第31話 資格
そんな得意げに、更に自慢げなマーリンの表情が不意に無表情に凍った。
「いや、ちょっと待て……」
「どうしたの?」
「レアン。俺、今ナンテ言った?」
「えっ? 俺は、天才だって……」
「いや違う。その前?」
「その前? ええ~と。呪文は二人の記憶の中で、簡単に……」
「それだっ!」
「えっ!? ナニナニ?」
「記憶だよ、記憶……」
「記憶?」
「ああ。指輪の秘密を知ることができる女神が、もう一人いる……」
「女神様って、まさか……」
「”時と記憶の番人”アネモネ……」
「そんなァ。アネモネ様は、簡単に他人の記憶をしゃべったりしないわ……」
「普通ならな。しかし、もしそうだとしてだ……」
「そうだとして?」
「確か”闇夜の軍勢”本体はアイルの艦隊が……」
「見張ってるわ」
「ネヴァンの元にエリスが……」
「お別れの挨拶でしょ?」
「んじゃぁ、ブリーンで動いているのは?」
「んん~? 残ってるのはアイテールの軍?」
「アイテール。マズイっ! マズイぞっ!」
「エッ? ナニがナニが? レアンにも分かるように言って!」
「アイテールだよ、アイテール!」
「アイテールが、ナンカ、マズイの?」
「ヤツは指輪を使う資格を持っている」
「資格って、……王子様。あっ、”闇夜の皇子”アイテールっ!」
「だから万が一、ヤツらが秘密を聞き出していたら……」
「大変っ! アルビオン様に知らせてあげなくちゃ!」
「いや、レアンじゃ遅いっ!」
そう言って、マーリンは召喚呪文を唱えた。
--- イリスの名の元にハーピーよここに ---
”虹の女神”イリス。彼女と契約を交わした者だけが、その姉妹たちである妖精ハーピーを召喚できる。
”疾風”とも”速く飛ぶ者”とも呼ばれる彼女たちは、度々連絡役として動き働いた。
◆・.。*†*。.・◆
程なく、旋毛を巻いてハーピーが現れる。
「アエロっ!」
「お姉ちゃんじゃなくて悪かったわね、彼女はスクォーラのクレス様んとこ……」
現れたのは次女のキュテであった。
「キュテか!?」
「なぁんだ、誰かと思ったら国を追い出された魔法使いさん。今忙しいんだけど……」
「コッチも急用だ! 今直ぐアルビオンの下へ行ってくれ!」
「アルビオン様? そうなのよっ! アイテールの馬鹿が、また戦を始めたらしいのよ……」
レアンが悲鳴を上げる。
「キャー! やっぱりアイテールっ! アワワワワワ……」
「あら、レアンちゃん。久しぶり……」
マーリンが続ける。
「キュテ。アルビオンに伝えるんだ。アイテールは秘密を知ってるかもしれないと!」
「えっ? 秘密? いきなりナニ? どゆこと?」
「説明してる暇はナイっ! 言えば分かる。早く行けっ!」
レアンも懇願する。
「キュテちゃん。お願い!」
「ええ~、なぁんだか分からないけど。行くわよ。行けばいいんでしょ!?」
「キュテちゃん。急いでっ!」
「でも、さすがの私でも間に合わないかも。だって、もう神殿が燃えちゃってるらしいから……」
「ヒョエェ~~!」
尚もマーリンが言う。
「それでも頼む……」
「分かったわ。行くだけ行ってみる……」
すると、瞬く間に旋毛を巻いて、キュテはブリーンへと向かい消えた。
それを見送る様にレアンが言う。
「大丈夫かなぁ?」
「さあな……」
そっけなくマーリンが答えた。
「とかナンとか言っちゃって。やっぱりイイ人なのね、マーリンって……」
「馬鹿。俺は、ただ……」
「またまたぁ、照れちゃって、コノぉ~!」
「別に……。それより、オマエは行かなくてイイのか?」
「エっ? 行くって、何処に?」
「これだよ……。そもそもナンでアイルの妖精が、アンティリアに入り浸っているわけ?」
「だってレアン。マーリンと一緒がイイんだモン♪」
「やれやれ……」
「レアン。ちゃんとモリガン様に、お許しも貰ってるモぉ~ン♪」
「だからぁ。そのモリガンにだよ……」
「モリガン様ぁ?」
「そう。このタイミングでネヴァンの気も消えてんだぜ。ってことは、モリガンたちも兵を動かすだろうな……」
「ということは?」
「ブリーンに向かうだろうな……」
「エエ~ッ! ダメよっ! アイテールがグレイプニル・リングを使えるかもしれないんでしょ!?」
「だからぁ、それをモリガンに……」
「キャ~っ! 大変っ!!」
「急いだほうがイイぞ。モリガンはともかく、ヴァハはせっかちだからな……」
「ヒョエ~っ! それは最悪っ!(アッチョンブリケ!!)」
「ほらほら。急いだ急いだ……」
慌てふためく様に、レアン・シーはヘスペリスの園にある”柘榴の森”からアイルのエマニアの森へと向かった。
”空間転移門”を抜ければノーグ王城がある。そこから空路、イオニア海に展開するアイル艦隊のモリガンらに伝令を飛ばす為に。
祖国アングル・ブリーンから遠く西の果てアンティリア島。
国を追われた形のマーリンではあったが、先に消滅したであろう”白き大地神”アルビオンに彼は想いを馳せた。
それは懐かしくも哀しげに、それを思う資格が自分にはあるのかと……。
「ヤレヤレ、だな……。ちくしょうっ……」
つづく