第81話 地底湖の真ん中
今後の方針を決めるためには、現状を知る必要がある。
とのことで、俺達は地底湖の北の端にある崖の上から、辺りの様子を観察した。
その結果、得られた情報がいくつかある。
まず初めに、地底湖の真ん中にある小さな島について。
その島には何やら輝きを放つ物体があり、絶えることなく光を放ち続けていた。
しかし、立ち込める湯気のせいで、それが何なのか詳細には分からない。
次に、空間を囲んでいる壁に埋まるような形で構築されている建物について。
その構造を観察した俺達は、それが一種の監獄のようだと推測した。
と言うのも、至る所に鉄格子がはめられた窓のような物があり、しかも、囚人と思われる人々が、煮えたぎる湖の縁で何かしているのだ。
もちろん、看守のような奴らもいる。
最後に、俺達の居る場所について。
当然なんだけど、俺達がいる場所は監獄よりも高い場所に位置していて、見晴らしが良い。
俺達からすれば、敵の様子を伺うのに最適な場所だ。
なんて、安直に考えようとした俺達は、大きな欠点に気が付くことになる。
「ね、ねぇ、ダレン。あれってさ、僕たちの所に向かって来てるワケじゃないよね?」
サラマンダーは崖の下を指さしながら、そう言った。
東の方に見える建物から、沢山の武装した魔物達が、崖の下に向かって移動を開始しているんだ。
心なしか、視線がこちらに向いている気がする。
「なにバカなこと言ってるんだ? サラマンダー。この場所がバレるわけないだろ? 気のせいさ気のせい」
「バカはダレンだっチ!! 完全に見つかってるチ!!」
「そりゃ当たり前ゴブ。こんな開けた空間の天井に、突然、螺旋状の道が出来たら、誰でも気づくゴブ」
「オ、オイラのせいじゃないぞ!? 咄嗟の事だったし、下まで降りた方が良かったってのか!?」
「言い争っておる場合か! すぐに動くのじゃ! ノーム、奴らと反対の方へ、壁伝いに降りれる道を作れ!」
ウンディーネの指示で我に返った俺達は、すぐに動き始める。
崖から突き出ている状態の岩の道を、少し早歩きをしながら進むのは、かなり恐怖を覚える所業だ。
おまけに、俺は今ロネリーを背負っているワケで、絶対に足を踏み外すわけにはいかない。
「ダレン、アタチ達は少し周囲の偵察に行って来るチ!!」
「分かった! 出口を見つけて来てくれよ!!」
「任せろっチ!!」
自信満々にそう告げたペポが、シルフィと共に飛び去って行くのを、湯気で姿が見えなくなるまで見届けた俺は、改めて歩を進めた。
ジメジメとした空気が、全身に纏わりついて来る。
正直、ダンドス樹海よりも心地悪い。酷い環境だ。
こんなところに囚われている人々は、ずっとこんな環境に曝されているんだろうか。
サラマンダーじゃなくても、体調を崩してしまうに違いない。
なんてことを考え、ロネリーを背負い直した俺は、直後、すぐ目の前の壁に矢が突き立ったのを目の当たりにする。
「おわっ!?」
「皆の者!! 身を屈めよ!!」
もし、ロネリーを背負い直すために足を止めなかったら、今頃、射抜かれていた。
そんな恐怖とウンディーネの声に身体を強張らせた俺は、背負っていたロネリーを座らせると、彼女を庇いながら崖下を見下ろした。
「あいつら、撃ってきた……」
俺の傍で元気なく呟くサラマンダーに、ウンディーネが言葉を掛ける。
「問題ない、ワラワが全て撃ち落す!! その間に対処法を考えるのだ!」
「ノーム! いったん戻って来てくれ!! ここで一旦壁を作って、次の策を考えるぞ!」
俺が壁を叩きながら呼びかけると、すぐに察知したらしいノームが矢避けの壁を造り上げ、そのまま姿を現した。
「やべぇな。ダレン、ここいらは敵がわんさか居るぜ。正直、このまま進むのは危ねぇ。下手すりゃ上を取られて、道ごと破壊されるかもしれねぇ」
「それは本当か? 参ったな。ペポも飛んで行っちまったし」
「ペポ達に飛び道具は聞かないゴブゥ。だから今は、オラ達の安全を考えた方が良いゴブゥ」
「オデ、アナほれる。ミンナでアナをススムか?」
「それなら、オイラにもできるぜ? でも、ちょっと時間が掛かるけどな」
「それなら、監獄の中を走る方が早いゴブ!」
「監獄の中か、ノーム、ここから一番近い監獄の通路はあるか? 窓とかから侵入できれば、助かるんだけど」
「探してみるぜ!」
ベックスの提案と俺の依頼を受けたノームは、勢いよく壁の中へと戻ってゆく。
あとは彼とペポ達の帰りを待つだけだ。
そうして俺達が待機をしている間にも、ウンディーネは俺達に向かって撃たれる数多の矢を、水を駆使して防いでいた。
それから数分が経った頃だろうか、ノームが戻ってくるより先に、眠っていたロネリーが目を醒ます。
「ぅん……あれ? ここは?」
「ロネリー! 目が醒めたか?」
「ダレンさん、おはようございます。えっと、今はどういう状況ですか? 魔王は?」
「魔王の城から逃げてる途中だ。今は城の地下にいる。まぁ、敵の矢を集中砲火されてるから、あまり良い状況じゃないけど」
俺の言葉を聞きながら大きく頷いて見せた彼女は、深いため息を吐くと、両手で目を擦った。
「分かりました。で、逃げ道はあるんですか?」
「今、ペポが探しに行ってくれてる。それと、ノームが矢を凌げる通路までの道を調べてるところだ」
「ということは、とりあえず待ちの状態ってことですね」
「そうだ」
「それじゃあ……」
そう言って、ジワジワと俺の方に近寄ろうとしたロネリーは、しかし、突然響き渡った大きな奇声のせいで、動きを止めざるを得なかった。
「キエェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
煮えたぎる湖も空気も、岩の壁までもが、その声の振動で細かく震える。
パラパラと落ちて来る細かな石から頭を守りながら、その声がした方、すなわち湖の真ん中に目を向けた俺は、思わず目を見開いてしまった。
地底湖を観察していた時に見た小島の光が、何倍にも膨れ上がっている。
おまけに、その光が強くなったせいか、小島の周辺の水が、より激しく煮立っていた。
「何だ? 何が起きた?」
ボソッと呟いた俺は、頭上から近づいて来る翼の音を耳にする。
咄嗟に音の方を見上げ、警戒態勢に入った俺に、馴染みの声が投げかけられる。
「アタチだっチ」
「びっくりした、ペポか。それで? 出口はあったのか?」
「それが、出口はどこにも無かったチ。でも、1つ凄いものを見つけたチ」
「すごいものですか?」
「あ、ロネリー目が覚めたチ? って、話は後チ。今、皆も見たはずチ。湖の真ん中にある島の光。あれの正体を見て来たチ」
そこで言葉を切った彼女は、ゆっくりと俺達の傍に降り立つと、一つ息を吐いた後に告げたのだった。
「あれは間違いなく、フェニックスだっチ。魔王軍の奴ら、あの島でフェニックスを籠の中に入れて捕らえてたチ」




