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そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第8章 野生児と曇天に舞う羽

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第91話 想いの種:私の好きな人

「ホルーバ」

 そう呼び掛けたのは、金色こんじきの髪を持つ女性、レンだった。

 彼女はロネリーの前にウンディーネを継承けいしょうしていた女性だ。


 岩の上に登って来たばかりらしい彼女は、両手を軽くパンパンと叩きながら、ふちに立っているオルニス族の女性に近寄って行く。

 そんな彼女の背後から様子を見ている『オレ』は、振り向くホルーバの顔を観察かんさつした。

 鋭く力強い眼光がんこうと、大きな翼をもつ彼女の姿は、とても凛々(りり)しく見える。


「どうした、レン。見張りの交代には少し早いと思うが?」

「ちょっと、眠れなかったから……それに、外の空気を吸いたくなっちゃって。ここ、座っても良い?」

「構わないぞ」


 ホルーバの許可を取ったレンは、ゆっくりとした動きで腰を下ろした。

 そして、しばらくのあいだ黙り込んで、遠くの景色を眺めている。

 対するホルーバは、周囲に警戒けいかいをしながらも、足元に座っているレンに何度か目を落とす。


「どうかしたのか?」

 何も言わないレンの様子にごうやしたのか、1つため息をこぼしたホルーバが、短く告げた。

「え?」

「眠れないと言っていただろう? そういう時、大抵たいていの人間は、何か悩みを抱えているものだ」


 まるで全てを見通しているかのようにそう言ったホルーバは、遠く南の空に視線を飛ばしている。

 彼女に釣られるように、南の空を見た俺は、そこに浮かんでいる巨大な浮島うきじまを目にした。

『あれは……もう1人の魔王の城、だよな』


 思わずつぶやく俺を置いてきぼりにするように、レンが口を開く。

「私達、ちゃんと魔王を倒せるんでしょうか?」

 ぽつぽつと、小さな声でつぶやくレン。

 そんな彼女の声を聞き取ったのか、ホルーバはフンッと鼻を鳴らして笑う。


え切らない奴だ。そんなに自信が無いのか?」

「……ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「…………ごめんなさい」


 謝罪しゃざいを続けるレンとホルーバの間に、沈黙ちんもくが流れる。

 当然、2人の間に流れている空気は、かなり気まずかった。

 正直、その場にいない『オレ』までもが、気まずさを感じる程だ。


 そんな空気に耐えかねたのか、大きな深呼吸をしたレンが口火くちびを切る。

「あの……ホルーバはどうして、そんなに強いの?」

「アタイが強い? なぜそう思う?」

「だって……」


 ホルーバの問いに、口をよどませたレンは、うつむいたまま黙ってしまった。

 遠くの雲に雷光らいこうが走り、ゴロゴロという音が響いて来る。

 そんな音の後、小さくため息を吐いたホルーバは、左の翼を広げると、そっとレンの頭の上にかぶせる。


「ホルーバ?」

「レン、お前が何に悩んでいるのかも、アタイのどこを強いと感じたのかも、正直、全然分からない。だけど、それは当然だ。誰しも、表面に見えてこないものを目にすることはできないのだからな」

「う、うん」


 困惑するレンに対して、ホルーバは更に言葉を続ける。

「レン、アタイが今、どんな表情を浮かべているのか、分かるかい?」

「……翼が邪魔で見えないよ」

「だろう? アタイにとっては、アンタの考えていることがまさに、見えないんだ」


 そう言うホルーバの表情を見た『オレ』には、彼女が怒っているように見えた。

 まぁ、彼女の気持ちが分からなくもない。

 相談をしに来ている様子なのに、何も言わない。

 それだと、相談を受ける身としては、対応に困るってもんだ。


 頼るのなら、しっかりと頼って欲しい。

 そんな考えを、この時のホルーバは伝えたかったのかもしれない。


 なんてことを『オレ』が考えていると、何かを決心したように、レンが立ち上がる。

 ホルーバの翼をかき分け、顔を上げた彼女は、まっすぐにホルーバを見つめている。

「ごめんなさい。怒らせちゃった……」

「構わないさ。で? 今度こそ話してくれるんだろう?」


 そんな彼女の問いかけに、小さくうなずいて見せたレンは、ホルーバの翼をそっとでつけながら、口を開く。

「ホルーバは、誰かを好きになったこと、ある?」

「もちろん、あるぞ」

「ホント!?」

「あぁ。それがどうかしたのか?」


 ホルーバの答えが嬉しかったのか、はたまた、驚いたのか、翼に顔を埋めてモジモジとするレン。

 しばらくもだえた後、少し落ち着いたらしい彼女は、上目遣うわめづかいをするように視線を上げた。


「気持ちは伝えたの?」

「伝えたぞ」

「そ、そっか。伝えたんだぁ。じゃ、じゃあ、できればでいいんだけど、どうやって伝えたのか、教えて欲しいな」

「なぜそんなことが気になるんだ?」

「そ、それは……」


 急に口ごもるレン。

 そんな彼女の様子を見て、ホルーバは何かを察したように目を見開いた。

「もしかして、気持ちを伝える気になったのか?」

「ま、まだ分からないけど……できれば、伝えたいなぁって、思ってるよ」

「ほう、それは真剣に考えなければならないな」

「そうなの! でも、誰にも相談できなくて……ホルーバなら、何か良いアドバイスくれるかなって……」


 フンと鼻を鳴らしながら少し考え込んだホルーバは、静かに目を閉じた。

「確かに、誰にも聞けそうにない話ではあるが……」

「うん。やっぱりホルーバもそう思う?」

「そうだな。だが、そうとなると、アタイの伝え方はあまり意味をさないかもしれない」

「どうして?」

「伝えたのが、死にぎわだったからだ」

「……え?」


 躊躇ためらいなく告げるホルーバの様子に、一瞬いっしゅんほうけたレンが、短い声を漏らした。

 まぁ、『オレ』もレンの立場だったら、同じような反応になると思う。


 そんなレンの反応を、えて無視したホルーバが、話を続ける。

「魔王軍の攻撃で、瀕死ひんしの状態の彼に……あまり参考にはしたくないだろう?」

「……」

「だからこそ、1つだけ言えることはある。後悔だけは残さない方が良い。アタイもきっと、伝えることができていなかったら、こうして話すことはできなかったと思うからな」

「ホルーバは……やっぱり強いね」


 うつむきながら小さくつぶやくレン。

 しばらく黙り込んだ彼女は、意を決したように顔を上げると、先ほどホルーバが言った言葉を繰り返した。

「後悔だけは、残さない方が良い……か。そう、だね。私もそう思う」

「あぁ……それにしても、あの男も悪い奴だな」

「あはは……」


 南の空へと視線を移しながら告げたホルーバと、かわいた笑いをこぼすレン。

 今のやり取りから察するに、レンの想い人はきっと『オレ』の父親に当たる、ダンなのだろう。


 なんて、俺が考えた直後。

 レンが思わぬことを口にした。


「ホルーバ……その、ホルーバには教えておこうと思うんだけど」

 少し言いよどみながら、言葉を区切るレン。

 そんな彼女の方に、ホルーバが視線を投げた直後、俺は確かに聞いたのだった。


「私の好きな人は、リサなの」

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