第2話 転生者
蒼白に揺らめく月明かりを頼りに、ユランたちは夜の森へと入った。
いくらもしない内に途絶える花の輝きは、銀色に艶めく夜露へと変わった。
港街へと続くであろう獣道を歩きながら、ユランは故郷スラフ・カザナスを旅立った時の事を思い返していた。
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スラフ・カザナス内戦の終結後。竜王カザナスに改めて謁見を申し入れたユラン。彼はカザナスの都であり大運河都市であるハーン、そこにあるキフラ王城へと出向いた。
その”竜の間”に於いて、四聖者の一人でもある”不死の大魔法使い”マーリンも見守る中。竜騎士として臣下の礼節を尽くしながらも、ユランが口にした言葉に竜王カザナスをはじめ皆が驚いた。
内戦で無くなった父の所領アルチ一帯を引き継ぐ為、道すがらアルチャの街から共に王城へと随伴した女騎士フィンも、予想だにしないユランの言葉に我が耳を疑った。
「ユランっ、本気で言ってるの?」
「ああ、この”炎の剣”は王に返上しようと思う……」
「どうしてっ?」
納得がいかず詰め寄るように問い質すフィン。そんな彼女に力無く微笑むと、ユランは言葉を繋いだ。
「正直、自分でもどうしたらいいか分からないんだ……」
竜王カザナスの義弟であるジラント公の反乱によって引き起こされた内戦。仕組まれたようにカザナス侵攻を始めた地方領ヴォルガ。
闇夜に魅入られた者達によって引き起こされた危機を、神剣”炎の剣”の助けもあって回避したユラン達。
一旦は”炎の剣”を手にし、聖者として自身が覚醒したかにも思えた。しかし、その後に託されて手にする剣は、以前のそれのように沈黙した。
結果的に戦いに勝利する事は出来たが、それは竜王の危機に剣が力を貸してくれただけの事で、己が聖者ルゴスの転生者であるか否かと言う疑問は消えなかった。
そして、それ以上に、この”炎の剣”の所有者として自分が相応しいとは思えなかった。
もし、人に運命と言うものがあって、愛する国の為、人々の為に殉ずるのなら、それでも構わないという気概は持っているつもりだった。
ただ、またいつ何時。あのような国難が起こるともしれない中。神器である”炎の剣”を使いこなせないのであれば、剣を預かる事は愚か、竜騎士として罪のようにも感じていた。
己の胸に去来する漠然とした不安と、日毎に募る焦燥を語るユラン。哀しみとも見える悲壮な面持ちで、彼は再び請うた。
「我が王カザナス。国に殉じよと言うなら、私は騎士として王や民の剣や楯となりましょう。しかし、この神器は王の下にあってこそ一つとなり、その神聖なる力で闇夜を払うもの。未熟な私には過ぎたる剣。どうか、お許しを……」
神妙な面持ちのユランに動揺するフィン。
そんな彼女とは裏腹に、驚きはしたものの、どうしたものかと困惑の視線を合わせたカザナス王と魔法使いマーリン。それはある種、無理もない事だと思っていたせいもある。
二人ともユランが聖者ルゴスの転生者である事に疑いは無かった。彼の胸に痣となって記された”紅華の紋章”。それが何よりの証拠だった。
”ガリアの戦い”で死した四聖者の一人”アイル白炎の騎士”ルゴス・ルクリウス。
その転生する魂を探して”華と風の国”へと赴いた魔法使いテオゴニア・マーリン。
”華と風の国”は、”ガリアの戦い”終戦の後。聖者の魂が転生する拠り所としてアッティカに用意された国だった。
ケルト四国の一つである”戦女神の国”アイル・ダーナ。その三位一体神バズウ・カハの一角ヴァハとネヴァン。元々、彼女らの所領であった一部を女神エタニティが次元的に切り取り、ケルトからガリアへと大陸間を移動させたのだ。
しかし、”華の国”の王子RUTOとして転生したルゴスの魂は、魔女エリスの罠によって聖者として覚醒する事はなかった。
それは愚か、”アッティカの悲劇”と謳われる”柘榴の呪い”によって、その魂は再び新たな肉体へと流転する事になってしまった。
そして、縁によって紡がれる魂の転生は、竜神族末裔の国スラフ・カザナス。その地方領主ユラトフの子であるユランへと受け継がれた。
それは”華と風”の両国で闇夜を退け、”炎の剣”をマーリンの元に届けたカザナスをはじめ、竜騎士らによって建国された国にであった。
そして、今度こそ聖者ルゴス・ルクリウスの記憶と力を携え覚醒する筈であった。
その事を承知していたカザナスとマーリン。彼らは聖者として覚醒を果たさないユランに、というよりは、魔女エリスによって施された”柘榴の呪い/流転の禁呪”に疑念を抱いていた。
それ故ユランに、また”風の国”で共に戦った竜騎士ユラトフの息子であるとはいえ、過分な責任を背負わせるのも酷な事と考えていた。
それでも、もし”炎の剣”を携える事によって覚醒を果たすのでは。そう一縷の望みを抱いていた事も事実ではあった。
ユランの申し出に良策を見いだせないまま、流転するように時は過ぎていった。
つづく