第18話 古の王子
突然に頭痛と眩暈に襲われ、その場に蹲ったフィン。
彼女は苦悶の表情を浮かべると息を詰まらせた。
「フィンっ! どうした? 大丈夫か?」
ユランの言葉に答えることも出来ず、フィンは暫し苦痛に耐えるよう瞼を閉じたままだった。
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やがて、傍らで心配するユランとウーゼルを他所に、彼女は何事も無かったかのようにその場にすっくと立ち上がった。
そして、何かを警戒するように辺りを見回すと、彼らの心配を意に介さぬよう口を開いた。
「ユラン。ここは妙な気配がする。場所を変えた方がいい……」
多少、呆気にとられながらもウーゼルが言う。
「フィン、大丈夫……?」
確かに行列の表通りとは対照的に、裏通りには全く人の姿が無く、怪しげな空気が漂ってはいた。
ただ、それよりも、さっきまでと様子が違うフィンにユランは違和感を感じた。
「それはいいけど、フィン、大丈夫なのか?」
「大丈夫?」
「いや、さっきのは……?」
フィンは緊張の表情を幾分崩すとユランに向き直し言った。
「そうか、すまない……。ユラン、僕だ……」
「僕……?」
「ああ……」
「もしかして……、メル?」
「そう、僕だ……」
「プリンス・メルっ!?」
それはフィンの内に眠る前世の魂。”白き愛の女神”エタニティの王国一族。ヴェリール族の王子メル。彼の意識がフィンの体を借りて顕在化したのだった。
薄く青く美しい輝きを瞳に揺らし、ユランの前に佇むフィン。
いや、意識を失った彼女の体を借り、古の王子メル・ホワイト・プリンス・ヴェリールの魂が語りかける。
「ユラン、早く移動した方がいいかもしれない……」
「あ、ああ……」
多少面食らったように生返事のユラン。
会話もそこそこに、足早に歩き始めたフィンの後を追う二人。
事の次第を飲み込めていないウーゼルはともかく、ユランも先行くフィンの後ろ姿を見ながら湧きあがる疑問に戸惑っていた。
「フィン。いや、プリンス・メル。その、何て……」
「分かってる、どうやって僕が現れたかだろ?」
フィンが”アッティカの華と風の騎士”メルの転生者であり、古の妖精族ヴェリールの王子メルの転生者である事をユランは承知していた。
ただ、それは先の”カザナス内戦”での事。
ジラント公爵の反乱に呼応し侵攻した地方領ヴォルガの将軍ボルドウィンが、闇夜の手先であるとマーリンに告げた時。
または、ユランが”魔の帳の三騎士”のひとり”永久の眠り”のヒュプノスと剣を交え危機を迎えた時。
何れもフィンが眠りに就いた場合や傷ついて気を失った等の条件下で、そのプリンス・メルの顕現化は行われると承知していた。
しかし、今回の場合は、それらの条件に該当していない。
むしろ、不可能と言っていたフィンの意識を、メルの魂が追いやったように思えた。
--- このままフィンが消えてしまうのでは ---
そんな不安と矛盾が入り混じる心持ちのユランであった。
「フィンは? フィンは大丈夫なのか?」
「心配ないよ。でも、詳しい説明は後。そうだ、どこか休める場所を探そう。僕に当てがある……」
「そうか、わかった……」
そう言って三人は、路地裏の通りから元来た道へ引き返すように港に向かった。
つづく