ラナンキュラスのはじまり
大庭園を突き抜け校舎の中に入ると、いつもとは真反対の角を曲がる。すれ違った担任レドハイドが怪訝な顔をした。オハイアリイはそれも気にせず教職員エリアへ立ち入り、「エンゼルランプ」と札がさげられた扉を三回ノックする。
「クリフト、入るわよ」
返事の返って来る前にオハイアリイは扉を開け、ラナと自分の体を部屋に押し込む。教師用の小さな待機室だという。文机でクリフトが小さく寝息を立てていた。
「寝ていますね」
「まったく。担当クラスがないからといって弛んでいますわね、起きなさい!」
オハイアリイはクリフトの耳もとで叫び、懐から取り出した扇でクリフトの耳を叩いた。子気味の良い音とクリフトの「いってえ!?」という叫びが響き渡った。
「ちょ、誰……オハイアリイ様?」
「おはよう、クリフト。話がありますの」
「話? つか授業は?」
「サボりよ」
「ラナンキュラスちゃんを巻き込んで?」
クリフトがオハイアリイから視線を外し寝ぼけ眼をラナに向ける。
「いえ、元はと言えば私が言い出したことですので」
「ますます何ですか……俺、二限から授業なんですけど」
遠くで始業の鐘が響く。クリフトは右目を擦り、ようやく焦点をはっきりと合わせた。
「クリフト、貴方の頼み飲んであげる」
「俺の、頼み。……えっ?」
「この学園に起こっている事件の正体、紐解いてあげようじゃない」
オハイアリイの頼もしくも薄ら寒くもある笑みがクリフトの背筋を粟立てる。
「……事件……もしかして?」
「伯爵家連続失踪、それからあの赤い噴水の謎。わたくしとラナが解明に手を貸してあげる」
ガターン! クリフトが椅子から転げ落ちた。椅子と一緒に床に投げ出され、ラナは慌ててクリフトに手を貸す。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫……オハイアリイ様、いまの本当ですか」
「わたくしが嘘をついたかしら」
「いやつきますよね。……じゃなくてっ、本当に俺に?」
「ええ。公爵家の後ろ盾があれば少しはやりやすくなるんじゃなくて?」
ラナの手を借りて立ち上がったクリフトはその双眸を健気に動かし、ラナとオハイアリイを見比べた。
「……なにが目的なんですか」
「流石はクリフト。わたくしをよくわかってるわ。でも今回はわたくしじゃなくて、ラナなのよ」
「……へ?」
クリフトのそうなの? という視線にラナは強く頷いた。
「クリフト。わたくしはあの時の貴方の所業を忘れたわけではないわ。それでも、ラナの為なら貴方に協力する」
オハイアリイはピシャリと言い切った。目を点にさせていたクリフトも一度咳払いをして立て直す。
「いや、本当に怪しいですよ。やられたらやりかえすような貴方が俺を裏切らないと思えません」
「あら酷い言い方。先にやったのは貴方でしょう?」
クリフトは苦虫を噛み潰したような顔をした。言い返す言葉を必死に探している。
「クリフト先生、私たちを信じてください。でなければ、貴方に協力することはできません」
ラナは思い切ってそう口に出した。クリフトはラナの真っ直ぐな瞳に射抜かれ、大きくため息を吐いた。
「……ありがとうございます、オハイアリイ様」
「お礼を言うならラナにね」
「ありがとう、ラナンキュラスちゃん」
自分のためであることを答えあぐねたうちにクリフトは机に積まれた本の間から羊皮紙の束を抜き取った。
「じゃあ、手短に説明します。きっと、行方不明事件はまだ続く」




