第10話 不可逆と不遡及の禁呪
「今日は他でもない、その”理の禁忌”研究の第一人者として、主に聞きたい事があったのじゃ」
「第一人者……? 聞きたい事?」
大地神アルビオン同様、セマグルに説教を食らうと思っていたマーリンであったが、彼の意外な言葉に状況を理解し認識を翻した。
「いやあ、第一人者という程でも。ま、でも、聞きたい事があれば、何でも、どうぞどうぞ……」
そう言って、多少お道化て見せたマーリンではあったが、次のセマグルの言葉で表情は一変した。
「”理の禁忌”と言えば聞こえはいいが……。ワシが知りたいのは禁呪。”不可逆と不遡及の禁呪”の事じゃ……」
”不可逆と不遡及の禁呪”。それはガリア世界の存在自体。神霊質である神々や全ての物理的物質の在り様。それら全ての理を根本から書き換える禁断の呪法だった。
◆・.。*†*。.・◆
「やっぱ、その話か、爺さん……」
「主も気付いておるのであろう?」
「まあな。あんたは何処で気付いた? いや、どこまで知ってる?」
「ふむ、よかろう。まずはワシから話すとしよう……」
セマグルは柘榴茶の器をテーブルに置くと、揺り椅子で思案に耽るよう、それでいて滔々《とうとう》と話し始めた。
「あの”ガリアの戦い”の姦計の一つであった”アルビオンの消失”。そもそも闇夜の連中は、一体何処で”封神の指輪”グレイプニル・リングの呪文を、指輪の効力発動要件を知ったのじゃ?」
「きっと、”時と記憶の番人”アネモネあたりだろ……」
「そう、おそらくは女神アネモネからじゃ。本来、指輪の秘密はアルビオンとエタニティしか知らされておらん。それを知る事の出来る力を持つもの、それがアネモネじゃ」
「やっぱ裏切りか?」
「いいや、何らかの強制によってと考える方が自然じゃ。何せアネモネが神々の記憶、その秘密を口にする事は出来ない”業”を持っておるからの……」
「業?」
「そうじゃ。全ての神々はガイアから生まれたと言ってもいい。じゃからガイアによって”業”を背負わされておる。”理の禁忌”を持たされておるのじゃ」
「”理の禁忌”を持たされてる?」
「たとえばじゃ。アネモネは、このガリア全ての”時と記憶の番人”として誕生したが為に、他の神々の記憶すらも持っておる。じゃが、知っているのと話す事が出来るのは別ものじゃ」
「と言うと?」
「彼女は神々の秘密を知る事が出来ても、口に出す事は出来ん。もし喋れば……」
「喋れば?」
「存在自体が消える」
「存在自体が、消える?」
「そうじゃ。神々の秘密を一つ喋る事によって、彼女の存在自体の何か一つが消えうせる。それが手足か、体の一部か分からんがの……」
「こりゃ、とんだ”業”だな……」
「じゃが、そもそも彼女が神々の秘密を喋るには、何らかの力によって”理の禁忌”を犯さねば、分かりやすく言えば、摂理法則の無効解除が必要じゃ」
「なるほど。それで”不可逆と不遡及の禁呪”か……」
「お主も見たのであろう?」
そう言って、セマグルは柘榴茶の器を再び手に取ると、あたかも交換条件と言いたげにマーリンに視線を振った。
つづく