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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

元祖天才馬鹿ホント ―暴走王女アナのドタバタ☆珍道中― -世直しは食欲から始まる-

作者: 花京
掲載日:2026/05/27

「最近、お菓子が美味しくないの」


 ヴェルセリア王国の王城庭園。

 色とりどりの花に囲まれたテラス席で、

 アナスタシア・ディ・ヴェルセリア王女殿下が、

 紅茶を啜りながら、そんな爆弾を落とした。


(……また始まった。俺の胃が痛くなるやつだ)


「カーク、スケイル。あなたたちもそう思わない?」


「御意!」


(お前は絶対そう言うよな、カーク……)


 隣で胸を張るのは、

 王女LOVE勢筆頭のカーク・アームストロング。

 王女の言葉は天の声、という顔をしている。


 一方、スケイル・マルタセルタはというと、

――常識人代表として、せめて確認くらいはしたい。


「お菓子、ですか。どのように美味しくないと?」


「ほら、食べてごらんなさい」


 王女が皿を差し出す。

 カークは恭しく受け取り、俺も一枚つまんで齧る。


(……うん、パサパサだ。これは確かに問題かもしれない)


 カークも同じ感想らしく、微妙な顔をしている。

 それを見た王女は、なぜか誇らしげに胸を張った。


「やっぱり。これは国家の一大事よ」


「お菓子が美味しくない国に、幸せな民なんているはずがないわ」


(言ってることは……妙に説得力があるのが困る)


「行くわよ!」


「御意!」


「行くって、どこへですか殿下」


 俺の問いには答えず、

 王女はすっと立ち上がり、

 俺とカークの間を抜けていく。


「現場よ」


 その一言で、俺の胃がキリキリと悲鳴を上げた。


 こうして始まる――

「アナスタシア王女の世直し旅」。

 今日もまた、振り回される未来が見えて、俺は頭を抱えた。



「現場よ」


 そう言って立ち上がったアナ王女が、

 一歩踏み出した、その瞬間だった。


――すっ。


 気づけば、王女のすぐ隣に“影”が立っていた。


(出たよ……こいつが……)


 気配がない。

 気づいた時には、もうそこにいる。

 それがナナロだ。


「アナ王女、こちらが菓子工房です」


 恭しく頭を下げながら、

 いつの間に用意したのか地図を差し出す。

 王女は当然のように受け取り、頷いた。


「ありがとう、ナナロ。仕事が早いわね」


「王女のためなら、風よりも速く」


(いや、風どころか瞬間移動だろ……)


 カークは「さすがナナロ殿!」と感動しているが、

 俺はもう慣れた。慣れたけど、胃には悪い。


「では、参りましょう。簡易ですが、当たりはついています」


「え、当たり?……」


 思わず口に出た俺の疑問に、ナナロは淡々と答える。


「殿下が“お菓子が美味しくない”と仰った瞬間、現場へ向かいましたので」


(いや、あれ言ったの三分前だよな……?)


 王女は満足げに微笑む。


「さすがね、ナナロ。では案内してちょうだい」


「御意」


 こうして俺たちは、

 アナ王女の“お菓子問題”を解決するため、

 菓子工房へ向かうことになった。


(……今日も胃薬が手放せない一日になりそうだ)



 城門を抜け、アナ王女を先頭にカーク、俺、ナナロの順に大通りを歩く。


「アナ王女!」「今日はどちらへお出かけ?」街の人々が気軽に声をかけ、王女は手を振り、笑顔を振りまく。


(人気は高いんだよなぁ。

 王女が気軽に出歩かないで欲しいもんだが……)


しかし――

 輝くようなブロンドに整った顔立ち。

 明るい笑顔は人気のあるのは分かる。

 そんな俺の背筋に冷たいものが走る。


「どうした?」


 俺が振り返ると、ゼロ距離でナナロの厳しい視線。


「何か邪なものを感じます」


(何それ?怖い……)


ナナロ。女だてらに諜報部のエース。しかしこいつの部屋には「アナ王女の肖像画」など王女の応援グッズが山のように積まれているという。


「王女の護衛用資料です」


(嘘でしょ、読心術?ほんと怖い……)


「顔に出ています」


 俺がナナロに恐怖している中、アナ王女が指を差す。


「あれは?」


 見ると、荷馬車が脱輪したのか動けない様子。


「御意」


 そう言い残し、カークが荷馬車へと走り出す。


「俺も行く、ナナロ…」

「アナ王女はお任せを」


(そうだね。そうだよね)


 俺はアナ王女の傍に笑顔で立つナナロに頷き、カークの後を追う。

 積み荷は分からないが、荷馬車に満載。相当重そうだ。


「すみません。脱輪してしまいまして…」


 荷主が困り顔で、カークに話している。

 俺は脱輪した車輪を手に取り、駆け寄った。


「一度、荷を下ろして修理を……」


 俺のセリフを遮り、カークが言った。


「ほら、今だ」


ガバ!


 荷馬車が態勢を立て直す。

 カークが荷物満載の荷車を持ち上げたのだ。


(こいつも、こうだった……)


「ありがとうございます!」


 荷主が笑顔で俺から車輪を奪い取り、荷車に付け直す。あくせく動く間、荷車はびくとも動かない。ようやく修理が済んだらしく、


「助かりました」


 頭を下げる荷主にアナ王女が声をかけた。


「その荷、小麦ね?」


 満載の荷から、確かに小麦の粉が零れている。


「ええ、質は悪いんですが、これでもかき集めた方で……

 最近はどこもこんなもんですよ。まともな小麦は高くて」


 そう言い残し、荷主が荷馬車へと乗り込み走り出す。


(小麦、か……)


 何か今回の件への関りを感じたが、

 アナ王女は特段、それ以上は言わなかった。


「フフ、さすがカークは力持ちね」


(力持ちってレベルじゃないですよ…)


 アナ王女に褒められ、「御意」と笑顔のカーク。

 それを悔しそうに眺めるナナロ。


(いや、そこで張り合わなくていいから…)


「やはり人助けは気持ちがいいわね。

 “お菓子事件”もさくっと解決させましょう!」


「「御意!」」カークとナナロの声が響く。


(いつから“事件”に決まったの?)


俺は三人の後ろを歩きながら呟く。

そして見えてきた。

ナナロの地図に描かれた“菓子工房”――“問題の現場”が。



王国一との呼び声も高い“菓子工房”《ラ・クール・シュクレ》の店内へと足を踏み入れる俺たち。入口付近は販売所となっており、清潔な空間にショーケースが配置されている。中には色とりどりの菓子類が並び、その向こうから笑顔の店員たちが声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、アナ王女。本日はどのようなものを……」


「工房を見せてもらうわ」


 店員たちの言葉を遮り、アナ王女が奥へと歩いていく。


「え?ちょっと」店員たちが戸惑う中、


 さも当然のようにアナ王女、カーク、ナナロが続く。


(来たよ、胃痛が……薬、持ってたかな……)


 俺はひたすら頭を下げながら、アナ王女たちに続く。


 焼き菓子の甘い匂いが漂う工房内。

 何人もの職人たちが慌ただしく働くその前に、

 責任者らしい男が腕を組み、待ち構えていた。


「アナ王女、どういったご用件で」

 責任者はすでに笑顔を消していた。


(そりゃそうだ。営業妨害だよ、これ)


「最近、お菓子の質が落ちているわね。何が原因?」

 アナ王女のド直球の問いに、責任者の顔が引きつる。


(妨害、どころか破壊しに来てるよぅ……)


 俺の胃はキリキリ痛み、冷や汗が流れる。

 しかし責任者の顔にも何やら困惑が……、


「さすがは、アナ王女。見抜かれましたか」


(あれ?)


「最近、上質な小麦が入らなくなりましてね」

 困惑というより、泣き笑いの様な表情に。


「聞けば、組合の連中、妙に強気で……」


(何だか、すらすら自分から話し出したよ?この人)


「値段は上がるわ、量も減るしで、ホント参りますよ、ハハ」


(笑い出しちゃった……)


「なるほどね」


(何が?)アナ王女が何事か分かったという風に息をつく。


「あなたも誰かに事情を吐き出したかったのね、分かるわ、その気持ち」


「アナ王女……」責任者の目には光るものが……


(え、そういう流れだったの?)


 涙をこらえる責任者の肩を叩くアナ王女。

 そのすぐ後ろに、ナナロが出現した。


「そういう事でしたら……」


 ナナロが二枚の紙をアナ王女に差し出す。

 王女の手に触れないような絶妙な距離。

 その距離をじっと注視するナナロ。


(怖い……)


 身震いを一つ入れた俺だったが、


「ふむふむ」考え込むアナ王女の後ろからその紙を盗み見る。


(一枚は“組合長”の名前、もう一枚は……!)


「グランヴェルド・バルディア公、ね」

 アナ王女の呟きに、俺の鼓動が早鐘を撃つ。


――グランヴェルド・バルディア公。最近代替わりした上流貴族。社交界でも名を上げ始めたと噂をよく聞くようになった御方だ。確かに領地は小麦の一大産地。関係は有りそうだが……


「何やら良くない噂も……」


(ナナロ、この馬鹿!余計なことを……)


 そうなのだ。グランヴェルド公、最近“自己鍛錬の為”などと嘯き、傭兵を囲い、夜な夜な公邸でどんちゃん騒ぎをしているというのだ。


「決めたわ!」アナ王女が一枚の紙を掲げた。


(あ、嫌な予感しかしない)


 万が一の心変わりを期待しつつ、俺は尋ねた。


「何を、……でしょう」


「グランヴェルド公に会いに行くわ!」


「「御意!」」


 カークとナナロの声を聞きながら、俺も渋々呟く。


「御意」


 そろそろ日も落ちようかという夕刻。

 アナ王女はまだまだ溌溂とした歩き方で先頭を行く。


 そうして見えてきた、領地持ち貴族の王国内の出張所、“公邸街”。


 領地に本邸を持つ貴族たちは、王都での政務や社交のために別邸を構える。この“公邸街”は、そうした別邸が立ち並ぶ区域だ。


 そんな“公邸街”にドンと構える“バルディア家別邸”。

 夕闇の落ち始めた一角で、煌々とした明りに照らし出されているのだった。



(王都の別邸は“顔”だからな……見栄の張り合いみたいなもんだ)


“バルディア家別邸”を見上げる俺を置いて、

 アナ王女一行がノシノシ歩いて入って行く。


(不用心だな……門も開けっぱなしだ)


 俺の要らぬ心配は本当に要らなかった。


「ギャハハ!」

「飲め飲め!」


 別邸に入るとすぐの庭園。そこで大勢の傭兵たちが酒を酌み交わし、下卑た笑い声を上げている。


 正面に屋敷、左手に大きな蔵が見える。


 あちこちに見張りの様に傭兵たちが立ち、そこでも酒が振舞われている様だ。


 メイドらしい女性たちが恐る恐るの態で酒を注いで回る。そんなメイドたちを傭兵たちが指差し笑う。まるで乱痴気騒ぎの状況。


(やばいな……)


 俺の胃がまた痛み出す。


「バカ騒ぎはやめなさい!」


 アナ王女の澄んだよく通る声。あれほどの騒ぎを一瞬で治める“圧”があった。


 そうしてアナ王女が沈黙の中を歩き出す。


(始まったか……)


 王女の怒りは我が怒り。

 カークやナナロも肩を怒らせ後を続く。


(あれがグランヴェルド公、か)


 王女の視線の先、でっぷりと張り出した腹をさらした男。

 庭に設えた特別席でふんぞり返っている。


 しかし、アナ王女が立ち止まるのを見て、

 たるんだ頬を揺らし、アナ王女へと声を上げた。


「これはこれは、アナ王女殿下。

 このような所へ、どういった御用件でしょう?」


 さすがは領地持ち。余裕のある態度は崩さない。

 黙っていた傭兵たちも武器を手に何やら身構える。


「小麦の流通不足。それに伴う価格高騰。

 あなたも聞き及んでいるわよね」


「ええ、ええ。小麦は我が領地の重要作物。由々しき事態ですな」


 眉を顰めるグランヴェルド公。俺でも分かる胡散臭い顔だ。


(何か知ってるな……)


「この件、看過できません」


「ほう、それで?」


「小麦の流通、私の管轄下に置きます。

 このアナスタシア・ディ・ヴェルセリアの名の下に!」


「はあぁ?」


(出ちゃったよ……)


 椅子からずり落ちそうになりながら、グランヴェルド公が叫ぶ。


「横暴な!それにそんな資金、どこから!」


 ぴくり、アナ王女の眉が跳ねる。

 しかしその耳元でナナロが囁く。


(ナナロの奴、嬉しそうな顔してまぁ……)


 ナナロの助言に、アナ王女が視線を移した。

 その視線を追ったグランヴェルド公の顔色が変わる。


 慌てて立ち上がるグランヴェルド公。


「な、何のつもりだ!」


 俺もアナ王女の視線の先を捉えた。

 そこは敷地内の大きな蔵。


(あの中に何が……)


「資金、の心配をしてくれたわね。だけど……」


 アナ王女が話始めた途端、グランヴェルド公がキレた。


「アナ王女乱心!者ども、出会え!出会え!」


 わらわらと傭兵共が集まりだし、グランヴェルド公の前に立つ。

 そして各所の見張り役が弓に矢を番える。


(おいおい、本気か……こっちは王族)


 正面に傭兵の集団、ひのふの、15人程。見張り役も5人はいるな。


 俺の胃は限界を越え、もう吐きそう。


「王女殿下は乱心された!者どもかかれぇ!」


(乱心は、お前だよ……)


 俺の心の忠告も奴には届かず、傭兵たちが動き出す。盾を構え、剣を構えながらその目には殺意が籠っていく。


 じりじりと距離を詰める傭兵たち。

 しかし、アナ王女が一歩前に出る。


(ちょ、ちょっと……)


「カーク、スケイル!懲らしめてやりなさい!」


「御意ぃ!」


 カークが意気揚々と集団へ飛び出していく。


 ナナロは名を呼ばれなかったことが残念だったのか、

 しょんぼりした顔で、アナ王女の後方を守る。


(ナナロ、その顔止めろ。戦闘中……)


「オラオラ行くぞぉ!」

 カークが盾を持った傭兵を盾ごと殴り飛ばす。


「何だこいつ!?ヤバいぞ」

 カークの怒涛の勢いに、歴戦の傭兵たちが逃げ惑う。


 そんな乱戦の最中、視界の端で光が走った。


「!?」


 それは見張り役の番えた矢の光。

 一直線に、アナ王女の眉間へと続いている。


 空気を裂く音すら消え、

 俺の胸がひゅっと縮む。


(確実に当たる――!)


 世界がひどくゆっくりと流れた。


 次の瞬間。


シュパン!


 矢が真一文字に裂け、

 二つの破片が地面で跳ねた。


チンッ


 金属の澄んだ音。

 俺は“刀”を納刀していた。


「お見事」


 背後からはナナロの声。

 いつの間にか、俺と王女の間には、

 ナナロとカークが立ち塞がっている。


(いや、俺はただ斬っただけだ……

 本当に怖いのは、お前らだよ……)


 傭兵たちは全員地面に転がり、

 見張り役もナナロの部下が拘束済みだ。


「さて」アナ王女が蔵の前へと歩き出す。


 グランヴェルド公は口をあんぐり開いたまま座っている。


「こちら、違法に買い占めた小麦です」


 アナ王女の隣でナナロが声を上げる。


「流通を止め、価格を吊り上げていました」


(なるほど。組合長を傭兵たちで脅してたってとこか)


 ナナロの声にアナ王女が一つ頷く。


「つまり民の食卓を人質にしていたのね?」


 そして、アナ王女が蔵の扉を開く。


「なら、これは没収ね」


「ま、待て!それは……!」


ザバァァーーー


 グランヴェルド公の声を無視して、

 蔵の中からは大量の小麦。

 各所からの光に照らされ、黄金の光を放つ。


「これを流せばお菓子も美味しくなるわね」


(フフ、アナ王女らしい締め方だな……)


「ついでに儲かるし!」


(結局そこかよ!)

 俺の胃薬消費量も、爆上がりすることになりそうだ。


 きらきら光る小麦の中で、

 アナ王女が腰に手をやり声を上げる。


「これでいいのよ!」


(賛成の反対!)


 俺の心の叫びが轟き、

「お菓子が美味しくないの」から始まった一連の事件は幕を閉じた。

 しかし、小麦流通の後始末は実際これからだ。


 俺がこの先の雑務を思い、胃を痛くしていると、

 珍しくナナロが俺に囁いてきた。


「差し押さえ、その他の処理は手配済みです」


「はぁ?そんな許可、誰が出した?」


「第一王子殿下です」


「王子がいればこの国は安泰」国の内外から聞こえる声だ。

 俺は王子と王女の顔を思い浮かべ心に強く思うのだった。


(王族、こえぇ)


元祖天才馬鹿ホント

―暴走王女アナのドタバタ☆珍道中―


-世直しは食欲から始まる-完-

ここまでお読みいただきありがとうございました!


もし気に入っていただけたら、現在連載中の

「異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~」も読んでいただけると嬉しいです。


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