第3話 神殺しの神器
竜王カザナスとの謁見に於いて、”炎の剣”を返上したいという騎士ユランの願い。重苦しい空気の中、先に口を開いたのカザナス王であった。
「ユラン、お前の気持ち分からんでもない、それも良かろう……」
「えっ、オイ! 冗談だろカザナスっ!」
傍らにいたマーリンは茫然とした。
”ガリアの戦い”以来。百年の時を越えて、ようやく聖者ルゴスの転生者を見つけ出し、”炎の剣”を渡すという積年の願いを果たした魔法使いマーリン。
彼にとってカザナスの下した言葉は受け入れがたいものだった。
それに、”風の国”で”魔の帳の三騎士”タナトスと戦った時。あの時に受けた”死の灰”が原因で”死灰病”に犯されたカザナス。
最早、彼にも”炎の剣”を使いこなせるだけの力が残っては居無い事を、マーリンは薄々ながら気づいていた。
魔力に対する耐性が強い竜神族の末裔ではあったが、長い時間を掛けて確実に体を蝕み続けた毒手は、それ程までに彼から力を奪い去っていた。
◆・.。*†*。.・◆
玉座の壇上からユランの目の前に歩み降りるカザナス。
「但しユラン、お前は一つ誤解している」
「誤解……?」
「そうだ、その誤解は解いておかねばな……」
彼はユランが手にする”炎の剣”を鞘から抜き取って見せた。
そして、感慨に耽るような眼差しを剣に向けると、長年の友に語りかけるよう話を始めた。
「残念ながら、コイツが必要としているのは私では無い。これまでも、コイツが本当の力を私に見せた事は一度も無い……」
カザナスの言葉にユランは耳を疑った。
「まさか、王は"風の国"でも魔の三騎士すら退けたと……」
「確かに退けはした。しかし、完全に葬ったと思っていた、あのヒュプノスは生きていた。この間の内戦で、お前が切った奴だ。おそらく、何れ又甦る……」
「そんな……」
「まあ聞け、ユラン。確かに、この”炎の剣”は魔神に対して有効な力を持っているのかもしれん。しかし、私が知っている話では、この”炎の剣”も白い炎を放つという神剣の半身だという……」
「白い炎。神剣の半身……」
「そうだったな? マーリン……」
「ああ……」
それは嘗て”風の国”で共に戦った時。マーリンがカザナスに語った話だった。
無言に話を促すカザナス。静かにマーリンは語り始めた。
「あの”ガリアの戦い”の時。”カルヤラの女神”エタニティの下
”白き大地神”アルビオンを失ったアングル・ブリーン。
ケルト大精霊神クレス・ワイナの”森の国”スクォーラ・ファイフ。
”月の女神”の国ウェル・ロッド。
戦女神バズウ・カハの国アイル・ダーナ。
それら古代ケルト四国とヴァニラ・フィールズのヴェリール王家が同盟を結んだ。
そこにテッサリア”虹の女神”イリスの王国クレテが加わって、言わずと知れた”白き軍勢”の完成だ。
その中から、アンティリア島の”黄昏のモイラ”達の予知と指名によって
スクォーラの”大精霊神にしてケルト大神官”クレス・ワイナ。
ウェルから”風の戦士”スウェン・セバイク。
アイルから”白炎の騎士”ルゴス・ルクリウス。
そして
ブリーンの”不死の大魔法使い”テオゴニア・マーリン。
つまりこの俺様だ!
四人の”聖者”を立て”黒き軍勢”に対抗した。
可愛い妹ネヴァンを殺られた、”半神半人の女神”バズウ・カハのモリガンとヴァハもいたが、まあ、あいつらは女神だナンダって、同盟を結んだ割に我儘でな……。
ま、それはいいとして、厄介だったのが”闇夜の軍勢”らを束ねる
”死の灰”のタナトス。
”永久の眠り”のヒュプノス。
”悪夢の女騎士”オネイロス。
御存じ”魔の帳の三騎士”だ。
どいつもこいつも剣だ弓矢だナンだの使い手で、しかも物理的攻撃以外、魔法は程んど通じないときたモンダ。で、剣技に長ける騎士ルゴスと剣士スウェン、そして、戦女神モリガンを奴らにぶつける事にした。
ただ、戦いの最中で気づいた事だったが、奴等を滅するには特別な武器が必要だった。タナトスが持つ”死灰の剣”フォール・アウト同様に”神殺し”の神器がな……。
奴らは打ち倒す事が出来ても滅する事が出来ない魔神。要は死なない。俺様と同じ不死と言う事だ。
そこで、何でも知ってるティタニスの”時と記憶の女神”アネモネから、神器の事を聞き出そうと思ったんだが、肝心の彼女は何処ぞに行方不明で手掛かり無し……。
んで。仕方なく、再び予言者モイラたちが居るアンティリアはヘスペリスの園へ。お告げとやらを頼りに理知的で賢い俺様が調べたところ、三つの神器が浮かび上がった。
一つは、”閃光に眩き聖剣”カレトヴルッフ。
二つ目は、”稲光に輝く神槍”ブリューナ。
そして
三つめが、”白き炎に燃える神剣”クレイヴ・ソリッシュ。
ところが、だ。我々にあったのはウェルに伝わる”聖剣カレトヴルッフ”のみ。
モイラの予言者クロト曰く。”神槍ブリューナ”は、”影の国”だか”光の園”とやらに居る”戦いの女神”ヴァルキュリヤ将軍たちの誰かが持っている。
”神剣クレイヴ・ソリッシュ”の半身である”ミスティル・テイン”は、アイル北方都市フィンジアスの教会に収められていたが、もう一方の半身”であるレーヴァ・テイン”、いわゆる”炎の剣"は敵の手にあると思われていた。
始まってしまった戦の最中。残りの神器を探すに探せず、仕方なくルゴスは”ミスティル・テイン”で。モリガンは自前の”竜槍ゲイ・ボルグ”で死なない化け物どもと戦うハメに……。
ま、大まかに、ザッと、昔しカザナスに話した古い話だが……」
そう、マーリンが話を終わらせようとした時。突然に現れる大きな光と気配が城の広間を埋めていった。
と同時に、傍でマーリンの話を聞いていたカザナス王が、玉座に向かって丁寧に頭を垂れると静かに一歩二歩と後ずさった。
その頭の先。玉座に向かう皆の視線。そこにはに艶めく錦織りの衣に身を包み、黄金の杖を突く一人の老人が霞のように姿を現すのだった。
つづく