9 諦め
『疲れた』
単純にそう思った。
生まれてからずっと過ごしてきた常識を全て否定され、蔑まれ、心だけでなく体も随分と壊されてしまった。
両親は私がこんな目に遭っているなんて知っているのだろうか。知らないのだろう。彼らは昔の私と同じだから。
普段はいないものとして扱われ、都合のいい時に使われて、挙げ句の果てに何も残らなかった、だなんて。
考えたこともないのだろう。
もう、諦めることにも疲れてしまった。
「私は誇り高き大公家の人間だから」「もうすぐで卒業できるから」そうやって自分を騙し騙しやってきていたけれど、もう無理だ。
私にはもう、何もない。ならもう、死んでしまっても構わないのでは?
敬虔なクリスチャンだった以前の私からは想像のつかない考え方だった。
けれど、神を信じられるほど、死後の天国に想いを馳せられるほど、今の私の心に余裕があるものか!
だから、私はそばにあった鉛の銃弾を削るためのナイフで腹部を刺した。
痛くて、痛くて、でも少しずつ朦朧としていく意識に、静かな最期に安心したのに、「キャーーー!!」なんて無粋な音が私の邪魔をした。
死ねなかった。
悲鳴を上げたのは、洗濯物を回収しにきたランドリーメイドだった。
すぐに医務室に運ばれ、両親にも伝達が行き、国で1番の名医が私を生かした。
灰色がかった漆喰の天井が見えた時、瞬きをしたと自覚した時の私の絶望はあなたたちには一生理解できないだろう。
呼吸をためらい、目を開けることを拒み、痛み止めのモルヒネをもっと強くしてくれと叫んだ。
お祖母様のように死にたいのだと喚いて、腕に刺してある管をさらに深く刺した。
だから私には拘束具がつけられた。
両親は見舞いに来なかったが、代わりに乳母が来て、両親の手紙と新鮮な果物を置いて帰った。
校長が来て、今までのことを謝罪させて欲しいと言ってきた。
その全てを無視した。
私はただ、死にたいだけなのに。生の世界のことなど、どうでもいい。
ただ、あの暗い、冷たいあの淵にさらに深く飛び込みたいだけなのに。
拘束具が付けられていたから食事を拒めず、喋るなんてしたくなかったから勝手に私の意思を決められ、体は順調に治っていった。
私は絶望し切って、投げやりになっていた。
勝手に車椅子に移され、庭を散歩させられて。
私が自由にできるものなど、何もなかったのだ。
「死」さえも自由に選べないのなら、もう私には消去法で「生きる」という選択肢しかなかった。
完全に回復し退院した日。
私を治したという医者に、「貴族ならせめて民のために死んでくれ」と言われた。
なんなのだろう、お前は。
私に何を指図しているのだ。私の何を知っているのだ。
私の苦しみの一端さえも知らないくせに!
気づいたら、そう叫んでいた。
久しぶりに声を出したから、ほとんど空気になってしまっていたが。
それを聞いた医者が、「そう、その調子ですよ」なんてうそぶいた。
「あなたはなんでも抱え込みすぎです。そういう環境のせいでしょうが…ほら、すっきりしたでしょう?」
その時の医者の、憎たらしいほどの笑顔が私の灰色の記憶を上書きした。
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