第92話 知っている
「なんていうか……意外だったな」
俺の頭の上でそう呟くノーム。
彼の言葉に大きく頷きかけた俺は、それをグッと堪えた。
前ウンディーネの継承者であるレンが好きだったのは、リサだった。
最後の最後に告げられたその事実には、確かに驚かされたけど、そんなに変な話なんだろうか?
元々ガスと二人で暮らしてた俺にとって、そういう感情を意識する機会が無かったワケで、少し不思議な感覚だ。
「てっきり、ダンの方だと思ってたよなぁ」
「オイラもそう思ってたぜ」
「何の話をしている?」
置いてけぼりを喰らっている状況が気に喰わないのか、ウンディーネが尋ねてきた。
「16年前の記憶の話だよ。ここで、レンとホルーバが話をしてたんだ」
「ほう」
「で、その最後の最後に、レンの好きな人がリサだったって聞いて、驚いてるってワケだ」
「そうなのか」
説明を求めてきた割に反応が薄くないか?
なんて疑問を抱きつつも、俺は深く考えることなく話を進める。
「気持ちを伝えるとか言ってたけど、結局どうなったんだろうなぁ」
「さぁなぁ。分かることって言えば、今回の記憶はカルト連峰で見た記憶よりも古いってことだよな」
「そうなのか?」
「だってそうだろ? 前見た記憶では、グスタフのことを残念がってたじゃねぇか。でも今回は、魔王を倒せるかって言ってた。つまり、まだグスタフは無事ってことだろ。オイラはそう思うけどな」
得意げに告げるノームを見た俺は、なるほどなぁと呟きながら思考を巡らせる。
ノームの言うことが合ってるとしたら、カルト連峰の温泉に至るまでに、レンはリサに対して気持ちを伝えることができていないんじゃないだろうか。
そこまで考えた俺は、思い出したようにロネリーに目を落とす。
スヤスヤと眠ってる彼女の顔は、とても可愛い。
って、そんな話じゃなくて、彼女の様子が変わったって話だ。
想いの種を見る前にも話してたけど、多分ロネリーは、態度で気持ちを伝えてくれている……んだよな?
同じようなことを、レンもしようとしてたんだろうか。
だとしたらそれは、とても勇気のいることだと思う。
そこまで考えた俺は、カルト連峰で告げられた言葉を思い返した。
『女は色々な顔を持ち合わせているものです。きっと、あなた方も近い内に知ることになると思います』
そう言ったのは、ユキコだ。
もしかして彼女は、こうなることを知っていたんだろうか?
なんて、そんなことありえないよなぁ。
自嘲気味に笑みを溢した俺は、そう言えばと首から提げていた例の指輪を取り出す。
掌の上に乗せ、その小さな輝きに俺が目を落としていると、不意にウンディーネが声を掛けてきた。
「ダ、ダレン……それを、どこで?」
「ん? ウンディーネ、この指輪のこと知ってるのか? 実はな……」
指輪を手に入れた経緯を話そうとした俺は、大きな違和感を抱き、すぐに言葉を切った。
「……ウンディーネ。どうしてこの指輪のことを知ってるんだ?」
「ん? 確かに、ダレンの言う通りだな。なんで知ってるんだ?」
俺と同じように違和感を覚えたらしいノームも、ウンディーネに目を向ける。
当のウンディーネはと言うと、顔を引きつらせながら俺達から視線を逸らしてしまう。
怪しい。
この指輪はユキコが大切だと言ってた物で、俺に返すとも言ってた物だ。
明らかに、ウンディーネが知っているような物じゃない。
可能性があるとすれば、この指輪が世界的に有名な物だということ、そして……。
そこまで考えていた俺は、直後、顔面に大量の水を浴びることになる。
「ぶわっ!! 何するんだウンディーネ!?」
「きゃぁ!! 何!? 何ですか!?」
突然水を浴びせられて文句を言う俺と、飛び起きるロネリー。
そんな俺達の声を聞いた他の皆も、岩の下で目を醒ましてしまったらしい。
眼下から注がれる視線に気づいた俺は、顔の水を拭いながらウンディーネを睨んだ。
「あ、あれ? 私……寝てた?」
隣で動揺しているロネリーを放置する形で、無言のままにらみ合う俺とウンディーネ。
そんな俺達の様子に気が付いたのか、ロネリーが恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「あの……どうかしたんですか?」
「ロネリー、ちょっと聞きたいことが……」
「終わりじゃ、ロネリー、もう降りるぞ。流石のワラワも今日は疲れてしまった。辺りも暗くなっておるし、休むべきであろう?」
念のためにロネリーに質問をしたいけど、ウンディーネが強引に妨害を挟んでくる。
やっぱり、これは間違いなさそうだ。
慌てている様子のウンディーネを見た俺は、一人で納得しながら、ロネリー達を見送った。
ウンディーネに追い立てられるロネリーの困惑した表情から察するに、ロネリーも詳しくは知らないのかもしれない。
そうして、再び辺りに静寂が訪れた頃、沈黙を続けていたノームが不意に声を掛けてくる。
「おいダレン。どうして言わなかったんだ?」
「……どうして、か。そうだな、これと言った理由は無いよ」
「なんだそりゃ」
「まぁ、気持ちは分かるけど。でも、あの感じだと、ウンディーネはロネリーにも隠してるみたいだったろ?」
「だな。それはオイラも思ったぜ」
「ってことは、それなりに隠す理由があるんじゃないかなって、思ってな」
「あるじゃないか、理由」
「これは理由って言うより、勘って奴だろ? たぶん」
呆れて見せるノームから曇り空に視線を移した俺は、大きなため息を吐く。
今日は色々と疲れた。
本当のことを言うと、今すぐにでも横になって、眠りについてしまいたい。
もうへとへとだ。
それでも、頭を働かせ続けた俺は、今までのことを思い返し、そして改めて確信した。
ウンディーネは、16年前のことを知っている。
それは、知識としてではなく、実感を伴った経験として。
だったらなぜ、彼女は俺達に、過去のことを教えてくれないんだろうか。
そこには何か、深い理由があるのかもしれない。
まるで、暗く分厚い雲の向こうにある太陽のように、今の俺にはその理由が見えない。
だけどもしかしたら、時間が経つとともに雲が動き、晴れ間が顔を覗かせることがあるんじゃないだろうか。
その時まで、待ってみるのもいいかもしれない。
なんてことを考えながら、俺は時間が流れてゆくのを待ったのだった。




