第35話 宣戦布告
海竜ストリが終の棲家と定めた港町ノーア・トゥーン。その先数里に迫る闇夜の黒き艦隊。
大洋ポトスの海上で海竜ストリと対峙する”魔の帳の三騎士”がひとりオネイロス。
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ストリが再び問う。
「そのアイトリアの軍神たるオネイロス卿が何故に、このような所におられるのか? 既に貴国の王エレボスは民と共に新世界へと旅立った筈。ドドナに残るヒュプノス卿と合流するにしても方向が合わぬが?」
「ほう……」
ストリの言葉は多少なりともオネイロスを驚かせた。神々の争いには与しない竜神族ではあったが、流石に無知とはいかないようだと。
「仕方のない……」
ガリア世界の情勢を正確に把握した指摘にオネイロスは苦笑を浮かべると、再度、軍団の指揮官らしく声を張った。
「我々アイトリアは、先の戦いの調停者であるブリーンの”白き大地神”アルビオンの死を持って、”神々の盟約”破棄を宣言するっ!」
「アルビオンの死!?」
その言葉に大きく目を見開くとストリは呟いた。
アルビオンの死。先に西の大陸で消えた大きな気の正体と理解は出来たが、それはストリにとっても耳を疑う事実であった。
オネイロスは続ける。
「よって、亡き大地母神ガイアの血に連なる我らがエレボス王こそ、このガリア世界を統べる正統なる後継者である事を宣告するものであるっ!」
唖然とするストリを余所にオネイロスは更に続けた。
「これは大地母神ガイアの意思を継ぐ義の戦いである。それを阻もうとする如何なる者どもにも我々は宣戦を布告するっ!」
「宣戦、布告だと……」
「そう、邪魔だてする者には死あるのみ……」
そのオネイロスの言葉は、ストリに闇夜の謀を容易に連想させた。
「お前たち。さては謀ったなっ!?」
「我々は、既にアイルとも交戦状態に入った……」
「アイルとも……」
消えた二つ目の気。それが意味していた。
まさかと言う思いの裏で、最悪の状況を想像もしたストリではあったが、あまりの仕掛けの速さ、闇夜の手際よさに言葉を詰まらせた。
オネイロスは尚も続ける。
「スラフの竜神族に於いては、古の約定通り中立を願いたいが、いかがか?」
確かにスラフの竜神族は、大地母神ガイアとの古の約束で”柘榴の森の迷宮”の通行とガリア世界に住処を得る代わり、神々の争い事には関与せぬ事を遥か昔より掟としてきた。
それを知り逆手に取ろうとしたオネイロスではあったが、竜神族の皇子ドライグを乳母として育て上げ、既に一族の掟から解放されていたストリには意味を為さないものであった。
正確に言うならば、スラフの地を離れ己が居場所を他に定めた竜には、最早故郷に帰る必要も無い。現実的には掟も破門も何ら強制性を有しないというのが現実であった。
逆に言えば、その新たな終の住処である場所こそが故郷であり、そこで戦など論外であるのは誰にも想像に難しく無い。
「黙って聞いておれば、好き勝手な事を……」
ストリは眠っていた竜族の闘争本能が、ふつふつと目覚めるのを感じていた。
「その掟。スラフに居る竜神族に掛かる物に過ぎぬわ。我は既にスラフを捨て、この地を終の棲家とした。ならば、この地を犯す者こそが我が敵。何人も、ここを通す訳にはいかぬっ!」
あからさまに殺気を含むストリの返答。
それを望んでいたかに不敵な笑みを浮かべるオネイロス。
途端。地に構えていた剣を翻し、その切っ先をストリに向けオネイロスが叫んだ。
「ならば仕方あるまい! ここで一戦交えるまでっ!!」
ストリは牙を剥いて咆哮を上げた。
その瞬間。
左右に控えていた船団から、轟音と共に無数の砲弾がストリ目掛けて発射される。
--- 小賢しいっ! ---
ストリは上げる雄叫びにドラゴン・スペルを唱えた。
呪文に幾つもの水柱が怒号を上げて吹き上がる。
それはストリを取り巻く壁となって砲弾を撃ち落とした。
更に彼女は、口から放つ水圧砲で左手の中型艦を凪ぎ払うと、海中へと身を翻すのだった。
つづく