第98話 策
危機を救ってくれたおじさんが、ラックの作った幻だった。
そんな驚きを胸に抱えたまま、俺達はしばし休息する。
色々とヴァンデンスに聞きたいことはあったけど、それはペポ達が目を醒ましてからにしよう。
そんなヴァンデンスの提案を呑んだ形だ。
まぁ、正直俺も疲れてたし、ありがたい提案だってことは間違いない。
「で? 今はどういう状況チ?」
「それは僕も気になるなぁ」
目を醒ましたペポ達のそんな言葉で、ようやく話し合いが始まる。
「まぁ、色々あったわけだけど、簡単に言うと、このお爺さんが俺達を助けてくれたんだ」
「そう言うことだ、少年少女諸君、この老いぼれのことをしっかりと敬いなさい」
「そ、そうチ? 助かったチ。ありがとうチ」
「ありがとうございます。僕、もうダメかと思っちゃってたよ」
ペポやサラマンダーに続いて、俺達は一通り礼を言った。
サラマンダーの言う通り、ヴァンデンスが居なかったら本当に、俺達は皆捕まっていたかもしれない。もしくは殺されていた可能性だってある。
命の恩人だ。
得意げにニヤケて見せる老人の姿は少し気になるけど、意識的に気持ちを落ち着けた俺は、改めてヴァンデンスに声を掛けようとした。
その時、割って入るようにロネリーが口火を切る。
「あの、色々と聞きたいことはあるのですが、まず初めに、あなたは何者ですか?」
「ん? 言ったじゃろ? ワシはお主らを待っておった、しがない老人じゃよ」
「そうじゃなくて、どうして私達のことを知ってたんですか? 私達を待ってたって、どういう意味ですか?」
「それを説明するためにはまず、これを言っておかねばならん」
そこで言葉を区切ったヴァンデンスは、小さく咳払いをした後、キメ顔で告げた。
「ワシは未来を見れるんじゃよ」
「未来を見れる!? それは本当なんですか!?」
ヴァンデンスは驚くサラマンダーの様子に満足したらしい。
気分良さそうな顔で続きを話し始めた。
「本当じゃよ? それで、お主らがかの魔王達を解放するのを見たのじゃから」
「解放? 倒すとか、そんな話じゃないのか?」
「さぁ、ワシにもそんな細かなところまでは分からん」
未来が見えるんじゃないのかよ。なんてことを言えるはずもない。
ヴァンデンスがどこまで本気で言っているのか、正直、俺には判断できそうもないな。
少なくとも、俺達にとって敵ってわけじゃなさそうだ。
「それでじゃ、お主らにワシが持っている情報を授けようと思っておる」
「魔王について、何か知ってるんですか?」
「あぁ、色々と知っておるぞ。と言っても、殆どが風雷の魔王ウィーニッシュのことについてじゃがな」
「僕たちが一番知りたいことだね」
1つ咳ばらいをしたヴァンデンスは、どこか遠い目をしながら続ける。
「ウィーニッシュには4人の強力な配下が居る。そのうちの1人が、アーゼンじゃ。あのスキンヘッドの男じゃな。それから、メアリーという氷使いの女と、ゲイリーという隠密に長けた男。そして、弓使いのマーニャじゃ」
「あの男以外に3人も居るゴブか……」
「手強そうゴブゥ」
「さらに、あ奴らが拠点にしている浮遊城は、ウィーニッシュの思いのままに移動することができる。なにしろ、あの城をこの150年間浮かべ続けているのは、ウィーニッシュなのだからなぁ」
「150年間ずっと浮かべ続けてるチ!? 桁違いチ……」
「シルフィと同じように、風を操ってるんでしょうか? だとしたら、よほどの使い手ですね」
「そうじゃな。じゃが、お主らが気を付けるべきなのは専らアーゼンじゃろう。なにしろ、他の奴らはあまり好戦的ではないからなぁ」
「そうなのか? それは、俺達的には好都合だけど」
「そうも言っておられんぞ? さっきも言ったじゃろう? あの城はウィーニッシュの思いのままに動いてしまう。つまり、攻め込むこと自体難しいのじゃ」
ヴァンデンスの言葉に、俺を含む全員が黙り込んでしまう。
ただでさえ城への侵入が困難なのに、逃げられたら、フェニックスを助けに行くこともできない。
どうしたらいいんだ?
改めて、先行きの不透明さに気づかされた俺達。
だけど、そんな俺達の様子を見たヴァンデンスは、安心しろとばかりに笑みを浮かべる。
「案ずるな。策が無いというワケでも無い」
そう言った彼は、ゆっくり上半身を起こしたかと思うと、そっと俺を指さした。
「ダレンとノームは、霊峰アイオーンから海へ続くような川を作れ」
続いて、彼の指がサラマンダーに向けられる。
「サラマンダーは、海へ流れた川の水を蒸発させよ」
更に、ペポに指先を向けた彼は続ける。
「ペポとシルフィは、蒸気を風に乗せて、世界中へ広げよ」
最後に、腕を降ろしたヴァンデンスは、ロネリーとウンディーネに目を向け、告げた。
「この一連の媒体を、お主達が生み出すのじゃ」
「あの、そんなことをして、何の意味が……」
当然の疑問を口に出すロネリー。
しかし、そんな彼女の言葉を遮るようにして、ヴァンデンスは言う。
「さすれば、あの方を蘇らせる礎を作ることができるじゃろう」
「あの方?」
「そう、かつてお主らの代わりに、世界の均衡を保っていた女神、ミノーラ様じゃ」
「……女神!?」
突拍子の無い話に、思わず声を漏らした俺は、妙に真剣な眼差しのヴァンデンスに圧倒されてしまった。
多分、彼は本気でその女神とやらを蘇らせるつもりらしい。
って言うか、蘇らせるってどういうことだ?
そもそも、どうしてヴァンデンスはそんなことを知ってるんだ?
湧いて出てくる疑問を、俺が言葉にしようとした時。
右肩にとまっているラックに視線を落としたヴァンデンスが、小さく呟いたのだった。
「言ったであろう? ワシは未来を見れるのじゃ」




