。

 だが今ここで自分が難しい事を考えても答えなど出ないのだ。ならば流れに身を任せるしかない。

 そう思うと違和感は少しだけ薄まったような気がするのだった。


 1ヶ月はあっという間に過ぎ去った。

 この1ヶ月は動作チェックと微調整の繰り返しであったが、自分達の手で造り上げた巨大ロボットが僅かにでも動くだけで歓喜し、終始感動していた。

 王国祭が始まる3日前に王都入りしたキングス工房の3人は、アイリが用意してくれた倉庫の1つで最後の調整を行っていた。

 そして王国祭を前日に控え、全ての作業が終わりを迎えようとしていた。

 月明かりが差し込む倉庫の中に4つの影が浮かび上がる。

 3つの影に対し、残りの1つは遠近感がおかしくなったような巨大な影を浮かび上がらせている。

「とうとう明日だな」

 小さな影の1つ。体格の良い長身の男が誰にとも無く呟き、一際巨大な影を落とす目の前の巨人に視線を向ける。

「はい。ついにここまで来たんですね、私達」

 一番小柄な女が男の言葉に相槌を打つ。彼女の視線も目の前の巨人へ注がれている。

「けど、これで終わりなんかじゃない。始まりなんだ」

 線の細い男が2人と同じように視線を巨人に向けたまま、言葉を紡ぐ。

「ああ、だけど…だからこそ今言わせてくれ。ユウ、クレス、ありがとう」

 体格の良い男、シンが隣にいる2人へ感謝を言葉にする。

「それはこっちの台詞だ。もしシンが僕達の前に現れなかったら、今、ここにはいなかっただろう」

「そうですね。シンが来てからは忙しかったですけれど、とても楽しくて充実した毎日でした」

 ユウとクレスは声を揃えて「ありがとう」とシンに礼を言う。

「あはは、なんかこうやって改めて言われると照れるもんだな」

 シンは照れ隠しに遥か頭上にある魔動機兵の頭部を見るように顔を上げる。

 こうしないと意志とは関係なく涙が零れてきそうだったからだ。

「ねぇ、シン。そろそろ最後の仕上げを」

「あ、ああ。そうだな」

 クレスに言葉を掛けられたシンは気を取り直して足元にある盾のような形をした鉄板を手に取り、そして再び魔動機兵の頭部に視線を向ける。

 頭部の前面、顔にあたる部分だけ、未だ内部の魔晶フレームが剥き出しになっている。シンの持つその鉄板が顔部に取り付ける最後の鎧甲だった。

 作業に取り掛かろうと一歩を進めようとした瞬間、背後から2つの影が新たに倉庫へ入ってくる。

「あ、皆さん、ここにいたんですね」

 月の明かりで白金に浮かび上がる小柄な少女、アイリが小走りで駆けて来る。

「あ、姫様。そんなに急がれると危ないですよ」

 その背後から慌てて侍従長のミランダが声を掛ける。

 が、案の定、アイリは床に転がっていた機材の一部に躓く。

 「あっ」と全員が思った刹那、アイリの身体は冷たい床…ではなく、暖かくも力強い腕にフワリと抱き止められていた。

「ほら、気を付けろよ。お前はこれでもこの国の王女様なんだからさ」

 鎧甲を持っていないもう片方の腕でシンはアイリが倒れる直前に抱き支えていた。

「はい、ありがとうございます」

 可愛らしい笑顔を向けるアイリに、シンは頭を優しくポンポンと撫でる。

「オホン。シン~。そろそろ作業してもらえないかしら~?」

 わざとらしい咳払いをしてクレスが笑顔でシンを睨んでいる。

「お、おう。そ、そうだったな」

 シンは慌てて魔動機兵の脇に設置された梯子を器用に登って行く。

「あんなに上なのになぜ最後に取り付けるのですか?」

 アイリが隣にいたユウに尋ねる。

「シンが急に言い出したんだ。完成を記念して全員の名前を刻もうって。それで一番取り外しが楽な場所を探したら、仮面部分だったというわけ。当然、スポンサーであるアイリさんの名前も入れてあるよ」

 ユウがそう説明している間にシンは既に頭部まで辿り着く。

 シンは手にした仮面の裏側に視線を走らせる。

 そこには自分の名前と共にユウ、クレス、アイリの名前が刻まれている。そして最後にもう1つそこには名前が刻まれていた。

「さあ。俺の…いや、俺達の夢の始まりだ。俺達の造った初めての魔動機兵……」

 仮面を取り付ける。人間の瞳を模してジルグラムで作られた緑色の輝きを放つ双眸が月明かりを反射して輝く。

「シルフィロード!!」

 最後の名前にはそう刻まれていた。

ついに魔動機兵シルフィロード完成!

これでようやくロボット物展開に……なるはず……


次回は2/18(水)0:00に更新予定。

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