11 無意識の「平等」
ある時、布を渡すと泣き出した娘が1人いた。
18の私より3、4つ程若い娘だった。
普段から静かに泣く者は何人かいたが、それに触れないのが暗黙の掟だったため、今回も横目で状態を確認しつつ何も言わなかった。
しかし、その娘――後でペニーという名だと教えてもらった――は啜り泣くどころか、わんわん喚き始めた。
「なんでこんなことしなきゃならないのよ!私にはダーリンだっているのに!」
皆動きを止めて彼女を見ていた。それに気づいているのかいないのか、尚もペニーは叫ぶ。
「私はあんな男達のための道具じゃないのよ!……ねえ、みんなもそう思うでしょう!?」
「黙りなさい!!」
思わず口をついて出た言葉は、ペニーの声以外響いていなかった部屋に空虚な反響を残した。
「何よ!あんただって兵士だけど女じゃない!どうせあいつらに良いようにされているんでしょ?ここで何言ったっておんなじ思いをしてる人しかいないんだから、ちょうど良いじゃないのよ!」
彼女は純粋なのだろう。
ここにいるのは皆「同じ思い」でいる仲間だと思っているのだろうか。
「同じ思い」という言葉で括られることがどれほど辛いことなのか、彼女はまだその「協調性」の安っぽさに気づいていない。
そして、「同じだ」と言われるのがどんなに辛いことか。
「辛い?そんなの辛いに決まっているでしょう。私も、貴女も、彼女達もみんな辛いわよ。けれど、悔しいことに貴女が嫌っているあの男達がいなければ、貴女たちの村はもうとっくに燃やされて、貴女達は家族の前で犯されてボロ布みたいに捨てられてるわ。私達はあいつらがいないと何も出来ないのよ。それが嫌なら兵士になりなさい。兵士になりたくないのなら、今のままでいなさい。貴女が何の役割も果たせないただのハニーでいられるなんて、そんな夢は捨てなさい…こんなところに夢なんてないから。」
医者に怒鳴ってから久しぶりに、感情が大きく起伏した。
思わず口をついて出た言葉は、今まで散々考えていたことのはずなのに、外に出た瞬間にはすでに空虚な響きを孕んでいた。
いや、正直に言えば考えてはいなかった。たまたま口に出ただけ。
口に出してから、ああ私はまだ生きたいと思っているのかと絶望したけれど、それよりもペニーへの怒りの方が大きかった。
「じゃあ、あんたはあいつらの味方するってわけ?そういうのもううんざりよ!あんたも味方かと思ったのに、みんなして男を立てろ、男が守るって…じゃあ守るからってあいつらは何してもいいってわけ!?……ホント、馬鹿じゃないの?」
「女兵士さんも一緒だと思ってたのに、あんたはあいつらに大事にされてるんですねー!私たちがどんな思いでこんなことやってるかなんて知らないから、そんな気持ち悪いこと言えるのよ!」
「その口を閉じなさい、ペニー!」
今まで静観していたリーダー格のダイアナが、声を出した。
「ダ、ダイアナ!あんたは私の味方でしょ?なんで私を止めるのよ!」
「黙れって言ってるのが分からないの、ペニー?あんたは本当に考えが足りないわね。そんなだからピギーなんてあだ名がつくのよ!」
「う、うるっさい!第一、今そんな話してないじゃない!」
「ええそうね、でもあんたがあまりにもワーワー喚くもんだからつい口出しちゃったじゃないの。……それで?あたし達が辛くて、惨めで、可哀想なオンナノコだって?そんな考えしてるから、男どもに守られるなんて発想になるのよ!」
ダイアナが大声で捲し立てると、ペニーは虚をつかれたように目を大きく開けて、途端に狼狽だした。
「えっ…?わ、私、そんなこと思ってなんて…え、?」
「いい?あたし達はこんな方法だけど、とにかく男達の役に立っているの!あいつらはあたし達がいないと駄目なんてことはない。それはもちろん悔しいわよ。でもあたし達が売りに来なきゃ、あいつらはすぐにへっぴり腰になって鉄砲も撃てない、なんて喚くんだからね!あたし達はそのくらいは役に立ってるのよ。それを仲間だとかなんとか言って否定するとかちょっと、酷すぎて、兵隊さんが怒鳴ってくれなきゃバカみたいに口をぽっかり開けることしか出来ない女になるところだったわ!あはは!」
「……だから、勝手にお仲間にしないでくれる?」
ダイアナの凄んだ瞳に気圧されて、哀れなピギーは震えることしかできなくなっていた。
「さっきはすまなかったね。あの小娘には分からせておくから。」
その後気まずくなった室内に耐えられなくなったのかペニーは走り去っていき、残ったダイアナは私にこう話しかけた。
「いや、兵士のストレスの受け皿たる貴女方も同じ人の子。ストレスの溜まることもあるだろう。理解はする、があの口の聞き方は彼女のためにも直した方が良いだろうな。」
「あんた、そこは怒るところなんだよ。……こんなご立派な兵士様に守られてるなんて、むしろ誇れるくらいなのにねぇ。」
そう言ってダイアナが私に秋波を送る。
それに乗る気など無かったし、元々気分が鬱々としていたので思わず、
「私は決して立派などではない。……神は私をお見捨てになったのです」
そう言ってしまった。
途端に彼女は信心者らしく息を呑んで、
「まあ、そんなことないよ、神様はあたし達に乗り越えられる試練しかお与えにならないんだ。あたし達のこれも、乗り越えられるってことだよ。だからそんな悲しいこと言いなさんな」
そんな、安っぽい同情なんて要らない。
急にそう思ってしまった。
そう考えてしまえばさっきのピギーと同じ穴の狢なのに。
「私は一度自死しようとしました。神のお与えになる試練に乗り越えられるだけの精神がなかったので。」
「けれど、神は私を死なせることはしなかったのです。殴られ、蹴られ、体が変形し、視力も悪くなって、女として傷物になってもなお、彼の方は私を死なせてはくださらないのです。…もう、疲れてしまいました。」
「天の国に、死後に幸せが満ちているのなら、私は早くそちらに行きたいのに。…行けないから、戦場に来ました。」
見ると、ダイアナは泣いていた。
私の半生は同情を買うには役に立ったらしい。
行き過ぎると人はどこまでも他人事になれるのだ、とひどく冷めた目で彼女を見ている自分に気づいて、胸に石を詰められたような感覚がした。
「……あんたも、色々、いろいろっ、あっだんだねぇ…」
そのあとは嗚咽ばかりが静かな小屋に響いていた。他の娘達は知らぬ間に抜け出していた。
「アーメン。あんたに神のご加護がありますように。…幸せになりなよ。」
ひとしきり泣いて正気に戻ったダイアナは私に向かって最後にこう言った。
「ええ、貴女も。」
そう返すしか、なかった。
どこまで。
どこまで心を込めれば、神は振り向いてくれるのだろう。
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