第七話
雷樹の周りで何かが起こるとき
その時間は、決まって朝だ。
教室の前に、また人だかりができていた。
今朝の舞台は、お隣の1―4。
カバンは机に放り投げ、野次馬根性をむき出しにして、雷樹も人だかりに加わった。
人と人の隙間から何とか見えたのは、泉水と黒田がにらみ合っているという光景。
正確には、泉水が一方的に黒田をにらみ、それを黒田が軽く流している、という光景だ。
今回は沈黙がない。
二人の言い争う声が続いていたからだ。
「だっかっらー、なんでお前に人の生き方つべこべ言われなきゃなんないのか聞いてんだけど?」
そう言う黒田の言葉には、だるさと、軽い棘が含まれていた。
大体の状況を察することは容易だった。
いつの間にか隣にいた、桜満の説明する声が重なってくる。
どうやら、泉水は黒田に『坂本と別れるように』迫っているらしい。
泉水は、本気で坂本を手に入れようとしている。
未だに話しかけることすらできない雷樹には、絶対にできない話だ。
「黒田君が今のままじゃ、ふーりんが悲しむだけだ。
そんなことさせるくらいなら、別れてほしい。そう言ってるんだ」
泉水は冷静に、冷たく言った。
「あのなぁ」
黒田が怒りを露わにした。
「お前に俺と風梨の何がわかるんだ?
何も知らないくせに、知ったかぶって偉そうな口叩いてんじゃねえよ」
「でもふーりんが悲しんでるのは事実――」
「俺は、ちゃんと風梨に言ってるよ。
別れたいなら別れていい、俺は引き止めない、ってな。
風梨はよく別れ話持ち出すし、その度に俺も別れるかって言ってるけど、結局はそのまま。今の状態が続くだけ。
これで風梨が悲しんでるとでも?」
泉水の表情が、僅かに固くなる。
「でも黒田君はふーりんのこと--」
「好きだよ」
「じゃあなんで」
「逆に聞くぞ。
お前は風梨を幸せにできるのか?」
「え――――」
黒田の声に、真剣さが混じる。
黒田と風梨がどういう関係なのか雷樹は知らないが、ただ黒田が風梨を好きなことを、雷樹はしっかりと感じていた。
「お前が風梨と付き合ったところで、風梨は今より幸せになるか?」
「……なるよ。だから言ってるんだ」
「俺にはそうは思えないな」
なんだこれ。何時のドラマだよ。お前ら坂本と結婚するつもりなのか?
つっこみを入れつつ、それでも話だけは聞き逃すまいと、雷樹も真剣になる。
「俺の見たところ、お前は諸伏にも、一ノ瀬にも、侑希にも、そのほかの女子にも風梨と同じ扱いしているように見える。下の名前であだ名、またはちゃん付け。
それを見て、風梨は幸せになるか?」
「少なくとも、黒田君がほかの女と遊び歩いているのを見ているよりは、幸せになる」
「そうとは思えない」
どっちもどっちではないのか。なんだこの『言葉だけそれっぽいけど実は低レベルな争い』は。
そんな低レベルな争いに自分が参加しているなんてことは、今の雷樹にはわからない。
「大体な――」
黒田が何かを言いかけた時、チャイムが鳴った。
同時に、1―4の担任もやってきた。
昼ドラと月9を掛け合わせたような楽しい時間は、ここで終わりのようだ。
わらわらと散っていく同級生の流れに合わせ、雷樹も自分の教室に戻った。
あの後、1―4の担任は野次馬を必死で追い返し、黒田と泉水を指導室に引っ張っていったそうだ。
黒田と泉水が睨み合っていて、周りのイスと机の配置がおかしかったので、すわ喧嘩発生かと勘違いしたらしい(ある意味あってる)。
ただ、内容がないようなので流石に二人とも本当のことは言えず(当たり前だ)、めちゃめちゃ苦しい言い訳をしてその場を逃れたそうだ。
おかげで1―4は1時間目がチャラになり(担任が担当する数学が1時間目だった)、とても相手にできないくらいはっちゃけていた。
雷樹は、二人が羨ましかった。
好きな女の子のためにあそこまでできる性格が、彼にも欲しかった。
彼にはそんなことできない。誰も気づかないような、些細なことしかできない。
それがひたすらに、自分たちの数学が潰れなかったことより、泉水が風梨をあだ名で呼んでいることよりも、悲しかった。