第16話 謝肉祭
港を後にした三人は、オレンジ色の明かりを辿るように街中へと入った。
「うわぁぁァ!」
思わずウーゼルが声を上げた。
暗い石畳の通りを真っ直ぐ進み街角の路地を抜けると、突然のように現れた絢爛豪華なパレード。
三人はバグパイプのような音に奏でられる壮大な音楽と共に、ゴシック様式に彩られた華やかな行列と人混みに出くわした。
熱帯魚の様に白黒の羽をあしらったユニコーンに引かれる馬車の列。
竜の落とし子の様に赤白で着飾られたヒドラが大きな山車を引く。
ベネチアンマスクの如き怪し気に艶めく仮面。
金銀に咲き乱れて舞う踊り子たちの衣。
家々の軒先に群れて行列に見入る者たちですら、同様に化粧を施した仮面に素顔を覆っていた。
「スゴイな……」
その押し寄せる高揚感に圧倒されるだけのユラン。
「でも素敵……。謝肉祭か何かかしら……」
その眩い煌びやかさに、三人は目を奪われるばかりであった。
◆・.。*†*。.・◆
歓喜の歌声が近づいてくる。
夜は僅かな憂いをも消して澄み渡り。
街の光は惜しげもなく降り踊る。
瑞々しく輝きを舞上げる踊り子たち。
楽園の匂いを運ぶ夜風。
都を望む花の丘を越え
月明かりに蒼い石畳を通り
勇壮な門を潜り、全てを覆い行進する煌めきは
沸き立つ想いを華やかに音楽へと昇らせる。
高鳴り、誇らしげに繰り返す鐘の音。
力強さは勇気となり、切なさは愛しさへ。
そして
溢れる涙は花びらとなり
花びらは新たな喜びを呼んで黄金に燃える。
金の煌めき。
銀の音色。
甦る石の都に、時は木霊する……
◆・.。*†*。.・◆
目も眩むような華燭を灯し煌めき舞う仮装の行列は、石畳の大通りを北へと進んでいた。
それらに纏わり付くよう、見物人達の群れもゆっくりと揺れ流れているようだった。
見物人の人混みがユラン達を覆い隠すように遮る。
「ああ~、行列が見えないよ……」
背丈の低いウーゼルは、殊更に視界を埋もらせた。
そんな混み様を嫌うかに、ウーゼルは人波に分け入った。
「おいっ! ウーゼル!」
「離れちゃダメっ!」
紛れ込むウーゼルの姿を追ってフィンが叫ぶ。だが、声は響き渡る音楽と雑踏に意味を為さない。
「フィンっ!」
二人を追ってユランも人混みに分け入るが、押し寄せる群れはお構いなしに彼も飲み込んだ。
「フィンっ!」
「ユランっ! ここよっ!」
辛うじて互いの姿を目で追う二人。
「ユランっ! こっち!」
「フィンっ! ウーゼルは?!」
「ダメ! 見えない!」
人波に惑わされながら、まるで舞踏会のカドリーユのように、二人は何度も引き離されては近づいた。
「フィンっ!」
「ユランっ!」
互いに手を差し伸ばすユランとフィン。
「フィンっ! 手をっ!」
入れ替わるように遠ざかるフィンの袖を、どうにか掴みとったユラン。
「こっん、チクショぉっ!」
ユランは強引に人並みを掻き分けるとフィンを懐に抱きよせた。
「フィン、大丈夫か?」
「う、うん。でも、ウーゼルが……」
ゆっくりとした濁流の中から辺りを見回すも、そのまま流れに身を任せるしかないユランとフィン。
やがて何時の間にか、二人は光瞬く異形の行列の最中へと押し出された。
そこには、絡みつく白と黒の蔓や棘で装飾された戦闘馬車のような山車が通り過ぎようとしていた。
一際に高く大きなそれに、起立する白獅子面の女。楔で華を模す幾何学模様に織られた衣に身を包み、巻き髪に黒薔薇を頂く仮面から覗く瑠璃色の瞳。
その無言に見下ろし過ぎ去る視線に、ユランは濁流にも似た不思議な記憶の淀みを覚えた。
つづく