第82話 その姿はまるで
「フェニックス!? あれが!?」
「間違いないチ」
自信満々に言うペポ。その様子を見て、俺は彼女の言葉を信じざるを得なくなった。
すると、同じように彼女の言葉を信じたらしいロネリーが、矢避けの壁から地底湖の方を見下ろしながら呟く。
「確かに、ペポの言う通りみたいですね。あの光がフェニックスなら、湖が沸騰してるのも説明できますし、それに、魔王軍が私達の目論見を理解してるんだとしたら、ああして捕えててもおかしくないと思います」
説得力のある彼女の言葉に、俺達は頷くしかない。
だからこそ、その事実をあまり認めたくはない俺がいた。
なぜなら、俺達が魔王と対抗しつつ、4大精霊の役割を果たすためには、フェニックスの協力が必要になるからだ。
「だとしたら、ちょっと厄介だね。ここから逃げ出すだけじゃなくて、フェニックスを助け出さなくちゃいけないんでしょ?」
「そうだな。ちなみに、フェニックス周辺の守りはどうなってた? ペポ」
「ヒュプノスとゴブリンが居たチ。倒すの自体は難しくなさそうだチ。でも、増援を呼ばれたら、結構きつそうだから、何か作戦が必要チ」
ペポの言葉に思わず唸りたくなる。
沸騰する湖のど真ん中で、見張り役のヒュプノスと一戦交えれば、彼女の言う通り、増援が来るだろう。
下手したら、リューゲやメデューサ、バーバリウスまで姿を現しかねない。
何か良い手は無いだろうか。と、腕組みをしながら考え込み始めていた俺は、視界の端にノームが姿を現したことに気が付く。
「悪い、遅くなったな。見張りが少ない通路まで、穴を掘って来たぜ。全員、オイラに感謝してくれよ?」
直後、彼が壁をポンと叩くと、まるで壁が溶けたかのように、横穴が出現する。
「ノーム、タスカッタ、アリガトウ」
「へへっ、良いってことよ」
律儀に礼を告げるガーディと、得意げなノーム。
そんな彼らから横穴の奥に視線を移した俺は、壁に手を添えながら告げた。
「よし、道ができたんなら、あとは進むだけだ。とりあえず、安全地帯を探そう。ノーム、引き続き頼んだぞ」
「はいよ」
壁の中に消えていったノームに続くように、俺達は横穴に足を踏み入れた。
穴を抜け、監獄の中の倉庫らしいところに辿り着いた俺達は、荷物の影に隠れながら、ノームの到着を待つ。
その間に何度か、鎧を身に纏ったゴブリンが倉庫の中に入って来たことを考えると、この倉庫で作戦会議はできないだろう。
ゴブリンが居ない間に横穴を木箱で隠した俺達は、ようやく現れたノームの後に付いて、監獄の中を進んだ。
入り組んだ通路を、奥に奥に進み、少しずつ階段を降りた先、所々壁が崩れてしまっている部屋に案内された俺達は、そこでようやく足を休めることができた。
「ふぅ、なんとか見つからずに行けたな」
各々、部屋の中に腰を下ろして休憩する。
普通に歩くだけじゃなく、辺りに警戒しながら進んだことで、普段よりも疲れを感じる気がする。
そうこうしていると、部屋の奥にある窓の方に向かったベックスとケイブが、窓から外を覗きながら呟いた。
「お、この窓から湖の畔が見えるゴブ」
「何かやってるゴブゥ」
「ベックス、ケイブ。見るのは良いけど、見つかるなよ?」
「分かってるゴブ」
ここまで隠れながらやって来たのに、窓から覗いているのがバレてしまうのはバカみたいじゃないか。
なんて考えていた俺の傍に、ロネリーが腰を下ろす。
「それで、これからどうしましょうか?」
「今頃、奴らはアタチ達を探してるはずチ」
当然のように俺を囲むように座り直した皆を見渡しながら、俺は考えを述べることにした。
「今の所、ノームのおかげで見つからずに済んでるけど、追っ手の数が増えたら、流石に限界があるよな」
「湖の畔まで降りれば、ワラワの力で水を操って、奴らを一網打尽にできるぞ?」
「そうなったら、確実に全方向から包囲されるよね。僕、あの湖のど真ん中で思い切り戦える自信が無いよ」
身体に纏わりつく湿気のせいで、少し顔色の悪いサラマンダー。
確かに、この環境下でさえキツイのなら、湖のど真ん中なんて、戦える環境じゃないのも頷ける。
敵にバレずにフェニックスを助け出せればいいけど。
なんて考えていた俺は、窓の方で物音がしたのを聞き、咄嗟にそちらを振り返った。
音の正体は、ベックスが突然尻餅を付いた時のもの。
それに気が付いた俺は、すぐに座り込んでいるベックスに声を掛ける。
「どうした、ベックス?」
「う、うそゴブ……そんなこと、ありえないゴブ」
「もしかして、見つかったチ!?」
「違うゴブゥ……」
焦りの声を漏らすペポに、どこか陰りのある表情で応えたケイブ。
彼は窓から俺達の方にゆっくりと視線を向けると、困惑した表情のまま俯いてしまった。
「ケイブまで……何かあったんですか?」
そう呟くロネリーと顔を見合わせた俺は、そのまま立ち上がって窓の方に向かった。
その窓からは、聞いていた通り湖の畔が見える。
そこには、武装したゴブリン達に連れられた人間の姿があった。
「監獄に捕まってる人、ですね。え? まさか、あの熱湯に入るつもりでしょうか!?」
隣で呟くロネリーの声を聞きながら、俺は事の成り行きを見守る。
グツグツと沸騰し続ける湖に向かって歩かされている人々が、ゴブリン達の槍に追い立てられるように、バシャバシャと熱湯の中に入っていくんだ。
見ているだけで熱い。と言うことは、実際に熱湯の中に入っている人々はもっと熱いわけで、案の定、逃げ出そうとする男が現れる。
しかし、ゴブリン達もそれを知っていたらしい、あっという間にその男を取り押さえると、数人がかりで熱湯の中に投げ込んでしまった。
「あいつら! 放り込みやがった!」
「惨いチ……」
バシャバシャと盛大に暴れた男は、全身を真っ赤に染め上げながら陸に這い上がって来る。
そんな彼を取り囲むゴブリン達。
彼はこの後、また熱湯の中に投げ入れられるのだろうかと、思わず顔をしかめてしまった俺は、予想外の事態に声を漏らしてしまう。
「様子がおかしいな……」
這いつくばっていた男が、不意に胸元を押さえたかと思うと、苦しそうにもがきだした。
全身の火傷がよほど苦しいのかと思った俺は、しかし、そう言う話じゃないとすぐに理解する。
もがく男の身体が、赤から緑へと変化を始め、それに合わせるように、身体が少しずつ縮んでゆく。
その姿はまるで……。
「あれって……」
俺と同じことを思ったのか、ロネリーがボソッと呟いた。
そんな彼女の考えに賛同するために、俺も小さく呟く。
「ゴブリン、だよな?」
当然、俺達のその声はベックスとケイブにも聞こえているわけで、俯いたままのケイブが、震える声で告げた。
「オラ達って……」
「そんなこと、ありえないゴブ!」
「ベックス、でも……」
まるで、その考えを否定するかのように、声を張り上げるベックス。
彼は座り込んだまま目を見開き、更に言葉を続けた。
「ケイブ、お前は俺達が元々人間だったと思うゴブ!?」
「分からないゴブゥ、でも、今……」
「今のはたまたまゴブ! そうゴブ、絶対にそうゴブ!」
「お、おい、ベックス落ち着け」
「落ち着いてるゴブよ!」
「声が大きいチ」
ペポの指摘を受けたベックスは、一度大きく口を開いた後、ゆっくりと噤んだ。
代わりに、ケイブがこぶしを握り締めながら言う。
「オラも驚いたゴブゥ。でも、オラ達が元人間だからって、なにかが」
なにかが変わる訳じゃない。
そう言おうとしていたらしいケイブの言葉を、ベックスが遮る。
怒りと悲しみ、それらを滲ませるような表情を浮かべた彼は、窓の外を睨みながら告げる。
「ケイブ、俺達が元々人間だったってことは、バディもいたってことゴブ!!」
「それは……」
「俺達は、奪われたんだゴブ……」
絞り出すように発せられたベックスの声は、部屋の空気に溶け込むように、消えていったのだった。




