悪役令嬢XL
ラナンキュラス・トーイはとにかく呆気にとられていた。聖クロートニア大学校のフルールレッドの学徒服に身を包み、新たな華の如き日々に想いを馳せていたのに、その鼻っ柱をへし折られた気分になった。南校舎の小講堂の壇上には、ラナと同じフルールレッドの学徒服に身を包んだ女子生徒が堂々と胸を張って立っている。しかしその体躯は、他の生徒に比べてみれば二回り以上大きく、威圧感を与える。だらしないといえばだらしないと切り捨てられるが、巨躯ともいえない微妙な体は、この大学校には似合わない。しかしそれを顔に出せる強者はこの講堂の中にはいない。何しろその女子生徒はこの国で二番目に大きな権利を持つ家の娘である。
「オハイアリイ・シュペルフレークと申します。体重はきっかり八十六キログラ厶、好物はお肉と世界のスイーツ。どうぞよろしく」
しかもその娘は忌避される自分の体格をあろうことか公言しはじめたのである。誰もが公爵令嬢であるオハイアリイ・シュペルフレークと目を合わそうとしない。まばらな拍手が講堂を満たす。その音が気に食わなかったのか、オハイアリイは鉄扇を音を立てて閉じた。
「あらあら、貴方方、今こう思いましたわね?」
その言葉に講堂の空気が限界まで張り詰める。息がしにくくなるような重たい雰囲気にラナの背筋は曲がりはじめる。担任講師レドハイドまでが冷や汗をかく中、オハイアリイは鬱蒼と笑い、鉄扇を口に当てて、わざとらしい猫なで声をだした。
「なあんだ。体重八十六キロなんていうけれど、人よりちょっと大きいだけなのね。さほど太っているわけでもないのに痩せられないなんて、よほど甘やかされたお嬢様なのね?」
………クラスの誰もが呆気にとられてオハイアリイに視線を投げた。自分から体格に言及したことに驚いているのか、言及の内容に驚いているのかはラナ自体にもわからない。だがオハイアリイのその堂々とした立ち姿に、自らと違うなにかを感じ取っていた。オハイアリイはさらに続ける。
「昔からよく言われますのよ、わたくし。『オハイアリイ様って、太ってるけど、太り方が中途半端なのよねえ。せめて八十キロくらいにはなってもらわないと。』でもね、現実なんてこんなもの。八十六キロはね、この程度なんですわ!」
そこまできっぱりと言い切って、窓際の後方の席に戻っていった。まばらな拍手は先程より静かになっている。オハイアリイの学籍番号のひとつ後ろは伯爵家のミーティヤ・ソンブルッド。オハイアリイの様子に辟易しながら立ち上がり、壇上に登り自己紹介を始める。ラナはそれに目をくれず、自分の隣のオハイアリイを横目で見てみる。オハイアリイはミーティヤの自己紹介を眺めていたが、ラナの視線に気がついて鉄扇を静かに開き、それで口元を覆うと、小声で返してきた。
「ラナンキュラス・トーイさん、自己紹介に集中なさい」
「わたしの名前を知っているんですか?」
オハイアリイに名前を呼ばれたのに驚いて、ラナは聞き返す。
「授業をともにする学友を知ることは公爵令嬢の義務でしてよ。ほら、前を向きなさい。話なら、休み時間に聞いてあげるわ」
促されて前を見る。ミーティヤの自己紹介はとっくに終わっていて、次の男子生徒の番になっていた。ラナはそれでもオハイアリイが気になって、何度もちらちらと見てしまう。そうこうしているうちにラナの順番が回ってきた。壇上へ立つとフルールレッドの生徒たちが嫌がおうにも目に入ってきて、視線を交わさないよう壁を見る。
「ラナンキュラス・トーイです。好物は、」
魚の、といいかけて口を閉じる。
「好物は、パンケーキです。よろしくお願いします」
ただそれだけを口にするのに酷く緊張した。クラスメートたちの顔を伺うと、ラナに対し暖かい視線を向けてくれている。安堵とともに自席に戻ると、オハイアリイが意味深な視線をよこしている。自己紹介はその後も恙無く遂行され、授業の終わりを告げるクロートニア大学校の由緒正しき鐘の音が鳴る。レドハイドは背筋をあからさまに伸ばしながら講堂を出ていき、生徒たちには束の間、学校という鳥籠の中での自由が許される。とはいえこの後に残るのは入学に際し必要な教科書の受け取りが控えているばかりで、生徒たちもいくらか解放された顔つきをしている。それをぼうっと眺めていると、隣から食欲をそそらせる香りがした。振り返ると、オハイアリイが鞄から紙に包まれたクラブサンドを取り出して食べているところだった。
「……ええと、シュペルフレーク公爵令嬢様。もうすぐお昼が控えているのに、間食をしていいのてすか?」
頬いっぱいにクラブサンドを詰めて幸せそうに食べていたオハイアリイは、「オハイアリイでよろしいわ」とハンカチて口を拭った。
「これも昼餉のうちよ。分けて食べないと、冷めてしまうもの」
言っている意味がわからず首を傾げていると、オハイアリイはクラブサンドをあっという間に胃袋におさめて呆れたようにラナを見る。
「わたくしは一度に人の二倍、食事をするのですけれどね。たくさん食べればそのぶん、他の食事が冷めてしまうでしょう。どんなに美味しくても、温かい料理が冷めてしまったら完璧とはいえないわ。わたくしは完璧な料理が食べたいの」
そう言いながらもう一つクラブサンドを取り出して頬張る。オハイアリイの食欲に軽く驚いていると、レドハイドが戻ってきた。その横には屈強な男がふたり、大きな箱を持ってついている。ガード・フルールと呼ばれる大学校の警備隊のメンバーだと、レドハイドが紹介していた。前から後ろへ、教科書が流されていく。はじめて見る装丁にラナが夢中になって見ていると、オハイアリイが小声て話しかけてきた。
「そういえば、貴方」
「はい?」
「自己紹介の時、なにか間違えたのかしら。あなた、好物を言う時、訂正しなかった?」
どくり、とラナの心臓がいやな音を立てる。
「そうですか? ……緊張していたので、そう見えたのかも……」
苦し紛れではあったが言い訳すると、オハイアリイは納得して前に向き直る。ラナは気が付かれないようにため息を吐いた。
聖クロートニア大学校は美の国ロティヤの中央に校舎が聳え立つ女神の学校である。ロティヤに伝わる女神リリメリアは世界のどの女神より美しさを欲し、この地に美をたたえる人間を集めた。今もその様子が色濃く残る王都には美男美女が行き交う。だからこそ、ラナンキュラス・トーイのような顔の整わない田舎娘は爪弾きにされるのが常識だった。本来ならばラナはクロートニア大学校の敷地に足を踏み入れることは叶わなかった。それを可能にしたのは、ひとえにラナの頭脳が人一倍優れているからである。幼い頃から覆せない容姿の差を背負い、ロティヤの誰からも見向きもされない日々であったが、それでも賢さだけは人一倍であろうと努力し続けた。そんなラナと同じクラスになったオハイアリイ・シュペルフレークは、ロティヤの二大公爵のうちのシュペルフレーク家の娘だった。彼女がその他の令嬢と違うところといえば、家の裕福さと、その体であろう。オハイアリイはひときわ食欲に色濃い興味を示し、飽くなき探求で食を求め続けた。その結果、ロティヤの美徳からは外れ、寸胴のような肉のついた体になっていた。それは社交界で幾度も囁かれ続け、周知の事実と化していた。ドレスに一度も袖を通したことのないラナですら知っているのだから、大学校に通う爵位さまざまな貴族の子たちが知らないわけがない。しかしオハイアリイは鬱々とすることなく、ただ真っ直ぐに立っている。ラナは自分の手のひらを見下ろした。ラナの肌は度重なる出稼ぎと畑仕事で黒く焼け、ロティヤの美徳からかけ離れている。筋肉のつきすぎた体はどうにも逞しく見えて、細くはない。他と比べて理想に程遠い自分に嫌気が差してラナは涙ぐんだ。オハイアリイが怪訝な顔をしたのに気がついてラナは涙を拭う。教壇の上のレドハイドが学校の終わりを告げる挨拶をした。皆が解放された顔で立ち上がるのを横目に、ラナはまたオハイアリイを見る。オハイアリイは教科書を鞄にしまい込み、教室を出ていこうとする。ラナもそれに倣って帰ろうとするとオハイアリイが振り返った。澄んだ紫がラナを射抜く。
「友達になりたいのなら、そう言ったらいかが?」
ラナは思わず頓狂な声を上げた。オハイアリイの思いがけない言葉は、ラナを硬直されるには充分すぎるほどの重みがある。
「えっ……と、」
「あら、違いまして? 確かにこんな豚と友達になるのは嫌ね、悪かったわ。では」
ラナが戸惑ってるうち、オハイアリイは一方的に別れを告げ足早に教室を出ていった。教室の入り口で呆然とするラナを哀れに思ったか、ある者が肩を叩いた。
「大丈夫?」
「あ……えっと、ソンブルッド様?」
「いいよ、ミーティヤで。よろしくね、ラナンキュラス」
手の主はミーティヤ・ソンブルッド。オハイアリイの後に凍りついた空気の中で自己紹介をやり遂げた生徒だった。ミーティヤは講堂内を見回す。その動きで、クラスメートたちがラナに注目しているのに気がついた。
「オハイアリイ様って凄く気難しい性格なのよ。気にしないほうがいいわ」
ミーティヤはラナの肩を擦る。ラナはオハイアリイが消えていった方向に視線をやった。
「あの、気難しいって……」
「あー……知らない?」
ミーティヤが言いづらそうな表情をしたのを見て、ラナはこくこくと頷く。
「ここじゃ不味いから、場所、変えようか」
ミーティヤに連れられて来たのは、大学校敷地内にある女子用食堂「クレプティンホール」。はじめてくるが賑わっている、と考えていると、ミーティヤはクレプティンホールの奥にある特個室の通路をずんずん進んでいく。入り口のガード・フルールはミーティヤを見ると、背筋を伸ばし、敬礼した。それを見たラナは先行くミーティヤの背を凝視した。ミーティヤは続く扉の十五番目に手をかけて、中へ入る。
「えっと、ここって」
「V特個室。私のお父様、この学園に出資しているのよ」
やはり、と気遅れしながらも、促されて革張りのシックなソファに腰掛ける。向かいにミーティヤが座る。
「万が一でもオハイアリイ様に聞かれていたら、私、この学校から追い出されちゃうかも」
ミーティヤが冗談めかして笑う。
「はは、冗談よ。でも、間違いなく居づらくなるでしょうね。いくら私が伯爵令嬢でも、公爵には勝てないわ」
「ええと、それで? オハイアリイ様が気難しいというのは?」
身分の話をするのが嫌だったラナは半ば無理矢理話題を逸らす。しかしミーティヤはそれに気が付かず、からっとした表情でラナに笑いかけた。
「まあ、気難しいっていったって、近づかなければなにもないの。ただね、その……」
ミーティヤは苦虫を噛み潰したような表情をほんの僅かに見せた。
「あのお方は、馬鹿にされると怒るから」
「えっ、それって、誰でも同じことじゃ……」
「そうね。でもオハイアリイ様は、ちょっと違うっていうか。皆がしてるアドバイス、例えばこうしたほうがいい、みたいな。そういうの、全部馬鹿にされてると思ってるみたい」
ラナが何も言えないでいると、ミーティヤは慌てて両手を振った。
「別に、嫌われてるわけじゃないのよ。でもね、誰も近寄らないの。不気味だから」
「不気味……?」
ミーティヤの言わんとすることがわからず、ラナは首を傾げる。宝石に例えてもおかしくないような物珍しい黄金色の瞳は伏し目がちに、フルールレッドの学徒服の裾を捉えている。
「だって、おかしいじゃない。どんな『美しい』にも当てはまらないのに、どうして表舞台に出てこられるのかしら」
ミーティヤの温度のない発言が、ラナの背筋を冷たくする。寒気のする左腕を手のひらで包み込みながら、その刃をいくども反芻する。
「……あ、ごめん。こんな、あなたにする話じゃなかったね」
上から下まで、ミーティヤはラナをじっくりと観察する。ねっとりとした視線に耐えきれず、思わず下を向いてしまった。女神の如く見えたミーティヤが、今は怖くてたまらない。
「えーと、ごめん。まずいこと言ったかも。いや、でも……」
ミーティヤが言葉を選ぼうとしていることすら、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。ラナは学徒服の裾をぎゅっと握った。
「大丈夫。ラナンキュラス、あなたは理解してるでしょ。大丈夫」
何故だかラナの背筋を這い回る嫌悪感が消えなくて、特個室を飛び出した。クレプティンホールまで戻ってくると、ガード・フルールの一人が訝しげに視線をよこした。人気のある中でも震えが止まらなくて、ホールから逃げるように出る。なりふり構わず走っていると、クレプティンホールと男子用食堂の「ガパンドホール」とを繋げる大庭園に出た。大きな噴水が三つ、荘厳に並び絶えず轟音を立てて存在を示している。その噴水の周囲には季節問わず数多の花が植えられ瑞瑞しく咲いていた。
「はあっ、はあっ……」
息を切らせたラナは腕をさすり、自分を守るように頭を振った。そして入学する時父が言っていたことを思い出す。
______ラナ。お前は僕たちにとって世界一可愛い子だけれど、世間はお前を可愛い子とは思ってくれない。だから、弁えて生きなさい。
「そういうことだったのね、お父さん……」
父の言わんとすることにラナの背筋はまた冷たくなる。零れそうになった涙をなんとか拭い、自分の手をまた見つめた。
______私がロティヤの美徳から外れているなんて、最初からわかってる。今更でしょう、ラナンキュラス・トーイ。
そう自分に言い聞かせるのは、とても惨めだと誰かが言っていた。それでもラナは心を落ち着かせ、気晴らしとばかりに顔を上げ周囲を見渡した。
大庭園の中には生徒たちがたくさんいるが、その中にひときわ目立つ存在がいる。よく目立つ大きな体の女子生徒。オハイアリイがガパンドホールへ入っていくところだった。行き先が男子用であることに気がついたラナは、思わずその背中を追いガパンドホールに入る。ガパンドホールはクレプティンホールよりもざわついている。そのざわめきの中心には、オハイアリイ。
「シュペルフレーク様!」
「あら、ラナンキュラス・トーイ。あなたもこちらに来たのね」
オハイアリイは好奇の視線もざわめきも咎の声も気に留めず、堂々と立っている。
「何か用?」
鉄扇で口元を隠したオハイアリイの表情は読めない。笑っているようにも、怒っているようにも見える。
「えっ……と、こちらは男子用食堂では?」
「ええ、そうですわね」
オハイアリイはその間もどんどん進んでいき、学食受け取り口の列に並ぶ。ラナがオハイアリイに近づくべきか迷っていると、後方にいた男子生徒の呟きが聞こえてきた。
「シュペルフレークの娘って、本当に我儘なんだな」
そのしみじみとした声色にまた寒気がやってきて、ラナはオハイアリイに近づく。
「シュペルフレーク様、クレプティンホールに行きませんか?」
ラナはできるだけ気安くならないよう注意しながら声を掛ける。オハイアリイはラナを一瞥しただけで、前の開いた列に連れ込んだ。強制的に並ばされたラナは思わずオハイアリイを見る。
「クレプティンホールでは量が足りないのよ」
そう言われて、思考が止まる。その間にも列はどんどん進み、ラナは情けなく周囲を見渡す。男子生徒が声を潜め話をしているのが、全て自分への悪口に思えた。そうこうしているうちにラナの番がやってくる。
「いかがいたしましょう」
受付の男に話しかけられどもっていると、オハイアリイが後ろから声を掛ける。
「Aセットを二つとBセットを一つ」
「かしこまりました」
オハイアリイは窓口から離れ、誰も座っていない四人掛けの席に座る。ホール二階の、景色が見渡せる席だ。
「あの、お料理は……」
「運んできてくださるわ」
なんでもないように言ってのける。無言のオハイアリイに話を切り出す糸口を探しているうち、一人のガード・フルールによって三食のプレートが運ばれてきた。
「あなたはこちらね」
渡されたのはオハイアリイが二つ注文したAセットのうちの一つ。メインの皿にサーモンを使ったキッシュが二切れ乗った、至ってシンプルなものだ。対してオハイアリイの前には、ラナと同じキッシュの他に、Bセットのポークステーキが置かれている。ポークステーキを口に運んでいたオハイアリイは、ラナが食事を食べないのを見て不機嫌そうに目を細めた。
「食べないの?」
「あ、食べます、食べます……」
ラナはオハイアリイの食事に唖然としながらも、キッシュを一口一口切って運ぶ。その味に舌鼓を打っていると、オハイアリイの唇が不意に綻んだ。
「あら、やはり魚が好きなのね」
その言葉にラナは口を覆った。顔に出ていたのだと青褪める。一連の様子を見ていたオハイアリイは、無言でキッシュを口に放り込んだ。
「美味しいわ。やはり魚が庶民の食べ物だなんて、閉塞的でナンセンスよ」
「……え?」
「こんなに美味しいのに皆食べないなんて可笑しいと思わなくって?」
まさか肯定されるとは夢にも思っていなかったラナは、目を丸くする。
「シュペルフレーク様は、魚を食べるんですか」
「ええ。どこかの王子なんか、骨が嫌だってはしたなく喚くけれど。美味しいのだから食べない選択肢はなくってよ」
オハイアリイは優しい笑顔で、またポークステーキを食べるのを再開する。ラナは暫くそれを見ていたが、やがて自分の分のキッシュをまた食べた。
魚が庶民の食べ物であるという共通認識は、少なくともロティヤ建国500年頃からある風習である。最近では現王妃が他国の名産である魚を食べて話題になったこともあったが、いまだ貴族が食べるには気品の足りないものだとされる。ラナの実家などはよく食べていたが、それも本来、知られてはいけない。まして貴族学校である聖クロートニア大学校に、魚の好きな人物がいていいはずがない。それでもオハイアリイはそれを好きと言ってのけた。美味しいと言ってのけた。好んで魚を食べる自分を肯定されて気がして、ラナは少しだけキッシュを食べる手を早めた。
それでもおまけと称されたオレンジゼリーを食べきる頃には、オハイアリイはすっかりその二つのセットを胃に収めたあとだった。食べている最中の会話は何もなかったが、なんとなく居心地がいいのは、ラナがオハイアリイに同族意識を持っているからか。ナプキンで口元を拭いたオハイアリイは、机の端にあったベルを鳴らす。どこからともなくガード・フルールが現れて、食器を片付けていった。
「えっと、お代は」
「いいわ」
オハイアリイは立ち上がると、ラナを澄んだ瞳で見つめる。
「今、貴方こう思ったでしょう」
鉄扇を開き、またわざとらしい猫なで声で甲高く鳴いた。
「豚が豚を食べるなんて、正に共食い!」
呆気に取られていると、オハイアリイは勝ち気に微笑んだ。まるで鬱々とした感情を感じさせない仁王立ちで立ちはだかる。
「そう思うなら関わってもらわなくて結構。ごきげんよう、ラナンキュラス・トーイ?」
戸惑うラナに一方的に別れを告げ出ていこうとするオハイアリイを、思わず引き止めた。シルクのフルールレッドを掴むと、オハイアリイはなんでもないように振り向いた。ラナはオハイアリイの顔こそ見れなかったが、学徒服の袖をしっかりと握り、ひとつ深呼吸をした。
「そ、その……シュペルフレーク様、友達に、なってください!」
一つ言えば、ラナンキュラス・トーイがそんな言葉を発したのは、決してオハイアリイ・シュペルフレークに呑まれたわけでなく、彼女の金や権力に目が眩んだわけでもない。ただラナにとって、オハイアリイが近づきたい存在だったからだ。そしてそれを、オハイアリイは知る由もない。貧乏子爵令嬢のラナを金目当てだと断ずることもできた。しかしオハイアリイは、そうしなかった。
「いいわ、ラナンキュラス・トーイ。今からわたくしたちは、『お友達』よ」
自らに向かって優しく微笑むオハイアリイを、ラナは眩しそうに目を細めて見つめた。
「よろしくね、ラナ」




