第33話 黒い船団
”白き愛の女神”エタニティの王国”VANILLA-FIELDS”。
天地創造の時。
天使サルマスによって、時は空間を広げて光や感覚を芽生えさせ
天使アルソナによって、大地は山や森、野原を育み
友が生まれて花や風となり
天使ユリゼンによって海は水平線を掲げ
理性と秩序を生み出した。
そして
最後に天使ルヴァによって愛が満たされ
ヴァニラ・フィールズは一面の白い花に覆われた。
遥か古の楽園。その穏やかな日々は、永久に続くように思えた。
再び、闇夜進軍の笛が吹き鳴らされるまで……。
◆・.。*†*。.・◆
スラフ竜神族であった海竜ストリ・イシェボ。
彼女は習わしに従い、長い旅路の果てに白い花咲き乱れる楽園の王国ヴァニラ・フィールズへと辿り着いた。
野へと続くキュベレー台地最南端の港街ノーア・トゥーン。その大洋ポトスを臨むフィヨルドの大灯台砦東側。入江に浮かぶ小さな孤島を、彼女は竟の住処として選び穏やかに暮らしていた。
或る昼下がりの事。いつもの如く、その青く美しいポトスの海原を、平和と自由を謳歌するかに遊泳していたストリ。
そんな彼女の胸に、突然言い知れぬ不安が過ぎった。
それは、このヴァニラ・フィールズでは長く忘れていた、嘗ての不毛な神々の争いをも彷彿とさせた。
「まさかな……」
馬鹿馬鹿しくも頭を過るモノを打ち消しながら、彼女は海面へと頭を擡げた。
そして、遥かケルトの方角を望んだ。
しかし、その遠く西の世界で起こる異変を肌で感じ取るのだった。
「……?」
そして、その僅か後。
「何だ? また一つ、大きな気が消えてゆく……」
同時に東の水平線の向こうで膨れ上がる暗く大きな気配。
ストリは言い知れぬ不安とザワつく胸騒ぎを辿るよう、その巨躯の進路を東の水平線へと向けた。
「……」
彼女は脳裏を過る可能性を否定しつつも、繰り返し胸に去来する冷たいモノに
己の本能が掻き立てられるのを感じた。
そして、その不安は的中した。
「黒い、船団だと!?」
彼女の目の前に現れたもの。
それは視界に入る水平線の端までを掲げる漆黒の帆で埋め尽くし、大陸に向かって北上する船団の夥しい黒い群れであった。
「馬鹿な。奴らが何故ここに?」
ストリは我が目を疑った。
船団の帆先に棚引く髑髏や放射十字星の紋章。壮麗かつ豪奢にして禍々《まがまが》しく飾られた黒色の船影。
その海原をも呑みこむかに押し寄せる黒い群影は、”神々の盟約”に従い新世界へと赴いた筈の民。闇夜の王国”黒き軍勢”の海軍艦隊であった。
「一体、どうやって?」
しかし、一瞬の内にストリは悟らざるを得なかった。
先刻、ガリアの西で消えた二つの気。
ウェル”月の女神”アリアン・ロッド仲介による、”闇夜の皇女”エリスと騎士タナトスのアイル訪問。
そして、アイトリアから旅立ち、居る筈の無い黒き軍勢。
「再び、戦を始めようというのか、エレボス王……」
つづく