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そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第7章 野生児と炎雪の魔王

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第85話 煌めく雫

 額《ひたい》から2本の大きな角を生やし、目を赤く輝かせているガーディが、俺目掛けて一直線に飛び込んでくる。

 明らかに理性を失っている彼に、何を言っても仕方がないと判断した俺は、手にしていた槍《やり》で迎《むか》え撃《う》った。


 両手の鋭《するど》い爪で、俺の身体を引き裂《さ》こうとするガーディ。

 そんな彼の攻撃を槍の柄《つか》で受けながら、左足を軸《じく》に回転した俺は、ガーディの勢いを利用して一撃をお見舞いする。


「ロネリー!! ウンディーネ!! 手を貸してくれ!!」

 槍の一撃を受けながらも、即座に俺から距離を取るガーディを睨《にら》みながら、俺は声を張り上げた。

 多分、ウンディーネの浄化の力なら、ガーディを元に戻せるはずだ。


 しかし、暴れるガーディが、俺に余裕を持たせてくれるわけがない。

「くそっ! 速い!!」

「グルルルルッ」

 低い唸《うな》り声を上げながら、右に左に動き回って俺を翻弄《ほんろう》する彼の動きは、まさに獲物を追いつめる捕食者《ほしょくしゃ》の動きだ。


 迂闊《うかつ》にこちらから攻撃を仕掛けようものなら、確実にカウンターを喰らってしまうだろう。

 膠着《こうちゃく》し始めた状況を、何とか覆《くつがえ》す方法を考えていた俺は、視界の端でロネリー達の動きを見た。


「ダレンさん!! 今向かいます!!」

「ロネリー!! 危ないチ!!」

「隙だらけだよ!!」

 すぐにこっちに来ようとするロネリーに、メデューサのヘビが襲い掛かり、ペポが助けに入る。

 そんな彼女たちの背後に現れたヒュプノスが、床を粉々に砕《くだ》いてしまうほどの拳《こぶし》を振り下ろしたことで、周囲に粉塵《ふんじん》が充満した。


 2人が無事なのか、確認できない。

 槍を構えてガーディを警戒しながら、内心焦りを抱き始めた俺は、結果的にガーディに対して隙《すき》を見せてしまったらしい。


 俺がチラッとロネリー達の方に視線を投げた瞬間を狙って、体勢を低くしたガーディが、鋭く切りかかってくる。

「やべっ!!」


 咄嗟《とっさ》に身体を逸《そ》らし、退避しようとするけど、間に合わない。

 腹《はら》を裂《さ》かれる。

 俺がそう思った時、飛び掛かって来たガーディの真下から、何かが俺に飛びついてきた。


 直後、ガギギッという嫌な音が響いたかと思うと、俺は腹に鈍痛《どんつう》を覚えながら、床を転がる。

「ぐへっ……なんだ?」

「ダレン、……大丈夫?」


 痛む腹に目を向けた俺は、ぐったりとした様子のサラマンダーが乗っていることに気が付いた。

 よく見れば、彼の背中の鱗《うろこ》に、鋭い爪痕《つめあと》がある。


「サラマンダー!? 大丈夫なのか!? それに、アパルは!?」

「アパルはこっちゴブ!!」

「ガーディ!! オラだ、ケイブだ!! 分からないゴブゥ?」


 俺の問いに応えたのは、アパルを大事そうに抱えたベックス。

 彼はアパルを抱えたままノームの元に走っている。

 もう一人のケイブは、彼の武器である巨大な戦斧《せんぷ》を構えながら、ガーディに牽制《けんせい》をしているところだ。


「サラマンダー、それにベックスとケイブ!! 助かった、ありがとう!」

「礼を言うには、まだちっと早いゴブ!!」

「そうゴブゥ!! こ、この、ガーディを、何とかしないとゴブゥ!!」


 大きな戦斧《せんぷ》を振り下ろし、ガーディに攻撃を仕掛けたケイブは、しかし、渾身《こんしん》の一撃を受け止められて、つばぜり合いのような状態になっている。

 体格で言えば、ケイブの方が圧倒的に大きいのに、ガーディは一歩も引くことなく戦斧《せんぷ》を押し返している。


「どんだけ強化されてるんだよ……何がどうなってるんだ?」

 ガーディの変わりように、思わずそう呟いた俺は、次の瞬間、信じられない言葉を耳にした。

「鱗《うろこ》だっチ!! 何かの鱗《うろこ》を、ガーディもこいつも食べたんだチ!!」


 そう言いながら、粉塵《ふんじん》の中から勢いよく飛び出して来たペポは、足で掴《つか》んでいたロネリーを俺達の傍《そば》に降ろす。

「ペポ、それはどういうことだ!?」

「ダレンさん、ペポの言う通りです。さっき、メデューサがヒュプノスに食べさせたのは、何かの鱗《うろこ》でした」


 身体に付いた砂埃《すなぼこり》を払いながらそう言った彼女は、鋭い視線をリューゲに向ける。

「おやおや、もう気が付いてしまったのですか。やはりあなた方は侮《あなど》れませんね」

「何を言ってんだい!? そんなことより、こんなガキ共、早く殺してしまうんだよ!! そうじゃないと、またあの方に怒られちまうじゃないか!!」

「分かっていますとも」


 まるで余裕《よゆう》綽々(しゃくしゃく)の様子で、会話を繰り広げるリューゲ達。

 そんな彼らに並ぶのは、粉塵《ふんじん》の中に立つ巨人ヒュプノスと、通路から現れる魔物達。

 戦力の差は一目瞭然《いちもくりょうぜん》だ。


 道を完成させるまで、ノームと連携《れんけい》できない俺と、正気を失ってしまったガーディ。

 そんなガーディを押さえるケイブ。

 これだけの戦力を削《そ》がれている俺達は、圧倒的に不利と言えるだろう。


 俺と同じことを考えているのか、他の皆の表情も、かなり厳しく見える。

 そんな俺達を見て楽しんでいるのか、兜《かぶと》の下で薄っすらと笑みを浮かべているリューゲは、両手を広げたかと思うと、高らかに告げた。

「さて、そろそろ引導《いんどう》を渡して差し上げましょうか」


 直後、まるでリューゲの声に反応したかのように、ガーディが動きを見せる。

 ケイブとつばぜり合いをしていた彼が、戦斧《せんぷ》を大きく弾いたかと思うと、後ろに飛び退《の》いたのだ。

 そしてそのまま、猛烈《もうれつ》な速度で俺達の元へと駆《か》けてくる。


「来るぞ!!」

 すぐさま槍を構え、ガーディを迎え撃とうとした俺は、同時に、ヒュプノスや他の魔物達が動き出すのを目の当たりにした。


 おまけに、リューゲやメデューサまで攻撃に加わろうとしている。

 俺達のことを侮《あなど》ってくれていたら、もっと楽だったのに。

 なんて、状況に似つかわしくないことを考えてしまう。


 ペポもロネリーも、ベックスもケイブも、サラマンダーやシルフィ、ウンディーネでさえ。

 歯を食いしばりながら迫り来る敵に対峙《たいじ》する中。

 俺は向かって来るサラマンダーの目を見て、思わず絶句してしまう。


 赤く輝いていた両目のうち、右目の輝きが薄れ、元の瞳《ひとみ》に戻りつつある。

 そんな彼の瞳を見た俺が、思わず前に一歩を踏み出そうとした瞬間。


 俺よりも速く、サラマンダーがガーディの元に飛び出して行った。

「ガーディ!!」

 震《ふる》える彼の声を耳にした俺は、すぐに気づいた。きっと、サラマンダーもガーディの瞳の変化に気が付いたんだと。


 何の躊躇《ためら》いもなく、ガーディに向かって飛び掛かっていくサラマンダー。

 対するガーディは、両手を大きく振りかぶり、その鋭い爪で、サラマンダーの身体を切り裂いた。


 鈍《にぶ》く、重たい音が周囲に響く。

 鋭《するど》い爪で切り裂かれたサラマンダーは、弾《はじ》き飛ばされて激しくはねた後、床の上に伸びてしまう。

「サラマンダー!!」

「あの野郎、やりやがったゴブ!!」


 全く勢いを殺すことなく、迫り来る魔王軍。

 焦燥感《しょうそうかん》と絶望感《ぜつぼうかん》に苛《さいな》まれながら、諦念《ていねん》に身を委《ゆだ》ねそうになった時。

 力のないサラマンダーの声が、響いてきた。


「……僕は大丈夫だよ。だから、ガーディ……目を醒《さ》まして」

 そう言うサラマンダーに目を向けた俺は、彼が首を震《ふる》わせながら、ガーディの方を見上げていることに気づく。


 そして、俺はもう一つのことに、気が付いた。

 ガーディが、サラマンダーを切り裂いた場所から一歩も動いていない。

 更《さら》に言えば、両肩《りょうかた》を力なく落としたまま、俯《うつむ》いている。

 その姿はまるで、酷《ひど》く落ち込んでいるようだ。


「おやおや、これは予想外でしたねぇ。でも、まぁ、それがサラマンダーだという証拠なのでしょうか?」

 意味の分からないことを言うリューゲ。

 そんな彼の言葉に、ピクッと反応を示したガーディが、うなだれていた頭を上げたかと思うと、勢いよく踵《きびす》を返す。


「オデはガーディだ!! あかいハグレのガーディだぁぁぁぁ!!」

 叫び声を上げた彼は、流れるような動作で身を屈《かが》めたかと思うと、勢いよく魔物の群れに突っ込んでいく。


 怒りに任せて魔物達を切り裂いてゆくガーディ。

 そんな彼の描く赤い軌跡《きせき》の中に、時折、煌《きら》めく雫《しずく》のような何かが散りばめられていることに、俺は気づいたのだった。

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