05:境遇
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
リビングでどうしたらいいのか分からず立っていたエイルさんは紅茶を置いたテーブルの前にある椅子に座る。
そして俺はその正面に自身の紅茶を置いて椅子に座る。
「……いいにおいですね」
「今俺が一番お気に入りの紅茶です」
一口飲んでいつも通りの味だと思った。
俺が飲んでいるところを見て恐る恐る紅茶を口にするエイルさん。
「……おいしい」
「それは良かったです」
もしかしたらこっちの人の舌には合わないかもしれないと思ったが杞憂だった。
異世界ものの作品だと日本料理とか地球の調味料とか作って美味しいとか言わせてるけど俺は文明が違って進化体系も違うのにそんなことあり得るのかと思っていた。
ただ今回は異世界ものの作品と同じようになったらしい。
少しの間だけ紅茶を味わう時間があり、俺は口を開いた。
「どういう理由で追われていたとか、そうしてここに来れたのかとか、そういうのは聞きません。エイルさんの気が済むまでここにいて大丈夫です」
下心がないわけではない。というかこんな日本では見れないような美人が目の前にいるだけで嬉しいものだ。
ただ傷心中の女性を放置できるほど俺は冷たい人間ではない。それに俺はスローライフ中だから気にならない。
「その……ありがとうございます。でも、お話しします。どうして私が追われていたか」
「明日でもいいんですよ? 今は体も心もしんどいでしょうから。よく食べてよく寝て、健康な精神で話した方が落ち着けると思います」
前の世界で落ち込んだ時とか何もかも怠くなった時はめっちゃ食べてめっちゃ寝ていた。
意外とそれで精神は落ち着くものだ。しかもそういうのがどうでもよくなる。
地球に隕石が落ちてきたらどうしようとかそういうのを考えている人たちにも言いたい。そんなこと考えてもどうしようもないんだからおいしいものを食べて寝ろと。
「いいえ、私は今話したいんです。今、優斗様に聞いてもらいたいです」
ただエイルさんがこういうのなら止めはしないし確固たる意思だ。
「分かりました。それなら聞きます」
「ありがとうございます」
エイルさんは一口紅茶を飲んでから話し始めた。
「私はアイテル聖王国の聖女でした」
ふむ? アイテル聖王国……? あぁ、パズルゲームじゃなくて異世界のことを勉強しておくべきだったな。
今は話の腰を折らないために神妙な面持ちでうなずいておく。
「アイテル聖王国での聖女の役割はご存知ですか?」
「いや……すみません」
「ふふっ、謝らなくてもいいですよ。説明します」
すぐにバレてしまった。恥ずかしいです。
「アイテル聖王国はアイテル様のご加護の元、国が成り立っています。加護を与えられた人は特別な人としてアイテル聖王国で権力を持ちます」
「それだけ加護持ちは特別なんですね」
「はい」
神という存在は知っているが加護というのは分からないな。
このチートな箱庭が加護に分類されるのかは分からないけど。よく考えたらその人たちの才能を変化させたものなんじゃないかと思っている。
ま、今となっては分からないけど。
「そしてご加護を与えられた人たちの中で、聖女はより特別な存在になっています」
「特別?」
まあどの作品でも特別な存在になっている。
でも魔王討伐の作品とかって勇者と聖女がセットみたいに感じるけど聖女を連れ出すってかなりのリスクがあると思っている。今はどうでもいい話だけど。
「はい。聖女は魔族や魔物を退ける力を持っています。その力でアイテル聖王国を守護しています」
「そんな重要な役割を持っているのに追われたんですか?」
「……はい」
何か事件があったのだろうな。
「……アイテル聖王国に本物だと主張する聖女が現れたのです」
「聖女は二人出るものなんですか?」
「いいえ、聖女は必ず一人です。もう一人いる場合は必ずどちらかは偽物ということになります」
「今まで聖女として活動していたんですよね?」
「はい。この身に聖女の加護を受けた幼少の頃よりアイテル聖王国を守護しておりました」
それなのに偽物として扱われたのか。ぽっと出のやつに。
「どういう手口でやられたんですか?」
「……近頃、アイテル聖王国で不審な事件が起きていました。国内で闇を纏った魔物が出現するという事件が頻発していました」
「ん? 守護していたんですよね?」
「はい。聖女の加護はアイテル聖王国を結界で守っています。ですから中で何かされれば対処できません」
「あー、そういう感じですか」
俺の能力とは違う感じだな。俺は中を支配しているが聖女の加護は外からの攻撃を防いでいるのか。
「そんな混乱の最中、別の聖女が現れてこう宣言したのです。『そこにいる聖女は偽物の聖女としてみんなをだましている。今この国で事件が起きているのは国を陥れようとしている魔神の加護を持つ魔女のせいだ』と」
「そんなバカなことを言っていたんですか」
「……当初は相手にされていませんでした。ですが聖女が力を使ったと言っている時から魔物の出現はなくなりました」
「えっ、そいつが犯人じゃないですか?」
普通にそいつがマッチポンプをしているように聞こえるんだが。えっ、これってアニメ脳なのか?
「……本当のところは分かりません。それで、私は聖女の名を騙った魔女として追われることになりました」
え、えー……そいつら全員バカだろ……。
この空間にいれば分かるがエイルさんは確実に聖女だ。加護があるとハッキリと分かる。
「投獄されそうになった時、聖女の加護を授けてくださったパナケア様がお手伝いしてくれました。しかしパナケア様のお力では遠くに逃げることは困難でした」
「へー、加護以外は無関心かと思いました」
それなら他の加護持ちをどうにかするとかなかったのか?
「はい。私も初めてのことで驚きました。そしてもう少しで追いつかれそうになったところ――」
「ここにたどり着いたと」
「はい」
話し終えたエイルさんはその時のことを思い出したのか少し手が震えて顔色がよくなかった。
まあたぶん今まで守っていた国に魔女扱いされたのはキツイと思うし追われることもかなり精神的にショックだったろう。
俺がこの話を聞いて思ったこと。
「どうしてエイルさんのことを信じてあげなかったんですかね、周りの人は」
「……仕方がないことです。私の力が及ばないのがいけないのです」
「エイルさんはちゃんとやっていたと思いますよ。だから加護を受けたのではありませんか?」
「……そう、でしょうか」
「少なくとも逃亡に手を貸したなら加護を与えた神はエイルさんのことは評価していたと思いますよ」
あっ、そうか。そういうことか。
「たぶんですけど、この場所に導いたのもその神様のおかげですよ」
「……えっ」
「この場所は誰も到達できない箱庭。ですけど神様ならこの場所を発見できるのかもしれません。それで安全なここにエイルさんを導いたのだと思います」
単なる憶測だがここの性質上それなら納得してしまう。
ただなんの断りもなく入れたのだから少しだけキレてはいるがエイルさんを救えたのなら許せてはしまう。
「パナケア様が……」
「神はちゃんと善い行いを見ていたってことですね」
励ますようにそう言えばエイルさんの目から涙があふれていた。
「……私がダメだと思っていました……でも、よかった……」
聖女という役割に人生を捧げていたんだから自分がダメだと思っても仕方がないことだ。
でも周りがクソな場合もあることを知っておくべきだな。
こういう真面目な人なら無理だとは思うけど。
それにしてもアイテル聖王国は大丈夫なのだろうか? 聖女の加護がない状態だろ。それなのにその国って無事なのか?
いやまあ新しい聖女(仮)が上手くやるのなら問題はないのだろうが……異世界ものなら終わっているな。
ざまぁが始まるぞ。少し気になるなぁ。どうにかしてテレビで国の中継をできないのかと考えてしまう。
まあエイルさんがいるからエイルさんの前ではしないけど。
「エイルさん、ここに好きにいてもらって構いません」
「ほ、本当にいいのでしょうか……?」
神様がここに導いたということでエイルさんから警戒心はなくなっている様子だが、それでも遠慮が来るのは真面目な証拠だな。
「大丈夫ですよ。元々この箱庭はまったりと過ごすために作った場所です。エイルさんが落ち着けるまでいてください」
スローライフのために作ったのは本当だが他の人が来ることはまじで想定していなかった。
だからこれからエイルさんが住みやすい場所を作る。
俺としてはここに長い時間いるからそういうスパイスもありだと思っているから全然苦にはならない。
エイルさんはここから出ていくだろうが、それでもその時間は楽しい時間になると思う。
そうだ、これからワクワクしてきたー! 異世界の人の意見も知りたいし!
「それなら……これからお願いします」
「はい、お願いします」
神様はこうなると分かっていたのか? ていうかもっと他にやることあっただろうに。働けよ。




