死神はサンタクロース
ややBL風味かもしれません。
……はぁ。
一つため息を付き、僕は天井を見上げる。
僕は近いうちに死ぬ、手の施せない位置にガンがあり、処置しても転移するとのことだ。手術を繰り返せば対処のできるとのことだが、
僕にはそんなお金はなく、親も頼れない。
結果、その告知からもう数ヶ月経ってしまった。ゆるやかに向かっていく死、といえば中二病っぽく聞こえる。だけど実際はそんなことを考える気すら起きない。
ひたすらに無気力、そしてたまに襲いかかる苦痛。そして何より、孤独だった。
「もう、12月なんだ」
カレンダーを見れば今日は12月24日。世間ではクリスマスの時期か。死が解りきっていると時間の感覚や世情のことがどうでも良くなってくる。どうせ死ぬのだし、考えても無駄なことなんだ。
それでも寂しさは募る。部屋からたまに出てはネットの友人と遊んでいるので交友関係には事欠かさない。
『精一杯生きろよ』と慰めてくれても、彼らと仲良くなって死ねば、そこで切れてしまうと思うと付き合えない。
ただ悶々と、人生について思うだけの時間。そんな時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「なにか頼んだっけ?」
不審に思いながら玄関を開けると、そこにいたのは黒いコートを着込んだ、異様な青年だった。
「ちーす。死神が殺しに参りました」
「まだ間に合ってます」
こいつは何を言ってるんだ。死にかけだという自分に対する嫌がらせに来たのだろうか? とにかく僕は玄関のドアを閉めようとした。が、何かが挟まっているのか閉まらない。
「えーとだな、これで判ってくれるかい? あまり出すと警察とか来てうるさいんだよ」
ドアを開け、青年は腕ごと何かを突き出す。鎌だ、それも死神が持つような大柄の鎌だ。こんなもの、さっきまで持っていなかったぞ。
「知ってるんだよな、俺のこと」
「まぁ対象だしな。鳴上周平、年は23歳で……ガンでもう余命幾ばく。ついでに俺が来たってことはまぁ察しの通りだ」
「お前が死神だと信じれば、だけどな。殺すなら苦しまずに殺して――」
刹那、僕の目の前が大きく歪む。激しい痛みが腹部だけでなく体全体を苛み、絶望感と激痛に訳の分からない悲鳴を次々と吐き出す。
「あーあー、大丈夫か? ちょいとおじゃましていいかって、話せねぇか」
もはや訳がわからないほどの痛みに意識すら白み始め、思考すら止まる。あとに残ったのは――。
「――丈夫か、おい。しっかりしろ」
真っ暗な闇の中に、声が聞こえる。
誰の声なのだろうか、聞き覚えがあって、それはついさっき聞いたような気がする。確か激痛が走って、倒れたんだった。誰かが助けてくれたのだろうか。それとも、僕はあのまま死んでしまったのか?
「おい、意識が戻ってるのなら聞こえてるだろ?」
「聞こえてるよ、あのままあっさり殺してくれればよかった」
万年床にしていた布団の上に横たわったまま、意識が覚醒する。放置していた掛け布団まで載せられている。
「いや、あれ俺のせいじゃないし。むしろ俺が来たことはラッキーかもしれないんだぜ」
意味がわからない。趣旨を説明してくれ。目を開けるのも億劫で、僕は声の方に体を傾けつつ死神の青年に問う。
「俺達は対象の死に際に1つだけ願いを叶えることができるんだよ。よく死ぬ直前で家族が間に合った! っていうのがあるじゃん。あれだよあれ」
なるほど、それだったらあの激痛はきっと、自分の体調のせいなのだろう。
「……ごめん」
「気にすんな。『人殺し』だの『痛くして殺さないで』とかもう凄かったけどな」
思わず布団に潜り込む。明日何といえばいいのだろう。もし、明日があればの話だが。
「それで願い事なんだよな。死ぬのを止めるのは――」
「あぁそりゃ無理。人間の力で何とかしてくれ」
その人間の力が使えないのだから困る。
「そしたら、伸ばすのはどうなんだ?」
「伸ばすねぇ、誰かに会いたいとかか?」
問われ、しばし考える。確かに会いたい人は数多くいる。しかし死神は『死を先延ばしにするような人数は無理』と返してきた。
だとしたら誰に会おう。そう考えれば考えるほどに、ピンと来る人が見つからない。先生も友人も、両親ですらも死に際に会う気がしない。なぜだろう、考えても答えが見つからない。
「どうする?」
「…………」
寂しい。僕の口から自然と言葉が漏れ出す。
「ふぅん。誰かに会うぐらいの時間は作れるけどさ」
しかし、誰にあっても後悔する気がする。後悔したまま死にたくはない。
「だったら、死ぬまでそばに居て欲しい」
「え、俺が?」
きょとんとする死神。けど、これも何かの縁なのだと思いたい。恐らく最初にして最後の来訪者なのだから。そう思いながらふと、何かが頭をよぎる。
「まったく滅多にいないぜ、死神に泣きついてくる対象なんてよ」
しかも男ときた。死神は毛布を軽く手で抑える。言葉は照れ隠しなのだろう、端々から動揺が見られる。こんな頼まれごとをされたら、そうなるのも無理もないか。
「あのさ」
「何だ? 離れたりはしないが」
「サンタクロースってさ、知ってる?」
「……お前死神だからって、俺がサンタだって言うんじゃないだろうな?」
「…………」
そのまま布団から顔を出し、コクリと頷く。そうでなければ、なんだというのだろう。この聖夜の前日に押しかけてきて、いきなり『もう長くない』と告げるこいつは、はた迷惑なサンタクロース以外の何者だろうか。
「お前さ、ホントは馬鹿だろ」
「寂しいだけ。多分そのはず」
でも、その代わりこの死神といると寂しく感じない。どこか今まで会ってきた他人とは違う、不思議な安堵感を感じるのだ。
「大体、なんで俺なんだよ」
死神が問う。普通は両親や親友に会うのに、なぜ自分なのかと。考え直せばそういうのも当たり前だけど、どうせ死ぬんだ。
「……誰もが皆、僕を同情するような目で見るからさ」
僕は思いをぶちまけるかのごとく吐き出す。高校受験もうまくいき、有名な大学に合格した僕は数多くの人に祝福され、将来も有望視されてきた。友人も沢山いた。学歴を出すだけで女の子は興味を引き、誰もが優しく接してくれた。
けど今は、そんな友人もいない。
大学もやめて、親からは勘当も当然といった扱いを受けている。そこに追い打ちとばかりにガンまで発症している。これまでの幸せのツケを全部払ってきたかのようだ。
そんな感情を、死神は全て受け止めてくれた。反論も、文句もあるだろうに――。
「まずいな、そろそろ眠いや」
「まったくマイペースだな、お前さんは」
ため息一つ付き、死神はまだ離れない。
「お前に付いている。寂しくないようにするって話だからな」
「ありがとう」
「……礼はいいから、死神に礼を言う奴があるかよ」
もっとこの死神と話したかった。いろんな事を話して知りたかったけど、明日もまた話せるだろうか。なんだか今日は久々にちゃんと話をしたせいか、空っぽだった心が満たされている気がする。
「おやすみ」
また明日があればいいな。明日も生きたい。それができないと判ってても、僕はそう願いながら眠りにつく。
「……これ以上関わると俺も苦しいんだ」
寝顔を見つめる死神。きっとその時見ている僕の寝顔は、気持ちよさそうなものだったに違いない。
時計の針が静かに0時を過ぎていく。
死神は既に、この部屋から姿を消していた。
思いついたかのように書いた一作。
この青年の没落する経緯なども詳細に書きたかったが、蛇足感が否めなかったのでばっさりカット。
あくまで青年と死神のまったりとした時間を書いてみました。
ちなみに青年が死んだかどうかは濁しています。
バッドエンドで終わらせようと考えるうちに揺らいだのかもしれません。
あと時期が早すぎるだろうというのはもう、うん……我慢できなかったとしか。