第6話 柘榴の森の迷宮
”神の奇跡を起こすと言う石”リア・ファルの力を借り、”白き軍勢”の王国世界へ帰還の途を確保していた女神エタニティと竜神霊セマグル。
しかし、大魔法使いマーリンの危惧は、当たらずしも遠からずであった。
この世に在る誰にも確かめる術がないままに……。
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「じゃが、お主の言う時間経過の可能性も否定出来ん。何せこの数百年、誰もそれを確かめた者がおらんでな。だから、急がねばならぬのかもしれん……」
セマグルの言う通り、リア・ファルの力が失われていないのは確かだった。
ただ、それはガリア世界創造後に残った力であって、七つに砕けた時点で本来の力は既に無かった。
しかも数百年と言う時間は、その効力を徐々に弱め始めていると想像出来た。
「ユランよ、それでもフィンジアスに行ってくれるかの?」
改めて危険を伴うかもしれない旅になる事を告げるセマグル。
それでもユランは躊躇なく毅然と答えた。
「かまいません。それが竜騎士の使命。血に連なる者の掟であるならば……」
そんなユランの姿を見て、一抹の不安を抱いていたカザナス王も得心したようだった。
三度マーリンが問う。
「で、爺さん。三つ目の鍵は?」
「鍵?」
「ヴァニラ・フィールズへの道を開く、ゲートの鍵だよ……」
「鍵では無い……」
「鍵じゃない?」
「ユランたちが通るのは、あくまで柘榴の森。その空間転移門じゃ」
「ちょっと待て。それじゃ……」
マーリンの危惧は尤もであった。と言うのも”柘榴の森”とは古のガリア世界に散在した空間転移門である。
有史以前。大地母神ガイアや女神エタニティらが、カオスから天地を創造した後。
次々と誕生した数多の神々が、其の大地や海、空を彩り、それぞれの民を有して王国を形取った。
そして、後に起きた”古と新しき神々の争い”。
その不毛な争いを終わらせる為に”神々の盟約”は結ばれ、神々は己が民と残る”カオス元素”、ガリアに於ける存在形態である”柘榴の森”を手に”ガリア世界”を後にした。
それによって、其々に次元を跨ぎ散々《ちりじり》となった神々の他世界王国は、”柘榴の森”にある空間転移門によってのみ繋がれた。それは正に迷路の様に複雑長大で、”柘榴の森の迷宮”と呼ばれた。
マーリンは思った。強大な神霊力や無限の寿命を有する女神バズウ・カハや自分ならともかく、寿命の短い人族には不可能だと。
いくら柘榴の森の往来を許されている竜神族の末裔とはいえ、複雑な迷宮と化した他世界のひとつひとつを潜り抜け、ヴァニラ・フィールズへ辿り着く事など考えられなかったのだ。
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--- 迷路の様に複雑長大に繋がれた空間転移門”柘榴の森の迷宮”。それは犯されざる古の神々の王国。同時並行に存在する他世界を繋ぐ道 ---
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「爺さん。とてもじゃないが、無謀だろ。あの”神々の盟約”で次元壁によって隔離された神々の他世界は、その神々が他からの干渉を嫌って迷路化したんだろ?
そんな同時並行世界へ無暗にユランを送り出したって、ヴァニラ・フィールズへ辿り着くのは何時の事になるやら?
それともナニか? その迷路の……」
そうマーリンが言い終わらぬ内に、セマグルは皆の目の前に左手を差し出すと、柔らかに握る掌を宙に返した。
すると、柘榴が弾けるように赤く輝き、ゆっくりと開く光の中から小さな妖精の姿が現れた。
「これは……」
それは白いキツネリスのようでもあり、背にピンク色の縞模様がある小動物にも見えた。
「これはリーロという。我が”竜神族の森”リュブリャナ。そこに住む柘榴の森の妖精じゃ。このリーロがヴァニラ・フィールズへの道を教えてくれる」
「じゃ、こいつが鍵って事か?」
「いや、鍵というよりは地図。柘榴の森、その”迷宮地図”と言ったところかの……」
「迷宮地図……」
”ガリアの戦い”の後。各々《おのおの》の目的を持って旅に出た魔法使いテオゴニア・マーリンと戦女神バズウ・カハのモリガンとヴァハ。
彼らは目的を果たした後に”白き軍勢”の世界へ帰還する為、空間転移門の”鍵/ゲート・キー”を女神エタニティから受け取った。
それは其々の国へと直通する空間転移門を、強制的に開く神々との契約を封印したモノだった。
一方、”迷宮地図”とは、その名の通り。神々が次元を違えて再構築した同時並行に存在する他世界。それ同様に奇跡の石”リア・ファル”が構築した”ゲート世界”。その隠された空間転移門の道程を示すものだった。
「しかし、そんなモノまで用意していたとは。女神も人が悪い……」
「まあ、そう言うな。これはワシが勝手にやった事じゃ……」
「勝手に!? おいおい、爺さん。その迷宮地図の事が闇夜の連中に知れたら俺達の計画が全部パーになるんだぞっ!」
「それは心配ない、知っているのはワシだけじゃ」
「そう言う問題かっ! ての……」
「それにの、知れたところで、奴等が最初の入り口に立ち入る事は出来んでな……」
「入って来る事が出来ない?」
「これじゃ……」
そう言って、セマグルは携えていた黄金の杖を静かに振り上げると、その先で描く円の内に何処とも分からぬ映像を浮かび上がらせた。
初めはぼやけていたが、映像は瞬く間に輪郭を成して行く。
その映し出された風景を見て、いの一番に口を開いたのはカザナス王であった。
「こ、これは……」
それはスラフ・カザナスのリュブリャナの森。その奥に隠された居城。黄金に輝く竜神霊セマグルのキエフ神殿であった。
つづく