騎士娘と年寄りシスター
街外れの小高い丘には、古い小さな教会がある。あまり人が近づかない、私の一押しお昼寝スポットである。夕暮れ時には、唯一この教会への出入りを許可した人間が居るはずである。にゃおんと一鳴きすれば、そらドアが開くぞ。
「あら、馴染みの声が聞こえたと思ったら」
「こ、こんばんは」
「はい、こんばんは。あなたの方から声をかけてくるだけでも珍しいのに、お客様だなんてもっと珍しい」
やかましいぞ年寄りめ。さっさと中に入れるがよい。この季節、日が落ちてきたら風が身にしみるのだ。
「なんだか失礼なことを言われてる気がするけれど、まあいいわ。さっ、あなたもどうぞお入りなさい」
「はい……お邪魔します」
うむ、やはり風がないだけで随分マシだ。今日は一日歩き回っていたから疲れたぞ。ちょうど西日が心地よい。ここらで一休みするのも悪くない。
「自分が連れて来たお客様をほっぽり出して優雅に日向ぼっこだなんて」
「ここの子なんですか?」
「うーん、そうだとも言えるし、そうでないとも言えるわね」
「はぁ……」
「昔から、あっちにふらふらこっちにふらふら、気の向くままに歩き回っててね。何ヶ月も見かけない、なんてこともあったくらい。どこにいると言うか、どこもかしこも自分の場所だと思ってるでしょうね」
「あー、なんか確かにふてぶてしいというか、自分が世界の中心だーみたいな感じはしますね」
「あははは、そうだねぇ。ああ、立ちっぱなしな疲れるでしょう?どうぞおかけになって」
「ありがとうございます。えっと、シスターさんですか?」
「ええそうよ、しがないシスター。あなたは、格好から察するに、騎士なのかしら」
「はい、街の騎士団に所属しております」
「まあ、いつも街を守ってくれて、ありがとうございます」
「いえ、私なんて全然、ほんと役立たずのお荷物で」
「あら、そんなに卑下することはないわ。それは自分で自分を傷つける行為よ。誰が何を言おうとも、貴方だけは、貴方自身を傷つけちゃいけない」
「でも……」
「騎士団、辛いのね」
「っ!?」
「着いていけなくて、必死に努力して、それでも報われない。それが、辛い?」
「……はい、そうです。だからもう、辞めようかなって」
「そう……」
「アタシ向いてなかったんですよ。チビで、非力で、魔法もそんなに上手くなくて、取り柄なんて一つもなくて、だから」
「迷った時は、自分の原点を思い出す」
「えっ」
「今の自分を信じられなくても、あの日の自分の思いは本物だから。それを見つめて、問いかける。本当はどうしたい?どうなりたい?どうありたい?あなたは、どうして騎士を志したの?答えはきっとその先にあるわ」
「私は、どうして……」
「ゆっくりでいいわ。少しずつ、心を整理するの」
「……助け、られたんです。小さい頃、あっいえ、今も背はそんなにおっきくないんですけどね?でも今よりもうんと小さくて、幼かった頃。子ども達でこっそり街の外に出かけようって。街の外には私達が知らない、すごい世界が広がってて、そこでキラキラしたものを見つけるんだって。根拠もない馬鹿げた妄想だったんですけど、みんなそれを信じてた」
「そうね、私も幼い頃はそうだったわ。どこか自分の知らない場所に、キラキラした世界があって、いつか私はそこに行くんだって」
「シスターでもそうなんですね」
「もちろん、というかむしろ、私は夢見がちだったかもしれないわね。みんなが現実を知ってそれぞれの場所で努力を始めてからも、私だけは自分の夢をずーっと捨てずにいたんだから」
「全然想像できないです。シスター、すごく穏やかですから」
「こんなのただ歳を重ねただけよ。いずれ皆がたどる道。私のことより、貴方の話よ。さあ続けて」
「はい。えっと、それで街の外に出かけたんですけど、最初は良かったんです。見る物全てが新鮮で、皆楽しんでて。だけど調子に乗って街から離れすぎたんです。歩き疲れて、口数が少なくなって、歩みも遅くなって、気の弱い子が泣き出して、そこからはもう滅茶苦茶。釣られて泣き出す子もいて、私は泣くもんかって食いしばったけど、そんなのただの強がりでしかなかった。日は落ちていって、そう、ちょうど今みたいな夕暮れ。いつの間にか街道から外れた場所を歩いてた私達は絶好の獲物だったんでしょうね。魔物がいつの間にか、私達を取り囲んでました。怖くて、震えるしかできなかった。もうダメだって、皆ここで死んじゃうんだって思った時、風が吹いたんです。力強くて、温かい風。あっという間に魔物は倒されて、皆一言も喋れなくて。そしたら、バシーンって、思いっきり、思いっきりですよ!?頭を叩かれて、バカっ!て叱られて、無事で良かったって抱きしめられて。もう大泣きでしたよ。ごめんなさいって叫びながら、助かったんだって安心して、伝わってくる優しさがあったかくって。その人、女性だったんです。女性の、騎士様。街の騎士団の人じゃなくて、名前も知らないんですけどね。ありがとうって伝えて、笑って撫でてくれる顔がキラキラしてて。ああ、私が探してたキラキラしたものってこれだったんだって思ったんです。そしたら、いつの間にかこうして騎士団に入ってました」
「そう。じゃあ、今の貴方はなりたかった騎士になれてるかしら。キラキラした自分になれてる?」
「全然です。むしろ落ち込んでばっかりで、まだまだだなって」
「そうよ、あなたはまだまだ、まだ先があるの。二十にもなってない小娘が、諦めるにはまだ早いと思わない?」
「そうなんでしょうか」
「そうね……きっと、貴方を助けてくれた騎士だって悩んでたはずよ?」
「えっ?」
「だってそうでしょう?貴方は女性の騎士として今こうして悩んでる。なら、その人もきっと同じような悩みを抱えてたんじゃないかしら」
「あっ、そっか、そうですよね。私そんなの、考えたこともなかった」
「だからね、その騎士が乗り越えらたことなんだから、きっとあなたも出来るわ」
「本当に、私に出来るんでしょうか。あの人みたいに……」
「きっとできるわ。私が保証する」
「不思議ですね、シスターが言うと、本当のことみたいに感じます」
「ふふっ、それなら、歳を重ねた甲斐があったというものよ」
「そんな、シスターそんなにおばあちゃんじゃないですか。私のおばあちゃんより若いですよ」
「あら、お世辞でも嬉しいわ。これでも六十はとっくに過ぎてるんだけどもね」
「嘘っ!全然見えないですよ!」
むむっ、きゃいのきゃいのと喧しい。折角気持ちよく寝ておったのに目が覚めてしまったではないか。
「あ、猫ちゃんお目覚めかな」
「貴方は本当に昔っから自由ね」
何を言うか。お前こそ幾つになってもやかましいことこの上ない。そろそろもっと落ち着きを身に付けたらどうだ跳ねっ返り娘め。
大体昔っからお前はそうだ。街を抜け出しては騒ぎになり、嫁になどいかなどと街中巻き込んだ闘争劇を繰り広げ、あげく騎士になるなどとぬかして両親と喧嘩してはこの教会に逃げ込み、まったくお前のせいでおちおち眠ることも出来なかった私の苦労を少しは顧みてはどうかね。
「まったく、貴方はいつまで経っても、そうやって私を叱ってくるのね」
「あの、猫ちゃんの言ってることが分かるんですか?」
「そうねぇ、はっきり何を言ってるか分かるわけじゃないのよ?ただ、長いこと付き合いがあるとね、なんとなく分かってくるのよ。励ましてくれたり、叱ってくれたり、文句を言ってたり。そういうね、優しい猫なのよ」
「えぇ、猫ですよね。そんな、人の言うことが分かってたりするようなことがあるんですか?」
貴様、やはり失礼な小娘め!猫を侮るか!許せぬ、許せぬぞ!我が爪の錆にしてくれようか!
「はいはい落ち着いて、爪をしまって。普通なら貴方の言う通りなのかもしれないけどね。でも別に不思議なことじゃないわ。だってこうして、貴方もここに連れられて来たじゃない」
「あっ……」
「それだけで、十分じゃない?」
「そう、ですね、はい」
ふん!ここは昔馴染みの年寄りに免じて爪を引いてやるが、次はないと心しておけ!
「さっ、悩みが解決したならお帰りなさい。もう日が落ちてしまったわ」
「はいシスター、ありがとうございました」
「頑張りなさい。そうだ、貴方まだ夢を見るつもりなら、明日街の聖猫教会を訪ねなさい」
「聖猫協会ですか?あっ、シスターは愛猫教会の方だったんですね。分かりました、またお会いできるなら嬉しいです。それでは、お休みなさい。猫ちゃんもまたね、ありがとう」
おんおん、私の偉大さにひれ伏し崇め奉るならばまた面倒を見てやっても構わんぞ。
「良い子ね、あの子。貴方が連れてくるだけのことはあるわ。直向きで、健気で、だからこそ折れやすくて、昔を思い出してしまうわ」
であるならば貴様が導いてやれ。後身の育成もまた、先達の務めなればな。励めむがよいぞ、人間。




