第83話 手を重ねて
地底湖の監獄に囚われていた人々が、魔物に変えられている。
そんな光景を目の当たりにした俺達は、しばらく話し合う事が出来なかった。
各々が黙り込んだまま、何かを考えている。もちろん、俺もその一人だ。
魔物になった人々のバディがどうなったのか、そもそも、どういう原理で魔物になっているのか。
詳しいことは分からない。
ただ一つ、俺はいつか聞いた言葉を思い出していた。
それは、ダンドス樹海にある湖で遭遇した、シンと言う名のドラゴンの言葉。
生命のバランス……って言ってたっけ?
あの時の話だと、バディが居ない人間のことを『生命のバランスが崩れている』って言ってたけど、今回はどうなんだろうか?
もし、バディのいる人間も魔物に変わってしまうのだとしたら、それは大変な話に違いない。
「みんな、色々と思う所はあると思うけど、そろそろ、どう動くのか話し合った方が良くないですか?」
不意にそう告げたのは、今も窓から湖の畔を盗み見ているロネリーだ。
彼女は窓の外から視線をこちらに移すと、俺たち全員を見渡した。
その碧い瞳を見返した俺は、大きく息を吐き出した後、頷いて見せる。
そんな俺の反応に続くように、他の皆も各々賛同を示した。
まぁ、ベックスとケイブはもう少し考える時間が欲しかったかもしれないけど、状況を理解してくれたらしい。
そして、皆の賛同を得たことでロネリーが話し始める。
「ダレンさん。湖の真ん中の島まで、道を作ることは出来そうですか?」
「ん? まぁ、できると思うぞ。なぁ、ノーム」
「当然だ、オイラに任せとけ」
「でも、島に渡った後はどうするチ?」
「それについては、私に考えがあります」
そう言ったロネリーは、部屋の真ん中に歩み出すと、ノームに対して周辺の地図を床に描くようにお願いをした。
すぐに床に潜り込んだノームによって、凹凸が現れ始め、見る見るうちに地図が描かれてゆく。
そして、出来上がった地図のある部分を指さしたロネリーは、説明を始める。
「ここが、今私達が居る場所です。ここからもう少し東に言ったところに、崖が少し出っ張ったような地形の場所があります。まずはそこを目指しましょう」
「なるほど、なるべく島への道を短く済ませるためだな」
「確かに、その出っ張り部分が窓から見えるチ。見たところ、監獄の建物みたいチ」
ペポがそう言った直後、ロネリーが示した出っ張り部分から島までの道が、新たに描き加えられる。
その道を指さしたロネリーは、俺達を見ながら続けた。
「ノームさんが作った道を渡ったらまず、全員で島を制圧します。その後、フェニックスの解放をダレンさんとペポさんにお願いしても良いですか? 他の4人は、橋の防衛をお願いします」
「任せるチ」
「ワカッタ」
「橋の防衛くらいなら、オラ達でも出来そうゴブゥ」
少し元気のないサラマンダー以外、全員が力強く頷いた。
そんな皆の様子を見たロネリーが、安堵したようにホッと息を吐きだした時、不思議そうに首を傾げたペポが告げる。
「ロネリーは何をするチ?」
「私は、地底湖に水を注いで、温度を下げようと思います」
「地底湖の温度を下げるゴブ!? そんなことできるゴブか?」
「多分できると思います。お湯に水を注げば、温度は下がるはずなので」
ここまでロネリーの話を聞いた俺は、彼女の目論見を理解した。
「なるほど、地底湖の温度が下がれば、蒸気が減ってサラマンダーの調子が戻るってワケか」
「はい。蒸気自体は水なので、ウンディーネが操れるはずなんですが、ここは発生する蒸気の量が多すぎるので、まずは発生を止めようかと」
すると、ペポの頭の上で話を聞いていたシルフィが、珍しく口を挟んできた。
「それってぇ、ウチも手伝えることがあるんじゃない?」
「本当ですか?」
「要は、サラマンダーの周辺から、湿った空気を取り除いてやればいいんでしょ? 地底湖から発生する蒸気が止まるなら、楽勝だよぉ~」
口調は軽いけど、彼女が嘘を言っているようには聞こえない。
その証拠に、俺と目が合ったシルフィは満面の笑みでウインクをしながら、右手の親指を突き立てて見せた。
……うん、大丈夫なはずだ。
「それで、その後はどうするんだ? オイラ達がフェニックスを助け出せたとしても、島から逃げ出せなかったら、意味ないと思うぞ?」
ノームの指摘を受けたロネリーは、一つ頷く。
「そこも考えてます。逃げる方法ですよね。ただ、私の案は完全にお一人に委ねてしまう形になるので、少し申し訳ないのですが……」
そう言ったロネリーは、ぐったりとしているサラマンダーの傍にしゃがみ込むと、彼の背中とアパルの頭をそっと撫でながら告げた。
「サラマンダーさん。城の最上階で私を助けるために放った火弾が、天井を突き破って穴を空けたのを覚えていますか?
「うん……覚えてるけど」
「あれと同じように、この空間の壁や天井に穴を開けれるんじゃないかなと思ったのですが、どうでしょうか?」
「……分かった。やってみるよ」
「ありがとうございます」
説明を終えたロネリーが、座ったままこちらに視線を投げて来る。
そんな彼女の隣に歩み寄った俺は、右肩に乗っているノームに目配せした後、しゃがみ込みながら、彼女の目の前に右手を突き出した。
「絶対に、成功させよう」
そう言った俺の手の甲の上に、ガーディの手が乗せられる。
「オデたちなら、デキル!」
更にその上に、シルフィが乗った大きな翼の先端が添えられた。
「やるしかないチ」
「この場所にも、そろそろ嫌気がさして来たしねぇ~」
続いてサラマンダーの弱々しい尻尾が、翼の上に乗せられた。
「僕も、できる限り頑張るよ」
彼がそう言った直後、今にも落ちそうになっていたサラマンダーの尻尾を掴むようにして、ベックスとケイブの手が添えられた。
「元気が出ねぇんなら、無理するなゴブ」
「ベックスは素直じゃないゴブゥ」
「やかましいゴブ!!」
いつも通り、そんなことを言い合うベックスとケイブを見て、皆が笑みを浮かべた時。
一番上にロネリーとウンディーネの手が、添えられた。
「皆さん、よろしくお願いします」
皆の視線を浴びたことで少し緊張したのか、いつも以上に固くなっている様子のロネリーが、短く告げる。
そんな彼女の様子に小さな笑いが起きた後、俺達はすぐに動き出したのだった。




