第17話 眩暈
纏わりつくような人混みへと分け入ったウーゼル。
黒い雑踏に揉まれながらも、彼は這い出るように見物人の足の隙間を縫った。
ようやく開けた視界に瞬き映える白黒のモノクローム。
珠玉の仮装舞踏の行列が目の前を過る。
「ぅゎぁああ……」
改めて心を奪われ、見惚れるままウーゼルは、その目がくらむほどに燦爛たる行列へと歩み寄っていった。
◆・.。*†*。.・◆
その時だった。
めくるめく演舞を目で追う彼の背後に、小さく円を描きながら踊り舞う一群の
中から踊り子が、一人出くわすようにぶつかった。
「わっ!」
突然の衝撃に、前のめりに両手を地べたに突いたウーゼル。
そんな彼の目の前に、白と黒を交錯させながら踊り子の仮面が弾け飛んできた。
不意の転倒に驚いたウーゼルであったが、目の前に落ちる仮面を手に拾うとしげしげと眺めた。
そして、大きくあしらわれた鳥の羽に付いた土埃を払うと、立ち上がって仮面の主を探した。
バランスを失ってよろめいた踊り子は、一群の後方へと置き去りにされていた。両手を膝に突き、背を向けて項垂れる踊り子。
ぶつかったショックで眩暈でも起こしたのかと、慌てたウーゼルは行列を避けるように駆け寄った。
「ご、ごめんなさいっ。コレ……」
そう謝りながら仮面を差し出すウーゼル。
すると、踊り子はスローモーションのようにゆっくりと無言に振り返った。
しかし、その踊り子に顔は無く、いや顔は愚か頭すら無く、首から下の服の中も暗く空洞だった。
予想だにしない踊り子の正体に驚愕の奇声を上げるウーゼル。
「うっ、あああああああああっ!」
その声が行列の前方で押し出され、惑っていたユランとフィンに届く。
「あの声っ!」
「ウーゼルだわ!」
叫び声に振りかえると、そこには腰を抜かして呆然とするウーゼルの姿があった。
「何やってんだっ! あのバカ!」
ウーゼルが居る行列の後方目掛け、ユランとフィンは駆け出した。
首の無い踊り子の在らぬ視線を、睨むような恐怖を背筋に感じたウーゼル。
後先を考える余裕もなく彼は、さっき這い出したばかりの雑踏へと再び逃げるように飛び込んだ。
「ウーゼルっ!」
「チクショッ、なんてこった……」
再度、見物人の群れに行く手を阻まれるフィンとユラン。
しかし、躊躇う間もなくユランは、意を決して瞳をフィンに向けた。
「行くぞっ!」
「えっ!?」
ユランは離れ離れにならぬよう、今度はフィンの手を力強く握りしめ人混みの中へ突入した。
そして、ウーゼルが抜け出るであろう方向めがけ、無我夢中で人波みを掻き分けた。
やがて、群衆の壁を突きぬけると、一目散にウーゼルが裏路地へと駆け込むのが見えた。
「いたっ! あそこだ!」
後を追いながら繰り返し名を叫ぶユランとフィン。
「ウーゼルっ!」
路地に入り、少し下りの石畳を曲がった所で、転げ倒れるようにウーゼルが息を切らせた。
「ウーゼルっ!」
フィンが駆け寄る。
そこでウーゼルも二人の姿を見て我へと返ると、半分泣きそうな顔で体を起こした。
「ふぃ~んっ!」
抱き縋るウーゼル。
「もぉう、勝手に離れるからよ!」
それでも優しく抱きしめるフィン。
「でも良かった……」
やれやれと言った面持ちでユランは呆れた。
「あれっ? そう言えば、リーロは?」
すると、ウーゼルが斜め掛けしていた革の鞄の隙間から、リーロが鼻先を突き出すように顔を見せた。
「リーロっ!」
今度はウーゼルがリーロを抱きしめる。
「ったく、人騒がせなヤツだな……」
「ホント、でも良かった無事で……」
「そうだ、一体何があった? ウーゼル」
そうユランがウーゼルに問い尋ねようとした時。
安堵の表情を浮かべていたフィンが、突然眩暈のように膝を落とし、掌を額に翳すとその場に蹲った。
つづく