会議の時間
「他にも伯爵令息や伯爵令嬢がいるから、ですか」
「ううん、それはあまり関係ないと俺は考えてる」
「関係ない? キースフィト、テイルズ、メルダ、クライドフォビン……皆伯爵家の名。相当な根拠があるのかしら」
オハイアリイが行方不明者の名前を指折り数える。伯爵家は大学校においては珍しいものではあまりないが、国全体を挙げればその人数は多くはない。ラナにもクリフトの意見が納得できずにいた。
「一人目、ラグレア・キースフィト。三年生。ラナンキュラスちゃんが入学してくる一ヶ月前、春休暇の一週間前……かな? その時はまだ二年生だったけど、突然家に帰らなくなった」
クリフトの見せてきた羊皮紙には黒のインキで似顔絵が描かれていた。幸の薄そうなごく普通の青年だった。髪は黄金、と小さな赤インキ。クリフトが認めたであろうメモ書きが残っている。
「捜索は?」
「されなかった。ラグレア・キースフィトはもともと成績優秀者ではなく、いくつか単位を落としている。キースフィト伯爵は勉強を苦にしての逃亡だろうと決めつけてたよ」
「そんなことがあるのですか」
親から愛されて育ったラナには理解のできない行動だった。オハイアリイはクリフトの手から羊皮紙を取り上げる。
「貴族では親子だとしても利益がなければ捨てることはよくあるわ」
オハイアリイの視線が鋭く羊皮紙を睨めつける。その視線の先の赤インキは走り書きでよく読めない。
「オハイアリイ様、それはなんと?」
「クリフト、字が汚いわよ。ラナが読めないなんて相当な悪筆ね」
「いや、誰かに見せることを想定して書いてないんでね」
言い争いの始まりそうな気配を察知しラナは「二人目は」と口を挟んだ。クリフトは開きかけの口を噤み机の上に手を伸ばす。
「二人目、カンナ・テイルズ。四年生。行方不明になったのは春休暇中。友人たちとのお茶会の帰り、馬車ごと行方不明になった」
「馬車ごと?」
ラナは思わず大きな声を上げてしまった。クリフトとオハイアリイが同時にラナの口を諌める。
「ラナ、ここに私達がいることは秘密なのだから静かに」
「も、申し訳ありません。馬車ごと、というのが驚きで」
「でしょうね。馬車ごとの行方不明なんて滅多にない事例よ」
クリフトが机の上から取ったのは、小さな馬車の模型。鉄でできた簡素なそれは中に丸みを帯びた人形が乗っている。
「行方不明になのはテイルズ嬢一人のみ。その時居合わせた御者は平民街近くの森で死んでいました」
死という言葉にラナは喉を詰まらせる。喉の奥底から血の味が蘇るような感覚がした。それを深呼吸でごまかす。オハイアリイはラナのそれには気付いていなかった。
「なぜ馬車が見つかっていないの? 馬車を操れる伯爵令嬢なんて中々いないのではなくって?」
「俺もそう考えています。可能性があるとしたら誘拐か、馬車を変わりに引ける人物がいたのか」
「馬車ごとの誘拐は現実的ではないのでは?」
クリフトは曖昧に頷いた。
「ちなみに似顔絵はこれです」
キースフィトとは打って変わって華やかな顔立ちをしていた。髪は青。
「三人目、トワレ・メルダ。二年生。春休暇明け、入学式の日に消えた」
「入学式の日、そんな騒ぎは起きていなかったように思えるけど」
オハイアリイがそう指摘した。頭上のランタンの炎がぱちりと弾ける。ラナはそれを視界に収めつつ入学式を思い返す。オハイアリイとの出会いに脳を焼かれるような衝撃を受けたせいか、その日の記憶はほとんどオハイアリイに染められている。
「大事にするには重鎮が多すぎた。貴方のお父上もいたんですからね」
オハイアリイの父・シュペルフレーク公爵は警備を何十人も付けて入学式に出席したと聞いている。ラナは実際にそれを目にしたわけではないが、オハイアリイの呆れ顔を見るに事実であろうと推測できる。
「メルダ嬢には目撃情報がある。とはいっても不確かなものだけど」
「内容は」
「校門をおぼつかない足取りで出ていくメルダ嬢を見たという生徒が一人」
トワレ・メルダは真っ赤に燃える髪をした令嬢。テイルズに比べれば幾ばくか幼いが、成績は良い。赤ではなく青で書かれた目撃情報のメモ書きにラナは目を走らせた。そしてある名前を見つける。
「コーニーリアス・ヴァロッカ……」
脳裏に深い青が塗りたくられる。オハイアリイが怪訝な顔をした。
「知っているの、ラナ」
「はい。委員会の先輩です」
クリフトが顎に手をやる。
「コーニーリアス……コーニーリアス……ああ、そうだ。その生徒、要注意だよ」
「要注意?」
ラナは首を傾げる。脳裏に焼き付いた青が形を変えコーニーリアスの姿をした。
「この一連の事件の核心をつけそうな人物」
「……は?」
ラナは大きく口を開けて固まった。クリフトは気がついているのかいないのかラナに羊皮紙をよこしてくる。
「四人目、トーマス・クライドフォビン。二年生。入学式の三日後、姿を消した」
「それがヴァロッカ先輩とどう関係が?」
「彼が消える直前、コーニーリアス・ヴァロッカはトーマス・クライドフォビンを訪ねていた。それまで接点がないのに、だよ」
ラナは息の詰まる思いだった。心臓が早鐘を打ち、全身の血流が悪くなる感覚がした。
「クリフト、早合点は不味くてよ。……そうね、ラナ。コーニーリアス・ヴァロッカがなぜトーマスを訪ねたのか聞いてきてくださるかしら」
「……かしこまりました」
ラナはオハイアリイの提案に頷いた。脈打つ心臓を叩いて誤魔化す。
「でも、ヴァロッカ先輩自身はなんと言っているんですか」
「それがねえ、俺、彼と接点がなくてさ」
クリフトが突然情けない声を出した。オハイアリイが扇でその頭を叩く。
「その程度のこともできないの?」
「ここまで一人で調べた俺、凄くないですか」
「それくらいやって当然。ところで、この事件と例の赤い噴水は関係があるのかしら」
「それはまだ調査中ですね」
クリフトとオハイアリイが顔を突き合わせて論じている光景から目を離し、窓の外にそびえ立つ図書館に視線をやった。コーニーリアスのよく響く滑らかな低音が耳の中で反響した。ラナさん、と呼ばれたのは一度きりなのに、なぜか忘れられないでいた。




