表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第7章 野生児と炎雪の魔王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/124

第85話 煌めく雫

 ひたいから2本の大きな角を生やし、目を赤く輝かせているガーディが、俺目掛けて一直線に飛び込んでくる。

 明らかに理性を失っている彼に、何を言っても仕方がないと判断した俺は、手にしていたやりむかった。


 両手のするどい爪で、俺の身体を引きこうとするガーディ。

 そんな彼の攻撃を槍のつかで受けながら、左足をじくに回転した俺は、ガーディの勢いを利用して一撃をお見舞いする。


「ロネリー!! ウンディーネ!! 手を貸してくれ!!」

 槍の一撃を受けながらも、即座に俺から距離を取るガーディをにらみながら、俺は声を張り上げた。

 多分、ウンディーネの浄化の力なら、ガーディを元に戻せるはずだ。


 しかし、暴れるガーディが、俺に余裕を持たせてくれるわけがない。

「くそっ! 速い!!」

「グルルルルッ」

 低いうなり声を上げながら、右に左に動き回って俺を翻弄ほんろうする彼の動きは、まさに獲物を追いつめる捕食者ほしょくしゃの動きだ。


 迂闊うかつにこちらから攻撃を仕掛けようものなら、確実にカウンターを喰らってしまうだろう。

 膠着こうちゃくし始めた状況を、何とかくつがえす方法を考えていた俺は、視界の端でロネリー達の動きを見た。


「ダレンさん!! 今向かいます!!」

「ロネリー!! 危ないチ!!」

「隙だらけだよ!!」

 すぐにこっちに来ようとするロネリーに、メデューサのヘビが襲い掛かり、ペポが助けに入る。

 そんな彼女たちの背後に現れたヒュプノスが、床を粉々にくだいてしまうほどのこぶしを振り下ろしたことで、周囲に粉塵ふんじんが充満した。


 2人が無事なのか、確認できない。

 槍を構えてガーディを警戒しながら、内心焦りを抱き始めた俺は、結果的にガーディに対してすきを見せてしまったらしい。


 俺がチラッとロネリー達の方に視線を投げた瞬間を狙って、体勢を低くしたガーディが、鋭く切りかかってくる。

「やべっ!!」


 咄嗟とっさに身体をらし、退避しようとするけど、間に合わない。

 はらかれる。

 俺がそう思った時、飛び掛かって来たガーディの真下から、何かが俺に飛びついてきた。


 直後、ガギギッという嫌な音が響いたかと思うと、俺は腹に鈍痛どんつうを覚えながら、床を転がる。

「ぐへっ……なんだ?」

「ダレン、……大丈夫?」


 痛む腹に目を向けた俺は、ぐったりとした様子のサラマンダーが乗っていることに気が付いた。

 よく見れば、彼の背中のうろこに、鋭い爪痕つめあとがある。


「サラマンダー!? 大丈夫なのか!? それに、アパルは!?」

「アパルはこっちゴブ!!」

「ガーディ!! オラだ、ケイブだ!! 分からないゴブゥ?」


 俺の問いに応えたのは、アパルを大事そうに抱えたベックス。

 彼はアパルを抱えたままノームの元に走っている。

 もう一人のケイブは、彼の武器である巨大な戦斧せんぷを構えながら、ガーディに牽制けんせいをしているところだ。


「サラマンダー、それにベックスとケイブ!! 助かった、ありがとう!」

「礼を言うには、まだちっと早いゴブ!!」

「そうゴブゥ!! こ、この、ガーディを、何とかしないとゴブゥ!!」


 大きな戦斧せんぷを振り下ろし、ガーディに攻撃を仕掛けたケイブは、しかし、渾身こんしんの一撃を受け止められて、つばぜり合いのような状態になっている。

 体格で言えば、ケイブの方が圧倒的に大きいのに、ガーディは一歩も引くことなく戦斧せんぷを押し返している。


「どんだけ強化されてるんだよ……何がどうなってるんだ?」

 ガーディの変わりように、思わずそう呟いた俺は、次の瞬間、信じられない言葉を耳にした。

うろこだっチ!! 何かのうろこを、ガーディもこいつも食べたんだチ!!」


 そう言いながら、粉塵ふんじんの中から勢いよく飛び出して来たペポは、足でつかんでいたロネリーを俺達のそばに降ろす。

「ペポ、それはどういうことだ!?」

「ダレンさん、ペポの言う通りです。さっき、メデューサがヒュプノスに食べさせたのは、何かのうろこでした」


 身体に付いた砂埃すなぼこりを払いながらそう言った彼女は、鋭い視線をリューゲに向ける。

「おやおや、もう気が付いてしまったのですか。やはりあなた方はあなどれませんね」

「何を言ってんだい!? そんなことより、こんなガキ共、早く殺してしまうんだよ!! そうじゃないと、またあの方に怒られちまうじゃないか!!」

「分かっていますとも」


 まるで余裕よゆう綽々(しゃくしゃく)の様子で、会話を繰り広げるリューゲ達。

 そんな彼らに並ぶのは、粉塵ふんじんの中に立つ巨人ヒュプノスと、通路から現れる魔物達。

 戦力の差は一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


 道を完成させるまで、ノームと連携れんけいできない俺と、正気を失ってしまったガーディ。

 そんなガーディを押さえるケイブ。

 これだけの戦力をがれている俺達は、圧倒的に不利と言えるだろう。


 俺と同じことを考えているのか、他の皆の表情も、かなり厳しく見える。

 そんな俺達を見て楽しんでいるのか、かぶとの下で薄っすらと笑みを浮かべているリューゲは、両手を広げたかと思うと、高らかに告げた。

「さて、そろそろ引導いんどうを渡して差し上げましょうか」


 直後、まるでリューゲの声に反応したかのように、ガーディが動きを見せる。

 ケイブとつばぜり合いをしていた彼が、戦斧せんぷを大きく弾いたかと思うと、後ろに飛び退いたのだ。

 そしてそのまま、猛烈もうれつな速度で俺達の元へとけてくる。


「来るぞ!!」

 すぐさま槍を構え、ガーディを迎え撃とうとした俺は、同時に、ヒュプノスや他の魔物達が動き出すのを目の当たりにした。


 おまけに、リューゲやメデューサまで攻撃に加わろうとしている。

 俺達のことをあなどってくれていたら、もっと楽だったのに。

 なんて、状況に似つかわしくないことを考えてしまう。


 ペポもロネリーも、ベックスもケイブも、サラマンダーやシルフィ、ウンディーネでさえ。

 歯を食いしばりながら迫り来る敵に対峙たいじする中。

 俺は向かって来るサラマンダーの目を見て、思わず絶句してしまう。


 赤く輝いていた両目のうち、右目の輝きが薄れ、元のひとみに戻りつつある。

 そんな彼の瞳を見た俺が、思わず前に一歩を踏み出そうとした瞬間。


 俺よりも速く、サラマンダーがガーディの元に飛び出して行った。

「ガーディ!!」

 ふるえる彼の声を耳にした俺は、すぐに気づいた。きっと、サラマンダーもガーディの瞳の変化に気が付いたんだと。


 何の躊躇ためらいもなく、ガーディに向かって飛び掛かっていくサラマンダー。

 対するガーディは、両手を大きく振りかぶり、その鋭い爪で、サラマンダーの身体を切り裂いた。


 にぶく、重たい音が周囲に響く。

 するどい爪で切り裂かれたサラマンダーは、はじき飛ばされて激しくはねた後、床の上に伸びてしまう。

「サラマンダー!!」

「あの野郎、やりやがったゴブ!!」


 全く勢いを殺すことなく、迫り来る魔王軍。

 焦燥感しょうそうかん絶望感ぜつぼうかんさいなまれながら、諦念ていねんに身をゆだねそうになった時。

 力のないサラマンダーの声が、響いてきた。


「……僕は大丈夫だよ。だから、ガーディ……目をまして」

 そう言うサラマンダーに目を向けた俺は、彼が首をふるわせながら、ガーディの方を見上げていることに気づく。


 そして、俺はもう一つのことに、気が付いた。

 ガーディが、サラマンダーを切り裂いた場所から一歩も動いていない。

 さらに言えば、両肩りょうかたを力なく落としたまま、うつむいている。

 その姿はまるで、ひどく落ち込んでいるようだ。


「おやおや、これは予想外でしたねぇ。でも、まぁ、それがサラマンダーだという証拠なのでしょうか?」

 意味の分からないことを言うリューゲ。

 そんな彼の言葉に、ピクッと反応を示したガーディが、うなだれていた頭を上げたかと思うと、勢いよくきびすを返す。


「オデはガーディだ!! あかいハグレのガーディだぁぁぁぁ!!」

 叫び声を上げた彼は、流れるような動作で身をかがめたかと思うと、勢いよく魔物の群れに突っ込んでいく。


 怒りに任せて魔物達を切り裂いてゆくガーディ。

 そんな彼の描く赤い軌跡きせきの中に、時折、きらめくしずくのような何かが散りばめられていることに、俺は気づいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ