小説を書くものの憂鬱
だめだ、もう書けない。
鉛筆を折ってやりたかった。
しかしそんなことが出来るほど意気地があるわけではない。
白紙の簡素なマス目だけの並んだ原稿を払いのけ文机の上に突っ伏して呻く。
それくらいしかできることが無いのだ。
小説家として始めた第二の人生。
それがそもそも間違いだったのだ。
出所して一年、もっとましな道が自分にはあったのではないだろうか。
必ず良い物とは限らないものの、今よりはずっとましな、何かが。
「俺はどこで間違えたんだ」
彼は両親を殺した強盗犯を積年の恨みとともに成敗した。
勿論彼も逮捕される形になってしまう。
しかし両親の敵を討てたことで、逆に彼は生き甲斐をも失い投獄中も出所したその後もふらふらと生きていた。
気まぐれで入った本屋。
そこに彼の人生を新たにさせるものがあったのだ。
それはとある少女の書いた小説。
名前は聞いたことがあった。
若干17歳で某大賞を獲得した才能ある若者。
その後出版する書籍全てが輝かしい栄誉の帯を巻かれ二年経った今も活躍し続ける新星。
少女の声がそのまま文字に表されたかのようなその文章に彼は魅了された。
五冊並んだ少女の作品を全てその場で購入し、彼はのめり込むように自宅で読んだ。
何度も、何度も。
寝ることも食べることも忘れ、はっと気付いた時にはあの本屋を出て二日が経っていた。
彼はその時自分は何をすべきか悟った。
自分もこの世界に行こう。
そして少女に会いに行くのだ、と。
その衝動のまま筆をとり、それからまた三日の時間を執筆に費やし、見事素人ながらに完成させたそれを彼は走って出版社に持ち込んだ。
そこで撥ね付けられていたのなら、彼の人生はまた違う方へ転がったのかもしれないが
なんと彼の作品は絶賛され世に出されてしまった。
そしてそれは瞬く間に売れていった。
数々の栄誉の賞も手にした。
彼の地獄は始まったのだ。
『俺はなんでこんなことをしているんだ』
我にかえったのは小説家として文章を綴りだして一年がたった時だった。
元からどこかに才能が眠っていたらしい彼はその後一年ずっと売れ続け、今や富豪の一員人気作家の一人になってはいたが、望みの少女に出会えてはいないし、連日連夜かかってくる編集からの電話は呪いのように感じ出していた。
ただ、あの頃の自分は少女に出会いたかっただけなのに。
どうして。
そして今夜も小説家、春山晃汰は嘆く。