3. 『彼女』
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「離婚してちょうだい!わかってるわね?!」
旦那の母親がきつい口調でいい放った。
「い、嫌です!離婚なんて・・離婚なんて・・・!!」
女が旦那にすがりながら、旦那と旦那の母親を交互に見る。
「こんな女と知ってたら結婚なんかさせなかったわ!!」
旦那の母親は怒気をまとってさっさと店から出ていった。あとを旦那の父親がついていった。
かかあ天下だな完全な。
「あ・・、ねぇ、離婚なんかしないわよね?ね?あたししかつきあってくれる女はいなかったっていってたじゃない!?結婚してくれて嬉しいって!あたしを大切にしてくれるって言ったよね!!苛めたことなら謝るわ!お墓に行って謝るから!!」
「君はつくづく自分のことしか考えていないんだな。人を死ぬまで追い詰めておいて、反省もろくにできない君とこれ以上生活していくくらいなら、独り身のほうがまだマシだよ。とにかく、ここに居ては迷惑だ。君の実家で話そう」
「なんで?なんであたしの実家なの?!」
「君の荷物は業者に頼んで実家にすぐに送るから」
「いや・・!いや・・!いやよおおお!!」
ばいばーい。
ばーかばーかばーか。
ざまぁみやがれ。
私に絡んで読書の邪魔をするからだよ。
女は旦那と実の両親に引きずられて店を出ていった。
今度はお前が地獄のなかで生きていく番さ。
一生かかって苦しめ。
自業自得だ。
・・・・・。
生き地獄を味わった『彼女』がこれを知ったら、多少なりとも気持ちは晴れるだろうか?
いや、気持ちが晴れるなど無い。
自らを殺した罪を、『彼女』はすでに背負ってしまっている。
被害者である『彼女』は、あろうことか平安を求めたはずの死によって、罪を背負わされてしまったのだ。
生の世界でも死の世界でも行き場を失った『彼女』は、誰もいない暗闇の中、泣きながら孤独に歩き続けた。
長い長い時間を━━━
そんな『彼女』に比べたらあの女はまだ・・。
『彼女』とはあれから会うことはない。
成仏できたのならば喜ばしいことだ。
でも、もしもまだ、『彼女』がどこかでさ迷っているのなら、
『彼女』の得てしまった罪が、早く赦されますようにと、私は祈る。
「お疲れ様。大変だったね」
店のご主人がコーヒーをテーブルに置いてくれた。
いいえ、私がここにいたせいで、ご迷惑をかけてしまってすみませんでした。
「ははは、いいんだよ。客商売してるといろいろあるもんさ」
しかし、
『そして誰もいなくなった』
の、状態である。
店内にいた客は一人残らず去ってしまっていた。
「明日は元に戻るでしょ」
ご主人は笑った。
私は申し訳ないながらも笑顔で答え、コーヒーに鼻先を近づけた。
うん、いい匂い。
飲めないけど匂いだけで飲む感覚と同じになる今の私。
ご主人はそれを知ってるせいか、一番香りの豊かな種類のコーヒーをこうして私にいれてくれる。
ありがとう。
感謝の気持ちが溢れる。
この店に幸あれ。
成仏したら真っ先に神様にご主人の幸せとこの店の商売繁盛を進言するよ。
それまでどうか・・・、
どうかしばらくこの席をお貸しください。
了。