第8話 聖者と共に
それは自尊心の強いマーリンが故の特徴でもあるが、戦いに於いて後手に回り守勢に追いやられた記憶は、彼にとって未だに悔い悔やまれるモノがあった。
ただ、今はそれより、自分も知る騎士達の魂。その行方に興味は向いていた。
「まあいい。それより爺さん。その騎士達の魂とリア・ファル、何の関係が?」
「ふむ……」
セマグルは考え込むように神妙な表情を見せた。
「何故かのぉ……? 女神は何も言わんかった。ただ、騎士達の魂を入れた七つの石をワシに渡して消えていった。もっとも、”守護の眠り”に就く間際じゃったからの。これはワシの想像に過ぎんのじゃが……」
セマグルは、そう前置きをすると階段に腰を下ろした。
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「主ら、ヴェリール族が転生する事は知っておろう。肉体が滅びても、魂が記憶と想いを携え、生まれる新しい肉体に繰り返し宿ると……」
「ああ……」
「それは女神エタニティがヴァニラ・フィールズを創造した時。彼女が彼女自身の力を持って決めた彼女の”理”じゃ。
しかし、あの戦で荒れ果て壊れた世界では、いや、女神自身その”理”を守る力を、もう持って居なかったのかも知れん……。
何にせよ、ワシは騎士の魂を”理”へ返してやりたいと思った。それでリア・ファルに願い問うた。彼らの魂を輪廻転生に戻すよう。
ところがじゃ、石はワシに言った。
--- 騎士達は、聖者と共に故郷へ帰る ---
と……。
それがリア・ファルの意思なのか? 騎士達の願いなのか? ワシにも分からんが、この妖精リーロの中に何かを残すと石は消えてしもうた……」
「で、その何かが迷宮地図ってわけか?」
「これを……」
セマグルは肩に乗るリーロを手に取ると、神霊力をリーロに集中した。
すると、リーロの体は瞬く間に色を無くし、透ける体の中に赤紫色に輝く七つの光点を浮かばせた。
そして、点は光の線で結ばれると、その先と後ろに金色と白色の光を配した。
「この赤紫色の光。これは”柘榴の森”を表わす光に同じ。おそらく、白い光はヴァニラ・フィールズの”リンツコートの森”。そして、金色の光は”リュブリャナの森”。ワシらの森じゃ」
「要するに、カザナスからヴァニラ・フィールズまで七つの空間転移門。七つの”ゲート世界”が繋ぐという事か?」
俄かに信じられないと言ったマーリンではあったが、以前、似たような光景を見た記憶があった。
それはヴァニラ・フィールズを旅立つ時。女神エタニティから預かった空間転移門の鍵。”ゲート・キー”にも同じような光の輝きが透けて見えた。
--- なるほど。聖者と共に帰る、か ---
マーリンは心の中で呟いた。
思いがけず、改めて耳にした言葉。それは遠い昔。己が自身の心に誓った言葉でもあった。
「いいじゃないかっ!」
マーリンは何かを納得したように声を上げるとカザナスを見遣った。
ところが幾分、カザナスは浮かぬ顔をしていた。
「ナンだカザナス? 何か不服でもあるのか?」
「不服などではない……」
「じゃ、ナンだ?」
面倒くさそうに言うマーリン。
そんなマーリンを横目に、カザナスは小声でセマグルに問うた。
「ユラン一人で大丈夫でしょうか?」
「んっ、そうじゃのぉ……」
「ワタシっ! 私も一緒に行きますっ!」
それはフィンの声であった。
確かに一人より二人。しかもヴェリール族の転生者であるフィンであれば、その役目には打って付けと思えた。
「僕もっ! 僕も行くっ!」
「バカ! ウーゼル、遊びに行くんじゃナイんだぞっ!」
そう叱るユランであったが、ウーゼルにはウーゼルの、彼なりの深い理由があった。
「セマグル様。僕も兄さんに会ってみたい!」
それは真の本心からであった。
まだ先の話とは言え、いずれウーゼルは竜神王の地位を継がねばならなかった。本来であれば長兄であるドライクが継ぐべきものであった。
ウーゼルは聞いてみたかった。何故、王位を捨ててまで戦いに身を置いたのか? いや、自身が王となるには知らなければいけないと感じていた。
「お爺様。いえ、セマグル様。お願します。兄に会って話を……」
ユラン同様、臣下の礼を尽くすかに膝を折り頭を垂れるウーゼル。その真剣な横顔に思わずユランも言葉を失った。
そんな孫でもあるウーゼルの姿を見て、セマグルは笑顔で答えた。
「ほっほっほっ、ま、いいじゃろ……」
多少の呆れと、面白がるようにマーリンが言う。
「おいおい、爺さん。本気か? 可能性が低いとは言え、闇夜に限らず何が紛れ込んでるか分かんねぇぞぉ?」
「そうなったら、そうなったじゃ……。苦難とはな、決して避けては通れぬものじゃ。それに打ち勝つも、そこで朽ち果てるも一興。
大切な事はの、その苦難に向き合う事じゃ。それこそが竜神族の血に連なる者の掟。そうは思わぬかカザナス王よ?」
「はぁ、それは確かに……」
改めて多少の不安が生まれたカザナス王でもあったが、己の若き日の旅も同じように希望と不安、そして仲間と共に歩んだ事を思い出さずには居られなかった。
つづく