お館様
閉じた瞼の向こうに見える白い光は、次第に弱くなってゆき、
「到着いたしました」
という彼の声を聞くと、私はおそるおそる、目を開いた。
そこには…
何も、なかった。
何もない、白い空間。
それがただただ、どこまでもどこまでも広がっていた。
呆気にとられていた私は、運転席側のドアが閉められる音で我に返った。
続いて、自分の左のドアが外から開けられる。
「どうぞ」
相変わらず彼は、礼儀正しい中に優しさを滲ませた雰囲気を崩さない。
「ありがとうございます…」
そう言って私が地面に降り立つと、
突然私の足元に、一匹の白い兎がぴょこんと現れた。
「わっ」
その兎は緑のリボンを巻いていて、首の後ろ側で大きな蝶々結びにしている。
その愛らしい姿に、思わず心が和む。
ドアを閉めてこちらを振り向いた彼が微笑んで言う。
「お館様の、お使いですか」
兎は得意そうに胸を張った。
そして、私たちを先導するようにぴょこぴょこと走りだした。
「さあ、ついてゆきましょう」
そう言って歩き出した彼を、私は慌てて追いかけた。
彼の数歩後ろを歩きつつ、あたりをきょろきょろと見渡す。
(ほんとうに、何もない……)
私はふと、白い地面を歩く自分の足音が全くしないことに気付いた。
(不思議………)
そう思っていると。
「どうぞ、こちらへ」
彼が右手で指し示す先には、大きな大きな観音開きの扉。
私の身長の三倍はありそうだ。
(ずっと辺りを見回していたのに、この扉には全然気づけなかった……
一体どこから現れたの…???)
湧きあがる疑問は、扉の開かれるぎしぎしという大きな音に掻き消されて……
「待ちくたびれたぞ」
畳の敷かれた広い和室に私が目を見張っていると、
どこか幼さを残す男の人の声がした。
その声の出どころは、部屋の奥の御簾。
「はよう、ここへ」
その言葉を聞いた次の瞬間、私は見えない何かによって両脇を持ち上げられた。
「え?」
困惑する私を、何かは御簾のすぐ前まですすすっと運んでゆく。
ゆっくりと降ろされたのは、畳ではなく白い地面。
御簾までの道にだけは、畳が敷かれていないようだ。
「お館さま、あまり彼女を驚かせては……」
後ろから歩み寄る中尉さんが咎めるように言った。
「小言は後で聞く。それより、はよう」
誰も動かしていないのに御簾が上がる。
現れたのは、中世ヨーロッパの王様が座っていそうな重厚で豪華な椅子。
そしてそこにゆるりと、片膝を折って腰掛ける、着物姿の、少年………
椅子に頬杖をついて私をやや下から見上げる彼は、
全身に重々しい気品を纏っている。
だがその一方で、その薄い唇に浮かぶあどけない微笑みが、どこか親しみやすさを覚えさせる。
少し茶色がかった黒髪は長く、後ろで高くひとつに結い上げている。
ただ者ではないオーラに気圧されていた私に、彼がからかうように目を合わせてきた。
ヒスイ…
そう、彼の瞳は、薄い翡翠色をしていた。
その透き通るような翡翠色に、私は自分の何もかもが見透かされたように感じた………




