第95話 覚束ない
風を吐き出すシルフィが見る見るうちに縮んでゆき、それに伴って、押しつぶすような上からの風が少しずつ弱まってゆく。
普通なら、その時点で立っていられる人物なんていないはずだ。
そんな俺の確信は、目の前に立つ男によってあっけなく覆された。
「おいダレン、こいつ、マジで強そうだぜ」
「だな。今までの奴らとは格が違いそうだ」
元の姿になったシルフィをペポが回収している中、未だに陥没した地面の上に立っているスキンヘッドの男を見ながら、俺とノームは言葉を交わした。
両腕を大きく広げて、空を仰ぎ見ている奴の視線の先には、間違いなくペポとシルフィが居る。
「オメェらも強ぇじゃねぇか!!」
大層嬉しそうに笑みを浮かべながらそう叫んだ男は、体勢を低くしたかと思うと、両足に力を籠め始めた。
明らかに、何かをしようとしている。
そう直感した俺は、先ほどこの男が現れた時の事を思い返しながら、皆に向かって叫んだ。
「跳ぶ気だ!! ペポ!! 気を付けろ!!」
「遅い!!」
俺が叫ぶと同時に、力強く踏み込んだ男が、勢いよく跳びあがる。
その跳躍力は、もはや人間のそれではない。
地面に大量のひび割れを作って、跳びあがった彼は、まっすぐにペポの元へと突っ込んでゆく。
「アタチに空中戦を挑むなんて、生意気チ!!」
回収したシルフィを背中に乗せ、華麗に宙を舞いながら男を迎え撃ったペポは、ひらりと男の突進を躱して見せた。
その様子を見て、流石のスキンヘッドの男もオルニス族相手に空中戦は無謀だったか。
と俺が考えた直後、事態が一変する。
「甘いぜ!!」
自身の攻撃が躱された瞬間、勢いよく体をひねった男はそう叫んだ。
すると、いつの間にか男の腰から生えていた太い尻尾が、鋭くしなってペポに重い一撃を浴びせる。
「うっ!!」
背中に叩きつけるようなその一撃を受け、気を失ってしまったのか、落下を始めるペポ。
「ペポ!!」
「私が受け止めます!!」
咄嗟に叫ぶ俺と、水を身に纏いながらペポの落下地点に向かって走るロネリー。
残りの俺達も、彼女の援護に回ろうと一歩を踏み出した時、まるで俺達の動きを呼んでいたかのように、頭上からスキンヘッドの男が降って来た。
「させねぇよ!!」
未だに落下をしているペポよりも、先に落ちて来た男は、走っているロネリーに向かって突進を仕掛ける。
「ロネリー!!」
「アブナイ!!」
俺と同時に叫んだガーディが、男の背中に飛び掛かるが、そんな彼をものともせずにロネリーの眼前に躍り出る男。
その剛腕を大きく振りかぶった男は、容赦なく拳の一撃を放った。
重たく武骨なガントレットの拳が、ロネリーの腹めがけて放たれる。
ヤバい!!
俺がそう思った時、2人の間にサラマンダーが割り込むのを俺は目の当たりにした。
「ぐぅ!!」
「きゃあ!!」
サラマンダーの鱗と、ウンディーネの水。
それらで拳の衝撃を和らげたにもかかわらず、サラマンダーとロネリーは勢いよく後方へと吹き飛ばされ、壁に衝突する。
「ロネリー!! サラマンダー!! くそ! ノーム! 行けるか?」
「やるしかねぇだろ!!」
俺の呼びかけに応じるように、地面の中に飛び込んでいったノーム。
すぐに足元を踏みつけた俺は、飛び出して来た岩の槍を手に取って、スキンヘッドの男に突っ込んでいく。
「ちょこまかとうぜぇやつだ!!」
素早い動きでスキンヘッドの男を翻弄しつつ、巧みに攻撃を仕掛けているガーディ。
彼に対して苛立ちを見せる男は、大きく両腕を振り上げると、勢いよく振り下ろした。
振り下ろされた奴の拳が、周囲の地面を粉々に砕いてしまう。
その結果、男の周囲を駆けまわっていたガーディは、足元の安定を失い、大きく失速してしまった。
「ヤバッ!!」
「まだまだだぜっ!!」
バランスを崩し、転倒しそうになっているガーディが、短く声を漏らした時。
その隙を待っていたかのように足を振り上げた男が、ガーディを踏みつけにしてしまう。
砕けた地面の中に、うつぶせの状態で踏みつけられたガーディは、気絶してしまったのか動かない。
それらを全て目にしていた俺が、強く歯を食いしばりながらも槍を構え、男に飛び掛かろうとした時。
男のすぐ脇に、ペポが落ちてきた。
そんな彼女が地面に落ちる直前、何を思ったのかスキンヘッドの男はペポを尻尾で受け止めると、そっと地面に降ろす。
「こいつは強ぇからなぁ。もっと楽しませてくれねぇと」
そう言った男は、視線を上げて俺を睨み付ける。
「残りはお前だけだぜ? さぁ、俺を楽しませてくれよ」
「この野郎!!」
俺は槍の柄を強く握りしめ、勢いよく男に突進する。
しかし、俺の攻撃は全くと言って良いほど通用しなかった。
激しい突きも、薙ぐような斬撃も、ノームとの連携も。
防がれ、躱され、打ち砕かれる。
そしてついに、全身の疲労が限界にまで達した時、頃合いを狙ったかのように拳を構えた男は、躊躇うことなく打ち込んでくる。
槍で防御しようとしたけど、重く固い一撃を受け、あっけなく折れてしまう。
そのまま、腹部に一撃を受けた俺は、後ろに吹っ飛んで地面を転がった後、仰向けのまま動けなくなった。
身体に力が入らない。
痛みと苦しみと熱が、腹から全身に広がっていく。
男がゆっくりと俺の方に歩いてくる。
このままだとまずい。
そう思う俺の思考に、2つの声が飛び込んでくる。
「俺の名はアーゼンだ。お前らを打ち負かした男の名、覚えておけ」
勝ち誇りながら告げるスキンヘッドの男アーゼン。
そんな彼の言葉に被せるように聞こえてきたのは、酷く素っ頓狂な言葉だ。
「お~い!! そこの禿げ頭~!! 酒は~、ヒック、無いのかぁ!?」
「なっ!? てめぇは!!」
どこからともなく現れた男の声に、驚きを見せるアーゼン。
何事かと、声のした方に視線を向けた俺は、フラフラと覚束ない足で歩く男の姿を見つけたのだった。




