4 人外への嫌悪感
「じゃあ、これで行こうか」
文字通り命を握り合う私達は、アリオンの言う通りに模擬訓練がてら動きを確認し、少なくとも足手纏いにはならないだろう、というマイロのお墨付きをもらった。
「ああ。それと、貴方の稼働についてだが」
そう話しかければ、僅かな笑みと同時に、マイロの顔にかかる影が濃くなった気がした。
「どうしたの?」
「…貴方が一度作戦に投入された時のマスターへの負担はどのくらいだ?貴方には以前のマスターで経験というものがあるだろう」
努めて冷静に、無感動に。
私の負担を確認するだけなのだから。
「そうだね。生気を奪う、という行為は人間に負担をかけるものみたいだね。あまり動けないと思うよ。特に俺は変換効率が悪いからね。」
C.H.Rと適合者のパスは何らかの魔法のような不可視のもので結ばれているのだが、あまりにもお互い遠く離れすぎると切れてしまうのだ。
だから、私だけ安全な前線基地にいる、ということは出来ない。
動けない、ということは大きすぎる的にしかならないということだ。
『それでも良いのではないか?死ぬことが私の目的なのだから。』
そう囁いてくる心を押し込める。
そもそも私が兵役に就いているのは、C.H.Rの適合者だからだ。
その役目を一度も果たせないままに死ぬのでは、あの士官学校に行った私が浮かばれない。
「そうか。ならば、貴方に生命力を渡す時は、周囲の安全を出来るだけ確保した上で行おう。」
「そうした方がいいね。周りで棒立ちされても困るし。」
マイロは私と目を合わせて口元を艶やかに歪ませた。
「そろそろ会議の時間だ。貴女も来るの?」
「ああ。アリオン殿に召集されたからな。」
マイロは一つ頷くと、そのまま策謀用のテントの方向へ爪先を向ける。
その後ろを歩く私は従僕のようで。
マスターになったばかりで、マイロを起動させるために生命力を使って酷く消耗していたにも関わらず、とても惨めで屈辱的な気分が沸々と湧いてきた。
あれほど威圧感を持って「兵器だ」と念を押しておきながら、私の前を歩くなど。
違う。違うのだ。
もう捨てたはずなのに、この血よりも濃く染み付いている貴族としての矜持は、私を蝕む。
ただ歩いているだけなのに、内面の葛藤に押しつぶされて、死んでしまいそうだ。
(このまま死んでしまえれば、良いのに)
そんな心持ちなど、外に出なければ只の暇な時に出てくる雑音。
気を引き締めなければ。
私は変わらず一定のリズムで、会議場を目指して歩く。
行動を起こさなければ何もできない無力感に囚われて、私は今日も惰性で生きる。
会議場に着く。
既に集まっていたのはアリオンだけで、他の参謀達がいないからか、はたまた前線とは程遠い場所だからか、余り広くはない部屋のはずなのに耳鳴りがしそうな空虚さが場を占めていた。
そんな中でアリオンは、1人で黙々と普段通りに書類に目を通している。
人間のような精密な関節。
人間の脳を遥かに超える情報処理能力、人間など遠く及ばない戦闘能力。
(ああ、この人も人間ではないのだった)
微かな落胆が頭を掠める。
C.H.Rに会うたびに、人の形をした人ではないものへの気味の悪さが鎌首をもたげる。それは人間としての本能でありながら、私の人生の中で植え付けられた固定観念のようなものだった。
同族以外への嫌悪。
これが余りにも私の人生の中に入り込みすぎて、いや、私の一部だからこそ、私は己を棄てたいと感じる。
「貴方の子どもは国の為に立派に戦ったんですよ。」
そう、世間で言われている戦争でのお約束。それに従って死ねれば、私は家からも人生からも解放される。
マイロは道具。
敵を殺すための道具。
私を死なせるための道具。
嗚呼。早く命を削らないと。
削らないと、削らないと、削らないと…?
トントン。
アリオンが書類を整えた音でふっと意識が戻る。不規則な睡眠時間と、戦いの後のアドレナリン。さらに、C.H.Rへの警戒。
これらは私の集中力を奪うのに余りあった。
「模擬訓練は終えたようだが実戦で使えそうか、マイロ」
「うん、まあまあじゃないかな。」
私の目の前で、私の話をする。
無視されることには、慣れていない。
「貴女はどうだ、バルックハーゲン軍曹」
柔和な声音、厳しい目線。
ver8モデルの中でも上官用に作られたアリオン。
私に聞いておきながら、私の答えはいらないのだと言外に言っているそのガラス玉のような眼。
ああ、気に入らない。こんな目をするものなんて、今までいなかったのに。
私の目の前に現れる前に、消えていたはずなのに。こんなもの、いらない。消えてしまえ。
壊れてしまえ。
隙さえあれば私の人生が私の心を蝕む。
元々巣食っていたものが広がろうと懸命に、躍起になっている。
それを押し隠して、私は、
「マイロ殿の適合者として全力を尽くす所存であります」と、敬礼しながら言った。
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