第5話 黄泉返りの石
マーリンは考えていた。いや、知っていたと言った方がいい。
あの時、戦いを終えてヴァニラ・フィールズを旅立った時。
必ずや、”影の国”から”神槍ブリューナ”を持ち帰ると約束した戦女神モリガンとヴァハ。
必ずや、死した聖者ルゴスと聖女ネヴァンの転生者を連れて帰ると約束した自分。
その約束を信じ、次元壁によって隔離された嘗ての世界へ戻る道を、その空間転移門の”鍵”を、残り少ない力を割いて用意した女神エタニティの事を……。
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「で、爺さん、どうすんだい? モリガン達は居ない。って事は、俺が持っているゲートの鍵を使うのか?」
しかし、それには不都合が考えられた。一度切りしか使えない女神の空間転移門の鍵。あるのはマーリンと戦女神モリガンが持つ二つだけ。
不完全ではあるが、間違いなく聖者ルゴスの魂を持つユランと”炎の剣”は揃った。が、あと一つ。”魔の帳の三騎士”タナトスによって暗殺された戦女神バズウ・カハの末妹である聖女ネヴァン。その転生者を見つけ出し、連れて帰らねばならなかった。
「ネヴァンはモリガンらに任せるということか?」
「それも妙案じゃが、お主には行って貰わねばならん所もあるしの……」
セマグルはマーリンに僅かに笑みを浮かべて見せた。
「ナンだよそれ?」
「ま、それは後で良い……」
「じゃ、どうすんだ? 爺さん?」
「あるんじゃよ、もうひとつ別な道が……」
「別な道……」
マーリンには信じられなかった。
あの”ガリアの戦い”で膨大な神霊力を使い。後に”白き軍勢”の世界を隔離し。力を消耗し切った女神エタニティ。
彼女は最後に”帰還の鍵”を残して”守護の眠り”に就いた。
その上、更に数百年に渡って別の道を用意維持するなど、いくら第一級の創造神とはいえ、その状況を目の当たりにしていた彼には考え難かった。
それだけに呆れとも取れる驚きを見せるマーリン。
「神ってヤツは……」
しかし、その言葉をセマグルが否定した。
「いや、そこは主の考える通りじゃ……」
「考え通り? どういう事だ?」
「さすがのエタニティにも、そこまでの力は残っておらなんだ……」
「それじゃ?」
その問いに一呼吸間を置くとセマグルは言った。
「リア・ファルを使った……」
「リア・ファル!? 黄泉返りの石か?」
それは、あの旧ケルト四国のアイル・ダーナ。その魔法四都の一つであるムリアスの教会に収められる”奇跡の石”。”神の御業を起こすという石”リア・ファルだった。
”黄泉返りの石”とも言われるリア・ファル。それは大地母神ガイアが”ガリア世界”創造の時。幾つもの奇跡を起こした時に使った石と伝えられる。
それはガイアに促され、続いて天地創造を行ったヴァニラ・フィールズの”白き愛の女神エタニティ”、そして、ケルト四国の長”白き大地神”アルビオンに譲り渡された。
こうして、三つの世界は創造を終えた。
最終的にリア・ファルは、アルビオンの要請を受けた”三位一体神バズウ・カハ”の長姉、”死の女神”モリガン女王によって旧アイル・ダーナに保管された。
黄泉返りを望む死者たちの魂が集うのか? それとも真に死者を生き返らせる事が出来るのか?
保管場所は魔法四都、あるいは魔法死都とも呼ばれるアイル北方四島の一つムリアス、その教会に収められた。
「しかし、爺さん。リア・ファルは、石は世界創造後に砕けて力を失ったと聞いていたが……」
「確かに砕けていた、七つにの……。じゃが、その神の奇跡と言われる力が消え失せたと言うのは、人々の記憶から遠ざける為の嘘。方便じゃ……」
「なるほど。確かに、今ムリアスにあるのは奇跡の石では無くて、奇跡を信じて眠る人間だからな……」
奇跡を信じて眠る人間とは、ケルト四国の一つウェル・ロッドのダヴィド王であり四聖者の一人である”風の戦士”スウェン・セバイクの事であった。
”ガリアの戦い”の中。”魔の帳の三騎士”のひとりであるタナトス。その”死灰の剣”によって傷を負った彼は、”死の灰”に犯された肉体を復活させるべく眠りについた。
それは”月の女神”アリアン・ロッドの力を借り、数百年にも及ぶであろう”治癒の眠り”であった。
加えて言うならば、竜神族の子ウーゼルの兄である”赤い火竜”のドライクが、その間無防備になる彼の警護役を自ら名乗り出て赴いた。
そんなスウェンの存在を闇夜の者たちから隠す為。リア・ファルの噂を流して人々の記憶からすら遠ざけようとした。ただ、在らぬ噂は噂を呼び、死者が甦ると言う伝説になってしまったのは、図らずも予期せぬ誤算であった。
つづく