第24話 魔の帳
エレボス王と女王ニュクス。二つの玉座を中心に
右に
”闇夜の皇子”アイテール。
その親衛隊指揮官でありドラゴン・スレイヤーでもある
将軍クラトスと将軍ビア。
そして
”グライアイの魔女”と呼ばれるネクロマンサー姉妹
ムレドとエニュオ、そしてデイノ。
左に
闇夜の皇女、魔女エリス。
その直属の部下である”魔の帳の三騎士”
”死の灰”のタナトス。
”悪夢”のオネイロス。
”永久の眠り”のヒュプノス。
”闇夜の参謀”イアトス。
そして
魔装兵団将軍、魔導士ロッドバル。
エリスは、その左右に並ぶ両翼の中へと進み出た。そうして、玉座に相対するように向き直ると小さく頭を垂れ、御前会議は始まった。
会議も早々に、そのエリスの言葉に一同が驚きと動揺の声を上げた。
「単刀直入に申し上げれば、”封神の指輪”の秘密、突き止めております……」
女王ニュクスも、これには顔色を変えざるを得なかった。
「さ、さすがは我が娘……」
そんな者達とは一線を画すかに、エレボスは落ち着き払った面持ちで口を開いた。
「で、指輪の秘密を知って何とする?」
「当然、戦にて御座います……」
エリスも無表情のまま返した。
「戦か? 指輪の秘密を握っただけでは、戦には勝てぬぞ?」
「策が御座います……」
「策? 申してみよ」
「はい。トランサルピナにて三正面の奸計を……」
「三正面の奸計?」
「はい、弌の正面は私が。タナトスと……」
エリスは居並ぶタナトスを、振り向かず掌で指し示した。
エレボスもタナトスには目もくれずに、エリスに向かって低く重い声で返す。
「二人、でか?」
「はい……」
エレボスは、エリスが企てる奸計に些か怪訝な表情を浮かべた。
「ただし、この弌の正面に関しては、母様、いえ女王様に彼の妹君を口説き落として頂きたく存じます……」
驚くニュクスを制してエレボスが言う。
「ウェルのアリアン・ロッドを?」
「はい……」
夜の女神ニュクスの双子の妹。月の女神アリアン・ロッド。元々、彼女はアイトリアの女神であったが、後にケルト四国の一つウェル・ロッドの女王となった。
それは即ち、今は”白き軍勢”の一員であり、期せずして姉妹が敵対する形となっていた。
「そして、もうひとつ。王の剣を、このタナトスに賜りたく存じます……」
「我が剣を?」
「はい、刃を交えて戦わぬ王の傍らにあっては、神器も宝の持ち腐れ……」
「言うな。エリスよ」
「申し訳ありません……」
「よかろう。我が”死灰の剣”フォール・アウト。そのタナトスやらに授けよう」
控えるタナトスが答える。
「有り難き、幸せ……」
淡々と静かにエリスが続ける。
「次に弐の正面をエレボス王とアイテール。そして、ワイバーン竜騎兵の数騎で。それと、このヒュプノスめが……」
「成る程。このワシも地に降りて戦え、と……」
「いいえ。王にあっては、あくまでも囮……」
「偽装か?」
「はい……」
エリスの答えにエレボスは眉間に皺を寄せると、俄かに疑問を抱えるよう椅子の手すりに肘を立てた。
そんなエレボスを他所に、エリスが尚も続ける。
「最後に、参の正面は女王様と闇夜の全軍。そして、オネイロスを……」
「全軍?」
「はい……」
ここで初めて、エレボスは左に居並ぶ”魔の帳の三騎士”に目を遣った。それは、エリスの一存で御前会議に列席した彼らを品定めするようでもあった。
と言うのも、”神々の盟約”後に突如現れた”魔の帳の三騎士”。エリスに率いられる彼らの素性は愚か、どのような能力を持っているかすら、この時点のエレボスには知らされていなかった。
ただ、彼らの体から滲む魔力の片鱗を、エレボスは感じ取っていた。それはオークやゴブリンなどとは比べようもなく、神々に匹敵するであろう事を。その得体の知れなさを除いて。
ここまで、エリスの話を訝しみながら聞いていたエレボスではあった。が、その彼女の大胆さを察するに、その企てる奸計に興味をそそられた。
「エリスよ、面白そうでは無いか……。よかろう。その奸計とやら、もっと詳しく聞かせて貰おうぞ……」
◆・.。*†*。.・◆
それは”三正面の奸計”。その御前会議から遡ること凡そ一週間前の事。
「母様……」
「ヒュプノス。他の二人は理解してるのに、どうして貴方はそうなの? 私は貴方の母などでは……。いえ、今度また、その呼び方をしたら……」
その瞬間。怯えた表情を見せるヒュプノス。
「あぁ、エリス様。皇女エリス。すみません。もう二度と。お許しを……」
そんなヒュプノスを無視するかのエリス。
「ところで、オネイロス。要件とは何かしら?」
「はい。”時と記憶の女神”アネモネについてで御座います……」
「アネモネ?」
「あの女、如何致しましょう?」
「そうね、もう目も見えなければ、耳も聞えない。今回で口も利けなくなったし。この先、テッサリアの情報を聞き出すのも難しい。でしょ?」
「はい」
「どのみち戦いが始まれば、彼らもアネモネが我らの手にある事に気づいて、記憶を読み取られないようにするでしょうしね……」
ただ静かに、オネイロスは頭を垂れた。
「それで、ヒュプノス……。まだ彼女は生きてるの?」
「あっ、はい、かろうじてですが……」
「そう、良かった。それで、最後の質問は? この戦いの行く末を占っているであろう予言者モイラ。彼女達の記憶は引き出せたのかしら?」
「は、はい……」
「そう、偉いわぁ。この戦いに勝ち負けは無いわ。ただ、結果があるだけ。それで、次に彼らは何をするの?」
「はい、その、炎の剣と……」
「貴方、馬鹿ね……。炎の剣と神槍ブリューナを手に入れようとするのは分かっているわ。あと、やがてトランサルピナを次元壁で隔離するのも。他には?」
「あ、あの……」
やはり、怯えにどもるヒュプノス。彼を遮ってエリスが言う。
「おそらく、転生する聖者の依代として、縁のある国も何れ興すつもりでしょ。彼らの思う転生なら、キサルピナの土地が必要だもの……。そうでしょ?」
「あ、はい……」
「私が知りたいのは彼らの手札。彼らの切り札は何?」
「あ、あの、迷宮地図を……」
「迷宮地図?」
一瞬。エリスは瞳を大きく見開くと眉をひそめ、不快感を滲ませた。
「ということは……、”柘榴の森の迷宮”。ゲート世界の道を創るつもり?」
「は、はい。リア・ファルを……」
「リア・ファル? そう、やっぱりアレは、まだ使えたのね。私たちが犯した”理の禁忌”。”不可逆と不遡及の禁呪”を正すつもりね……。そうでしょ?」
「は、はい、おそらく……」
「タナトス……」
「はい」
「例の件は?」
「はい。既にオディエットの一体を……」
「いいわぁ。皆、良くできました。何もかも私の思い通り。私たちの理想郷が近づいている……。残るは、南方カタロニアと東方スヴァルト……」
そう呟いて、その幼さの残る面持ちとは裏腹に、エリスは怪しげに艶のある微笑を浮かべるのであった。
つづく