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剣術とアマトリチャーナ

「全員、礼!」

春うららかな青空に、淑女たちの清らかな礼が響く。その淑女の中にはもちろん、ラナとオハイアリイも含まれる。

「君たちの剣術の講義を担当するクリフト・エンゼルランプです。よろしくね」

フルールレッドの学徒服の上着を脱ぎ去り、シャツとスラックスを着用した生徒たちが一列に並ぶ光景は壮観だ。クリフトが一人一人に木製の剣を配っている。袖を弄っていたオハイアリイのシャツの裾をちょいと引くと、オハイアリイはこれ見よがしにため息をついた。

「はあ。まさかまたクリフトに剣術を習うことになるなんて」

「どうして女子にも剣術の授業を?」

「今年度から試験的にね」

聞かれていたのか、いつの間にやら側にいたクリフトがラナの疑問に答えた。ラナは肩を跳ねさせ、オハイアリイは背後のクリフトの気配を捉えて飛び退く。

「オハイアリイ様、いやだなあ。そんなに驚かなくても」

「話しかけないでとなんど言ったら! さっさと授業を進めなさい」

クリフトが雑談の姿勢に入ろうとしたのを見て、オハイアリイは声を落として囁く。クリフトは肩をすくめ、木剣を渡して他の生徒のもとへ。

「まったく。剣士としては優秀だというのに、軽薄が過ぎますわ」

「エンゼルランプ先生は、元兵士……だったんですよね。どうして教師に?」

「それは……わたくしも知らないですわね。あのまま兵士として武功をあげれば、出世も難しくはなかったでしょうに……」

オハイアリイは眉根を寄せる。視線の先のクリフトは色気づいた女子生徒から黄色い声を上げられていた。一通り木剣を配り終わったのか、列の前に立ち、いっそう声を張り上げた。

「いきなり剣を持つことは、筋力的に厳しいので、まずはその木製の剣を使って稽古をします。今年度の目標は、女子はフルーレを使って素振りができること……かな。それではまず、基本姿勢を教えます!」

クリフトは自身の剣を抜き取って、見えやすいように右を向く。

「剣を持つときは姿勢を伸ばして……そう、そして両手で剣を……」

鞘と鍔がぶつかる小さな金属音が聞こえる。クリフトは剣をしまうと一人一人に近づいて、背筋の指導をし始めた。背筋、剣の持ち方、足、顔の角度。そういうものを細かく指導する。慣れない剣を同じ姿勢で持つのは難しく、生徒たちは顔を赤くしたり、腕を動かしたりしていた。ラナも疲れて震える腕を叱咤し、同じ姿勢を取り続ける。ラナの隣のオハイアリイは顔色ひとつ変えずに動かない。すごい、とラナは嘆息した。

「おっ、ラナンキュラスちゃん筋がいいね。もう少し、背筋を伸ばして……良い感じ」

言われるがままに背筋を張ると、クリフトは納得のいく顔でラナのおでこに人差し指をつける。

「ラナンキュラスちゃん、今度俺のとこに来なよ。稽古、つけてあげるよ?」

「えっと……」

「クリフト……先生。ラナに変なことを言わないでくださいまし」

オハイアリイの鋭い指摘が飛ぶ。返答に困りあぐねていたラナは胸を撫で下ろした。クリフトはごめんごめんとちっとも思っていなさそうな軽い挨拶で済ませ、オハイアリイを通り過ぎてミーティヤの元へ。ミーティヤはオハイアリイの気安い雰囲気に違和感を感じたのか、クリフトそっちのけでオハイアリイを凝視していた。

「はぁ……仕方のない教師だこと。本当にまともな授業をするのかしらね」

「それはオハイアリイ様が一番、知っているのでは?」

「煩いわ、クリフト。ミーティヤ嬢が困っているでしょう」

ミーティヤはオハイアリイから視線を外さない。クリフトはまた軽い謝罪だけしてオハイアリイ達から離れていった。腕がぴりぴりと痺れる。剣を持つ手が震えて姿勢を崩した瞬間、「そこまで! 姿勢を崩していいですよ」と声が聞こえた。生徒が次々としゃがみ込み全身で疲れを表す。肩を回す者もいた。オハイアリイは剣を下ろしただけで疲れを感じさせない佇まいでいる。

「まあ、今日始めたてだから、できなくても大丈夫。さて、まずは筋肉をつけるためのトレーニングといこうか!」

もう限界、と誰かのか細い声がした。




「それでは、授業はここまで! 次回は座学とします!」

解放された生徒たちの安堵の声が響く。火照った体を冷ますように手で仰ぎながら、更衣室でスラックスをスカートに履き替え、オハイアリイとともにガパンドホールに向かった。ホールに入ると、騒がしさが耳につく。

「なんだか騒がしいですね」

「不躾な視線。不遜な輩ね」

「オハイアリイ様、そんなふうに言うとまた怖がられますよ?」

「どこまでついてくるのかしら、クリフト?」

ラナは声に驚いて飛び退いた。声の主はクリフトで、先ほど授業をしていた時のローブを脱いだ格好のままだ。

「お昼どきなんですから、いてもおかしくないでしょう。おかしいのは俺たちじゃなく男子ホールにいるオハイアリイ様たちですよ」

「そもそも食事で男女を分けるのがナンセンスよ」

「出た、オハイアリイ様のナンセンス!」

クリフトはオハイアリイをひときしりからかって、食事を頼む列に並ぶ。オハイアリイは嘆息すると、ラナの右手を引いてその後ろに並んだ。

「ラナンキュラスちゃん、今日の授業はどうだった? 楽しかったでしょ」

「ええ……少し、疲れましたかね。慣れなくて」

本当は少しどころではないのは黙っておこうと思った。

「え、疲れた? そんなに厳しいメニューじゃなかったと思うけど」

「クリフト、あなた。わたくしで感覚が鈍っているんじゃなくて? 深窓の令嬢もいるというのにいきなり剣を持たせるなんて」

「いや、オハイアリイ様でもできることを他の人間ができないわけがないでしょう」

「はぁ?」

クリフトとオハイアリイは再び言い争いを始める。ラナは狼狽えるが、オハイアリイに肩を持ってなだめられた。

「わたくしでも、というけど、令嬢は本来剣術を嗜むものではなくてよ」

「そうでしたっけ?」

「そうよ! ……あら、ルイーサおばさま。今日もどちらも。ラナは?」

オハイアリイは注文の番が回ってきたことに気がついて、注文担当のルイーサに注文を言いつける。

「私は、Aセットで。先生はどうなさるんですか?」

「俺? 俺はBかな」

「おや、今日は先生も一緒かい」

ルイーサは笑いながら代金を要求する。オハイアリイとラナがそれぞれ財布を取り出そうとしたところで、クリフトの骨ばった手がそれを遮った。

「たまには俺が出してあげますよ」

「あぁら、恩着せがましいわね」

「ラナンキュラスちゃんのためですよ!」

そう言ってクリフトは硬貨を給仕の手に落とす。

「今日は俺の奢りでーす。さ、席に行きましょ」

「いいんですか、エンゼルランプ先生」

「もちろん! ラナンキュラスちゃんにはこれからも良く見られたいからね」

またもラナが返答に困ると、オハイアリイがクリフトのつま先をヒールで踏んだ。

「いっ!! なにするんですか、オハイアリイ様」

「この変態教師。学長に言いつけてもいいのですわよ?」

「ええ、それは勘弁。許してください」

「調子のいいこと」

二階のテラスの大庭園が見渡せる席。そこに一つ椅子を追加して、向かい合うオハイアリイとラナの間にクリフトが収まる。ガード・フルールが食事を運んできて、いつものようにオハイアリイの前に二つプレートが置かれる。

「オハイアリイ様、いい食べっぷりですねぇ」

「いつものことでしょう」

「まあ。でも少なくないですか? まさかダイエットとか!?」

「違いますわ!」

オハイアリイは食い気味に否定する。クリフトとオハイアリイはまだ言いあいを続けていて、ラナはようやくこの二人の平常運転を理解した。

「あの、エンゼルランプ先生。」

「あのさ、ラナンキュラスちゃん。エンゼルランプ先生ってのやめてくれない? 俺、この名字好きじゃないし」

「あ……失礼しました。ではクリフト先生、どうして女子も剣術の授業を?」

「んー……別に大した理由じゃないよ。行方不明事件のこともあって、護身の術を学ばせようって流れになっただけ」

「……その話はやめましょう。ご飯に合うのは明るい話題でしてよ」

「あは、そうですね」

オハイアリイの言葉にクリフトは同意を示す。流された気分になりながらも、ラナはカトラリーを持った。今日はパスタだ。庶民から貴族まで幅広く食べられている愛すべき料理。オハイアリイも嬉しそうにパスタを巻いている。ラナも皿にフォークを差し入れると、オハイアリイが待ってとを手を止めた。

「ラナ。パスタを巻く時、反時計回りにフォークを回すのはよくないわ。ソースが飛び散るもの」

「そうなんですね。ごめんなさい」

「オハイアリイ様、いきなりそんなマナーを押し付けちゃだめなんじゃないですか?」

クリフトが茶化す。オハイアリイはBセットについてくるスープを掬って舌鼓を打ったあと、クリフトの皿から何のためらいもなく卵を奪い取った。

「あっ、俺の卵!」

「ラナ、こういうことは行儀が悪いからしてはいけませんわよ。していいのは……そうね、このいけ好かない男だけよ」

「ええーっ、ちょっと。ラナンキュラスちゃん、やめてね?」

クリフトが所在なさげに眉を下げて見つめてくる。それがなんだか可笑しくて、ラナは思わず吹き出した。オハイアリイとクリフトはその様子にきょとんとして顔を見合わせる。

「ごめんなさい、なんだか……その、可愛くって」

「俺が? かわいい? ラナンキュラスちゃん変わってるね」

すぐさまクリフトのこめかみに扇の一撃が刺さる。これ以上自己肯定感を下げさせてどうするのかしら、とオハイアリイの地獄のような低音が聞こえた。

「いやぁー……ほら、俺、自分で言うのもなんだけどいいツラしてるじゃないですか。だからかっこいい! しか言われたことないんですよ」

「嘘おっしゃい」

「嘘じゃありませーん」

「ふふ。お二人とも、本当に仲がいいんですね」

そう言うと二人はまた顔を見合わせた。そして、どちらともなくまた食事に手を付ける。

「ただ付き合いが長いだけよ。」

「仲が良いとはちょっと違うね。そういえばラナンキュラスちゃん、このパスタなんていうか知ってる?」

クリフトはBセットのパスタを指さす。

「知ってますよ。カルボナーラ、ですよね?」

「正解。そっちはアマトリチャーナね」

「このアマトリチャーナ、少し唐辛子が強めにきいていますわね。風味が引き立って美味しいわ」

オハイアリイの手元を見ると皿は両方空になっていた。と同時に授業まであと少しであることを告げる鐘が鳴って、ラナは慌ててパスタを巻く。

「オハイアリイ様はさすがに速いですねー。これ以上食べると夜ご飯入らなくなるかもですよ?」

「ありえないから心配しなくていいわ」

オハイアリイとクリフトの言い合いはまだまだ終わらなさそうである。ラナは一旦、無視を決め込むことにした。

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