2 マイロとの出会い
「ふぅん。次の適合者は君か。俺はver.1.3.8製造番号RZ8-06。コードネームはマイロだ、そう呼んでくれ。……君にC.H.Rが何なのか等つまらないことを教える必要は無さそうだね。ああそうだ、一つだけ。俺たちC.H.Rは兵器だ。人間扱いは無用だから。それでいいね?」
無機質な機密室に、余裕を滲ませた声が響く。
こちらに向けられる視線は、上っ面な興味と隠す気もなさそうな不躾な見定め。
そして、先程まで無骨な木の机に寝かされていたとは思えない厚かましさ。
「マイロ」と名乗った彼は私の「軍曹」を示す徽章に僅かに目を細めてから、まるで興味のなくなった玩具をポイっと捨てるように唐突に、軽すぎる視線を横に向けた。
「俺が眠ってからどれくらい経ってるのかな、アリオン。」
「まだ4時間程だ。それと、2時間後に作戦会議がある」
「眠る」。
我ら人間の技術の粋が集まったC.H.Rが眠るのは、彼らを呼び起こした適合者が生命力を無くしたか、死んだ時だけ。
そして「起きる」のは、C.H.Rに適合した人間がC.H.Rとパスを繋ぐとき。
マイロの前任の適合者は流れ弾に当たって死んでしまった。
なので彼の後任である私は救護班と共に適合者の死体を確認し、30分前に彼らに死体処理を任せてきたばかりだった。
そして、そのために今から彼にパスを繋ぐのは私になる。
「ああ、良かった!無事に戻ってきてくれて嬉しいぞ、マイロ君。君ほど優秀な参謀は中々いないからな、ハッハッハッ!」
私の直属の上司であり、ver.8.6.3であるアリオンのマスターでもあるアレクサンドル中佐は、私がC.H.Rを呼び戻すまでの緊張感など無かったように、快活に笑った。
笑い声が機密室のコンクリートの壁に反響した事が、その空虚さを更に際立たせていた。
「ふふ、俺は完璧だからね。何でもこなしてみせるよ」
彼も、その髪のような柔らかな表情で笑った。その笑みは極上のもので、私でさえ今までこれほどの美貌にはお目にかかったことがなかった。
マイロはとても美しい見た目をしている。
彼は最初期に作られたC.H.Rのうちの1体であり、研究者たちの試行錯誤の末に顔が美しく造形されているモデルだ。
なんでも『様々なパターンを考えたかった』らしいが、彼らの考えは私にはよく分からない。
少しくすんだ金髪にダークブルーの瞳。高い鼻梁や僅かに骨ばった頬は石彫のよう。
常に自信ありげな笑みを薄い唇に浮かべ、搭載されている思考モデルも実際にそのようになっている。
こんな風に変に目立つ美貌だからこれ以降のモデルでは採用されず(研究者達は何故想像出来なかったのだろう)、最新型のver8シリーズーーアリオンが該当するーーでは平凡な顔立ちになっている。
コストもかかるだろうから、妥当な判断である。
(マイロ以外の美しく作られたモデルは、密かに高位貴族たちの手にわたり遊興に使われている。私のお母様が一つ持っていると手紙にあったので間違いない。)
そんなことを考えていたせいもあって機密室に入った時からまだ一言も喋っていない私の真正面に、いつもより心持ち固い表情のアリオンが立つ。
「……先程マイロにも言った会議だが、マイロの適合者すなわちマスターである貴女も参加するように、…バルックハーゲン軍曹」
「はっ、承知しましたアリオン殿。」
私の言葉にアリオンは厳しく首を縦に振ると、彼はマイロにも声をかけた。
「マイロ」
「どうしたんだい、アリオン。」
「次の予定までマスターと作戦等擦り合わせておけ。模擬訓練をしても構わない。」
「了解。」
マイロが甘ったるいテノールの声を愉しそうに響かせる。
アリオンは最新型だからか個性に割くリソースはない。
そう考えるとつくづくマイロは無駄な構造をしている。
「じゃあ俺たちは行こうか、適合者。……そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。君の名前は?」
「ニア・バルックハーゲン、第3師団所属、階級は軍曹だ。…B、もしくは第3軍曹と呼ぶといい。貴方のことはコードネームで呼ぼう。」
「うん、それでいいよ。」
簡単な自己紹介。私たちにはこれで十分だ。
初対面の時の無機質さなど微塵も感じさせない完璧な笑顔で、マイロは私の半歩前を歩く。
コツコツ、コツコツと規則正しすぎる彼の足音が廊下に響く。
その響きは神経質、というよりも彼が始めに言った「兵器」という性質をよく表している音だった。
今まで社交界でお母様達にアクセサリーのように見せびらかされて、戦闘機能をインストールされなかったC.H.R達とは明らかに違う。彼らもそれぞれ個性的ではあったがこれほど殺伐とはしていなかった気がするわ。
なんて過去に引っ張られる私。自己嫌悪。
私は彼の後ろ2歩の位置を保ちつつ、痛む心にそっと蓋をした。
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