第12話 仮説
ガリア草創期。大地母神ガイアによって神々に対を成して分け与えられた”黄金の柘榴”。
ある者は力の権威として”神器”を生み出し、また、その資格を有しない者は己が神霊力を高めるため柘榴を食したと言う。
既に始祖神として膨大な神霊力を持つ”夜の女神ニュクス”にとって、柘榴を口にすることは意味を成さない。であれば、未だ切り札として温存する、何か別の理由があるのか?
「分からない……。色々と考え調べもしたが、合理的な理由が見つからない。俺が無能なのか……。見当もつかないとは……」
マーリンは幾分焦っているかのように呟いた。
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そんな彼を見て、先程まで多少なりとも喜々としていたセマグルは、幾分顔色を落として優しく口を開いた。
「そう思い詰めんでもよかろう。お主の疑問の全ての答えにはならんが、半分答えがある」
「答え?」
逆にセマグルも感じていた。マーリンの人としての限界点のようなものを。
もし彼が神族として生まれていたならば、少なくとも人族よりは長命なエルフ族やドワーフ族であったならば、この数百年に及ぶ戦いの長さも然程苦になる事も無かったであろうと。
”黄金の柘榴”で神にも等しい力を得たとは言え、その手に入れた不死という長大な時間は、人である彼の神経を着実に疲弊させてもいた。
それはマーリンが”幻影の島アンティリア”で、”ヘスペリスの園”に住まう”予言の女神”黄昏のモイラたちから”黄金の柘榴”を受け取った時。同時に危惧された事でもあった。
”黄金の柘榴”がもたらす業に、ひ弱な存在でしかない人が耐えきれるのかと……。
そしてマーリンに限らず、四聖者のうち三人が人族と言う事を考えると、そう遠くない将来の内に、この戦いの決着をつけねばならないのだろうとも。
「あの”ガリアの戦い”が終わった時の事じゃ。ワシは一つの仮説を立てた」
「仮説?」
千年もの時を遥かに越えて生き永らえ、この世の生き字引とも言える竜神が仮説を立てるなど、マーリンには若干、それが滑稽に思えた。
「仮説って、仮説か?」
「そうじゃ、”ガリアの戦い”が終わり、”炎の剣”の行方を追う為にじゃ」
「”炎の剣”の行方……? そうだっ! そう言えば爺さん。アンタがカザナスに神託を与えて”炎の剣”を取りに行かせたとか言ってたな。
しかし、あの時点では……。
いや、そもそも”神剣クレイヴ・ソリッシュ”は、”神々の盟約”が為された時。女神エタニティが友好の証として”白き軍勢”と”黒き軍勢”、その皇女たるネヴァンとエリスに其々に分かち授けた筈……」
「が、実際には”ガリアの戦い”には投入されなんだ。そこでワシは闇夜の手に剣は無いと踏んだ」
それは”炎の剣”が闇夜の手の内にある。そう思い込んでいたマーリンには無い発想であった。
「随分と乱暴な仮説だな……」
「いや、理由がある」
「理由?」
「そう、可能性と言った方が良いかの」
「可能性?」
「そう、可能性じゃ。先刻のお主の論理で言えば、”白き軍勢”と”黒き軍勢”の神器は五分の筈。
しかしじゃ、もし”炎の剣”を半身ではなく一本の神器とする事が出来たらどうかの? 形勢は有利となる。どうじゃ?」
「そんな馬鹿な。どうやって半身の神器を……。いや……、まさか爺さん……」
「そう、”理の禁忌”。”不可逆と不遡及の禁呪”じゃ!」
「まさか、”炎の剣”に禁呪を……」
「おそらくな。ただ、不完全なのじゃろう」
「不完全……」
「ま、結果から言えば失敗じゃ。とするならば、禁呪によって退行初期化された”炎の剣”は、造られた場所であり生まれ出でたタルタロスに帰る……」
「ホントかよ?」
「ホントもナニも、ワシの読みは当たった。それ故に”炎の剣”を携えたカザナスが”風の国”へじゃ……」
「爺さん。アンタ、スゲエな……」
「付け加えるなら、”魔の帳の三騎士”も、何らかの禁呪によって造りだされた魔物かもしれん」
「”魔の帳の三騎士”が禁呪によって造りだされた……」
「ふむ、確証はないがの。しかし、闇夜の中に始祖神レベルの禁呪を使う者がおるのは、お主の読み通り間違いない」
「とすると、やはり……しかし……」
確かに
”時と記憶の女神アネモネ”に禁呪を施し、引き出したと思われる”封神の指輪グレイプニル”の秘密。
”炎の剣”への禁呪が及ぼした退行初期化による行方。
”華の国の王子RUTO”に施された”流転の禁呪”。
”風の国”で行われた”傀儡の禁呪”。
そして
”魔の帳の三騎士”の黄泉返り。
確かに、そのどれもが高いレベルでの”理の禁忌”。”不可逆と不遡及の禁呪”を指し示していた。
流石の竜神霊セマグルではあったが、彼は声のトーンを落とすとマーリンに少し大げさに呆れて見せた。
「にしてもじゃ。まだ肝心の謎はワシにも解けぬままじゃて……」
それは
アッティカに於いて”流転の禁呪”を施された”華の国の王子”RUTOの魂を追う為、”転生の秘術”を受けた”風の国の王女”ROSELUNA。ひいては”古の女神であり聖女”ネヴァンの転生する魂の行方を見失ってしまった事。
”聖者ルゴス・ルクリウス”として覚醒するに至らなかった竜騎士ユラン・クァシーラの魂の謎。
それをセマグルも、胸の内で承知していた。
「それにの、テオゴニア。ワシにも何か引っかかるモノがあっての……」
「引っかかるモノ? アレか、”黒き軍勢”が使う”飛行戦艦”の技術か?」
「確かに問題じゃが、アレは間違いなく他世界の神霊技術。奴等は既に南方カタロニアのみならず、我々の知らぬ同時並行世界をも巻き込んどるようじゃの……」
「アレの事じゃないのか?」
「うむ、やはり鍵は”理の禁忌”。”不可逆と不遡及の禁呪”かの……」
「またそれか」
「じゃが、もしそうだとするとテオゴニア。我々は最初から、戦う相手を誤っていたのかも知れんの……」
「戦う相手を誤っていた?」
「ワシにはの、あの”ガリアの戦い”。キュベレーに纏わる姦計。あのやりようが、闇のエレボスと夜のニュクスに結びつかん……」
「エレボスやニュクスが主敵ではなかったと?」
「そうは言っておらぬ。ただ、禁呪も含め、誰か他の者が、何か別の絵を描いているように感じるのじゃ……」
「別の絵を……」
「印象でしかないがの。考え過ぎかのォ……」
暫しセマグルは考え込むように小さく唸った。
それから、共にセマグルとマーリンは、暫らく言葉を閉ざしたままだった。その重く厚い霧のような沈黙は、次にセマグルが口を開くまで続いた。
つづく