第99話 曇天に舞う羽
「今聞いた話を整理すると、まずはその、霊峰アイオーンに行かなくちゃだね」
ヴァンデンスの言葉を信じるかどうかは置いておくとして、サラマンダーの言葉に俺も賛同する。
そもそもの話。霊峰アイオーンに行くのは当初の目的だったわけだ。
当然、俺以外の皆も同じく賛同しているみたいで、少し黙り込んだ後に、ぽつぽつと話が進み始めた。
「霊峰アイオーン……それって結局どこにあるチ?」
「ここから南東じゃよ。まぁ、まっすぐ南東に進むのは勧めんがな。一度、南のセルパン川跡に向かうのがいい」
「セルパン川……?」
どこかで聞いたことあるような無いような、そんな川の名前に俺が首を傾げていると、ヴァンデンスが続ける。
「あぁ、行けば分かるとは思うが、とてつもなく巨大な岩の橋が掛けられている場所のことじゃ」
「イワのハシ……」
「ガーディ、食い物じゃないからね?」
「ワ、ワカッテル!!」
涎を垂らすガーディと、嗜めるサラマンダー。
そんな2人に微笑みを溢すロネリーの背後で、ウンディーネが口を開いた。
「その橋を渡ったら、東に進めばいい。と言うことであろう?」
「物分かりが良い嬢さんだ。ほれ、もっとこっちに寄らんか?」
「寄る訳が無かろう、戯けが……」
「つれないのぅ」
教えてくれてる相手に辛らつだな……。
なんて、当のウンディーネに直接言えるわけもなく、俺が苦笑いしていると、ペポが言う。
「ちょっと待つチ。霊峰アイオーンに行くのは良いチ。でも、フェニックスが居ないと意味が無いチ?」
「おぉ。そうじゃったそうじゃった。その話もせんとな」
彼女の言葉で思い出したらしいヴァンデンスは、頭をボリボリと掻きながら告げる。
「良いか? フェニックスとは不死鳥と呼ばれている幻獣。そのフェニックスが死んだとき、どうなると思う?」
「死んだら死んだままじゃないのか?」
「違う。フェニックスは死ぬと、火の中から蘇るのじゃよ。だから不死鳥と呼ばれておる」
「火の中から……蘇る」
その蘇り方は、地底監獄で見たフェニックスの能力と何か関係があるんだろうか?
なんて俺が考えている間にも、話は進んでいく。
「そうじゃ、そして、このあたりにある火と言えば、北の魔王城付近だけ。まぁ、ウィーニッシュの城に無いとも言えんがな」
「……それはつまり、一度フェニックスを殺せってことでしょうか?」
「まぁ、そういうコトじゃな」
ロネリーの問いとヴァンデンスの応答の後、一瞬訪れる沈黙。
そんな気まずい空気を打ち消すように、ケイブが口を開いた。
「ってことは、誰かが魔王ウィーニッシュの浮遊城を徹底的に破壊する必要がありそうゴブゥ」
「その破壊に紛れて、フェニックスを殺すってことか」
「それができるのは……」
空に浮かんでいる城に、嵐の中を掻い潜りながら接近し、攻撃する。
そんなことができるのは彼女達しか居ないだろう。
そう考えた俺と同じように、自然と全員の視線がペポとシルフィに集まった。
「アタチ!? ま、まぁ、飛べるのはアタチだけってのは、分かってるチど」
「まぁ、細かな打ち合わせは余所でやってくれ」
焦るペポがぼそぼそと呟いた時、まるで疲れたように大きなため息を吐いたヴァンデンスが、起こしていた上半身を仰向けに寝せた。
そして、寝たままの体勢で俺達に向かって告げる。
「悪いが、流石のワシも、そろそろ限界が来てるみたいでな、最期くらいは、この相棒と2人きりにさせてはくれないか?」
「最期って……」
肩に止まる蝶のラックを指さしながら言うヴァンデンス。
そんな彼に、冗談言うなよ、と言おうとした俺は、しかし、続く彼の言葉に一瞬呆けてしまう。
「冗談などではないぞ? なにせ、ワシは気合と根性で150年間、ただただ、お主らを待っておっただけじゃからな。そろそろ、役目も全うできたってもんじゃろう」
「……150!? ヴァンデンス、あんた一体何者なんだよ」
「最初に言ったじゃろう? しがない老人だ。ただ一つ、弟子の尻拭いをするためだけに生きながらえた、老骨じゃよ」
そう言ったヴァンデンスは、それ以上深く語ることなく、俺達をその場から追い払った。
追い払われては仕方がないと、そのまま元来た道を戻り、ダンジョンの外に向かう。
道中、サラマンダーの仄かな灯りに照らされる狭い洞窟は、俺達に考える時間と環境を与えてくれた。
そうして、ようやくダンジョンの縦穴に出た俺達は、直後、背後から迫り来る無数の音を耳にする。
咄嗟に振り返った俺達を追いこしていくように、飛び込んで来た無数の鮮やかな蝶が、そのままダンジョンの縦穴を登って曇天へと向かう。
そんな空を見上げた俺は、蝶に覆われた曇天が、一瞬だけ晴天に変化したのを目の当たりにした。
これは、ヴァンデンスとラックが最期に見せてくれた幻覚だろうか? それとも未来?
今見た光景を瞼に焼き付けながら、そっと目を伏せた俺は思う。
この曇天に向かって飛んで行った無数の羽は、散って行ったんじゃない。
鮮やかに軽やかに健やかに。そして楽しげに舞って行ったんだと。




