第27話 奸計、弌
それは”闇夜の軍勢”がアイトリアからコリントスのドドナへと、野営を繰り返し兵を移動させ始めて間もなくの事。
双子の妹であるウェル”月の女神”アリアン・ロッドは、姉である”夜の女神”ニュクスの元を訪れていた。
それはケルト神とカルヤラ神の仲裁とはいえ、実質的には引き下がらざるを得なかった姉の心中を察しての慰問である。
ただ、この慰問を望み申し入れたのは、実際のところニュクスからであった。
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「おお、我が妹アリアン・ロッドよ。遠い所から遥々《はるばる》、よくぞ来てくれた……」
「お姉さま。”神々の盟約”、ガリア会議以来で御座います」
アリアン・ロッドは深々と御辞儀をした。
ニュクスは、野営する天幕の入り口に佇む騎士達に目を遣った。
「彼らは其方の警護の者か?」
「はい」
ドワーフ族と人族が共栄する国ウェル・ロッド。
それはドワーフ王アラウンの所領アヌン。そして人族の王スウェン・セバイクの所領ダヴィドからなる。
ケルト同盟四国の中では一番小さな国ではあるが、その軍事力に裏付けされた強国である。
アヌン”白銀の軍団”と呼ばれる重装歩兵軍団レッゼルフ。ダヴィド”ルビーゴールドの軍団”と呼ばれるチャリオット騎兵軍団ヘルノギオン。その戦力は”戦女神の国”アイル・ダーナに次ぐ。
この日。アヌンの若き神官であり緑髪の白魔術師マナウィ・ギラ・ドゥ。
ダヴィドのヘルノギオン四天王からアレミラ、アレスタント、そして、ゲライントの三将軍と小隊。
彼らがウェル・ロッドの女神であり女王であるアリアン・ロッドを警護する為に帯同していた。
「遠慮する事は無い。皆も中へ入られよ。さあ、さあ……。誰か、食事の用意を……」
ニュクスの合図に、従者たちが手際よく晩餐の準備を始めた。
ウェルの”フロッド神殿の森”からコリントス”ドドナの森”。
”柘榴の森の空間転移門”直通で来たものの、そこから”闇夜の軍勢”野営地までは丸一日かかる。人馬ともに旅の疲れが無かろう筈はない。
皆、ニュクスの広々とした天幕に多少驚きつつも、その待遇に安堵の表情を浮かべた。先日までは、一触即発で敵になるやも知れなかった相手である。
それを意識してか、ニュクスは仮設とは思えぬ程に整えられた豪奢なテーブルと御馳走で彼らを出迎えた。
皆が食事に舌鼓を、酒に酔いが回り始めた頃。改めてニュクスは、アリアン・ロッドに話を持ち掛けた。
「今回の事では其方にも辛い思いをさせてしまった。さぞかし板挟みで辛かったであろう……」
「いいえ、お姉さま。こうして和睦の下に、再会する事が出来て何よりです」
「時にアリアンロッドよ。別れの前に、其方に一つ頼みがあるのだが……」
「頼み?」
「そう。間もなく我らも”神々の盟約”約定通り、闇夜の民を率いて”ドドナの森”へと移るであろう。
そこから、柘榴の迷宮。その空間転移門を抜けて、新たに構築した我がアイトリアへと旅立つつもりじゃ。
おそらく其方とも、なかなか会えなくなるであろうな……」
「寂しくなりますわ。お姉さま……」
「それに、このままケルトと遺恨を残し、このガリアを去るのも口惜しいというもの……」
「……」
「じゃが、そうは言っても、あれでエレボス王も気位の高い御方じゃ。だから王は致し方ないとして、せめて娘のエリスだけでも、出来れば最後に別れの挨拶をさせてやりたいと思うての。
せめてケルトの皇女ネヴァン殿とだけでも、別れの挨拶をさせてやれないものかと思うのだが……」
「エリス様とネヴァン様を……」
「確か、盟約の時。あの二人は、女神エタニティ殿の執り成しで神剣を分かち合った仲。
我々は良いとして。エリスが寂しがっての。それが不憫でならぬ。勝手な申し入れは重々承知。こんな事は其方にしか頼めぬであろう……。
そうそう、ケルトからの監視軍の事は聞いておる。手続き的なものであろう。つい先日まで争っておったのだから無理もない事。わらわからもエレボス王には言い含めておく。
エリスに付き添う従者も一人だけで十分じゃ。とは言っても皇女としての形だけは付けてやらぬとな。エリスが可愛そうじゃ。其方の国の者を付けて貰っても構わぬ。
我が母の心、察してくれると有り難いのじゃが。アリアン・ロッドよ、どうであろう……?」
「分かりました。そういう事であれば、私がアイルとの橋渡しを致しましょう。きっと皆も、エリス様を受け入れるてくれるはず……」
「おお、そう言ってくれるか。さすがは我が妹。明後日にはエリスも我々に合流する。そうじゃ、皆も疲れているであろう。ゆっくりと明日は休むと良い。妹の其方とも積もる話が出来るというもの……」
そうして、翌々日の午後。ニュクスに呼ばれた”闇夜の皇女”エリスは、従者の騎士タナトス一人だけを伴い、アリアン・ロッド一行らと共にウェルへ向かった。
つづく