スコッチエッグと昔話
ルイーサの明朗快活なおはようの声がホールに響く。
「Aがふたつ、Bがひとつ」
硬貨一枚で質の良い食事が一人前食べられる。いつもと同じテラス席を陣取る。春の陽気が向かい合う二人を包むように照らしていた。
昨日カルミアと口角泡を飛ばしていたオハイアリイだが、特段気にしている様子はない。今日も看板に手書きで示されたメニュー表を見ながらラナに食事の知識を教えてくれるばかりだ。オハイアリイの話が途切れたその一瞬を狙ってラナは会話を切り開く。
「オハイアリイ様。昨日、クリフト先生が仰ったことなのですが」
「……なんだったかしら?」
「あの、事件を解決するために俺に協力してくれってやつ」
「ああ、あれね。気になることでもあるの?」
ラナは漠然とした不安だけを心の奥底に抱えていた。赤い噴水。凶兆のごとき色はまだ瞼の裏にこびりついている。
「私、クリフト先生に協力したいんです。駄目でしょうか」
オハイアリイはハトが豆鉄砲を食らったような表情をした。その前にガード・フルールが三人前の食事を置いていった。ラナの前に置いてあるのはスコッチエッグ。卵をひき肉と衣で包んだ、平民から貴族までの定番朝食メニュー。
「ありかとう。……駄目、とは言えないけれど。理由を聞かせてくださる。」
オハイアリイはどんなときでも謝辞を忘れない。ラナも倣ってありがとうございますと声をかけた。フォークをスコッチエッグの表面に差し込むと、衣の欠片がぽとんと皿に落ちた。
「理由と言いますと、大層なものはないのですが」
切り分けた欠片の切断面には半熟の黄身が輝いていた。フォークを刺して一口。
「私、知らないのが耐えられないんです」
「……耐えられない?」
オハイアリイが首を傾げ、スコッチエッグの半分をさらに半分に切って頬張った。
「はい。あの噴水の光景を見てしまった以上、私は何も知らないとはいえません。でも、何か知っているわけでもない」
冷製スープはコーンの優しい甘さがほんのりと感じられる。オハイアリイは意外にも凪いだ瞳をしていた。その手のカトラリーは一心不乱に食事を続ける。
「だからクリフトに協力して自分の知的好奇心を満たしたいと?」
「はい。……わがままですよね、すみません」
「別にいいわ。とても愉快。流石はラナ、わたくしの見込んだ子」
突然のベタ褒めにラナが戸惑っていると、オハイアリイが手を伸ばして「衣がついているわ」と頬についていた衣の欠片を取った。ナプキンで手を拭きつつ、オハイアリイは横目でテラスを見渡す。
「オハイアリイ様?」
「いえ、クリフトがいないか気になっていたの。あれは面倒くさくてたまらないわ」
「そういうこと言っちゃうんですね」
「それで、ラナ。貴方はわたくしに、クリフトに協力しろというのね?」
「……駄目、でしょうか?」
俯きがちな顔を無理やり角度を変えてオハイアリイを見上げる。オハイアリイは小さくため息をついたあと静かにカトラリーを置いた。
「少し昔話をしましょうか」
「普通、もう少し仲良くなってからでは」
まだ出会って二週間ですよ、と聞くと、オハイアリイはいいのよと軽く答える。
「互いを知らずに仲良くなるのは無理なことよ」
「では聞きます」
「ええ。あれはわたくしがちょうど十歳の時」
オハイアリイは語るのがうまいと思った。聞いているだけでその場の光景がゆうに浮かんでくる。
「兵隊から手紙が来たことがあった。その兵隊はクリフトが所属していたところで、もちろん差出人は彼。内容は『王国の危機を救うために協力してほしい』というものだった」
「今と全く同じ状況ということですね」
「そうよ。ラナは十歳の時のことを覚えている?」
ラナは記憶を手繰り寄せる。十歳といえば社会の厳しさを教え込まれたばかりだった。涙を流しながら辞書を捲っていた記憶が微かに思い起こされた。
「あの時は勉強ばかりしていたので、国でなにがあったかはあまり」
「当時、今から数えて五年前ね。国中で肥えた子どもを誘拐する事件が起きていたの」
ラナはまた記憶の引き出しを開ける。ラナが布団を被ってペンを走らせていた時、父親がそれを小声で話している記憶を思い出したような気がした。
「なぜ肥えた子どもだけが誘拐されたと思う?」
「肥えた、つまりは食事をたくさんしている。裕福であると一目でわかるから、ですか?」
「正解よ」
オハイアリイの皿からスコッチエッグも冷製スープも消えた。もう一つの皿に乗っていたパスタもまるっと胃の中におさめられた後だ。
「クリフトはその事件を解決する任務を背負っていた。そして十歳のわたくしも『肥えた子ども』の範疇だった」
「まさか」
嫌な予感に生唾を飲み込んだ。
「クリフトはわたくしを囮に使って、犯人たちを取り押さえたの」
「やっぱり」
思いがけず相槌に非難の色が滲んでしまった。クリフトの花のような美貌がラナの瞼の裏でぐにやりと歪む。
「だからわたくしは彼の協力には乗らないようにしているの」
「それは無理というお返事ですね」
諦念を持ってラナは項垂れる。そよ風に乗ってオハイアリイの閉じた口から息が漏れる音が聞こえた。
「んふ、ふふ……あっははははははは!!」
「オハイアリイ様?」
「いいえ、ごめんなさい。あまりにも貴方が魅力的で笑みがこぼれてしまったわ。流石はわたくしのラナ」
オハイアリイ様のものになった覚えはありませんと返したかった。しかし呆気に取られたラナはその返しもできなかった。
「いくらクリフトでも、未来ある有望な若者の命をそうそう自分の出世に賭けたりしないわ。今回はラナ、貴方に付き合ってあげる」
オハイアリイに微笑まれ、ラナは嬉しさのあまり勢い余って下げた頭をテーブルにぶつける。赤くなったおでこを擦っていると、オハイアリイはベルで片付けを呼びつけ席を立った。
「そうと決まれば善は急げ。クリフトのところへ向かいましょう」
「授業始まりますよ」
「一回サボったくらいで怒られるかしら?」
ラナはまだ反論したかったがオハイアリイに遮られ、クリフトのところまで引っ張られていく。そのご機嫌な背中の隣にラナは並び立った。




