第8話 心置きなく
シェルターで一夜を過ごした俺達は、夜が明けたと同時に、コロニーの修復に取り掛かった。
天気は快晴、風も心地いい。そんな中、俺達はあくせくと働く。
燻っている火をロネリーとウンディーネが消して回り、転がっている瓦礫を皆で1か所に寄せ集める。
そうして積み上げられた瓦礫の山を見上げながら、俺は隣に立っているゴールドブラムに話しかける。
「なぁ、ゴル爺」
「なんじゃ?」
「この山、どうするんだ? 集めたはいいけど、これじゃ邪魔だろ?」
「まぁ、そうじゃな。じゃが、他に置く場所もあるまいて」
そう言ったゴールドブラムは、周囲に目を向ける。
コロニーの東の端に積み上げられているその山以外には、焼け崩れてしまった建物の跡地があるだけだ。
これじゃあ、しばらくはシェルター内で暮らすしかないんだろうなぁ。
などと考えた俺は、ふと1つの案を思いつき、ゴールドブラムに提案することにした。
「なぁ、この瓦礫を使って、小さな塀を作ったらどうだ? そうしたら、賊の襲撃を押さえる事ができるだろ?」
「塀か。もちろん、それを考えなかった訳じゃない。じゃがな……」
そこで言葉を切ったゴールドブラムは、東に広がっている平原を指さしながら告げる。
「こんなだだっ広い平原で、塀なんか作っておったら、それこそ賊が真っ先に気づくじゃろう? 気づかれたが最後、奴らはすぐに邪魔をしに来る」
「あぁ……そっか」
ゴールドブラムの説明を聞いて、納得した俺は、改めて平原を見渡した。
だだっ広い平原の西の端にあるこのコロニーは、確かに目立ってしまうだろう。
逆に言えば、平原にあるからこそ、コロニーの皆は賊の襲撃をいち早く察知して、シェルターに逃げ込めたのかもしれない。
でも結局、それで得するのは賊なんだよなぁ。
コロニーの建物を襲撃さえすれば、食料などが手に入る訳だし。
なんか癪だな。
そう考えた俺は、何か賊の襲撃を妨げる方法は無いかと思考を巡らせた。
「なぁゴル爺、塀がダメなら、堀を掘ったらどうだ?」
「堀か。それも考えたが、儂らだけでは到底……」
と、再び言葉を切ったゴールドブラムは、ハッと何かに気が付いたように俺の顔を凝視する。
「儂らだけでは? 何を言ってるんだ、ゴル爺。今はここに俺とノームが付いてるじゃないか」
「おぉ!! ダレン、ノーム、やってくれるのか?」
「当たり前だろ? なぁ、ノーム」
「あぁ、この大地の大精霊に任せとけ!!」
いつも通り、俺の頭の上に立っているノームが、声高に宣言した。
その宣言を聞くと同時に、頭を下げて礼を言い始めるゴールドブラム。
彼にとっても、これまでずっと襲撃を受けるたびに奪われ続けていたことが、心苦しかったのかもしれない。
「よし、それじゃあ俺達は、堀を掘るとしますかね」
「とはいってもダレン、オイラ達は堀を掘ったことなんか無いわけで、どんな感じにすればいいんだ?」
「人が簡単に上がれないくらいの穴を掘れば良いんだろ? 簡単さ、狩りに使ってた落とし穴の応用って思えばいい」
「なるほどな。分かったぜ」
そう言ったノームは、勢いよく俺の頭の上から飛び降りると、地面の中に潜り込んでいった。
そんなノームを放っておいて、俺は穴を掘る位置にまで歩いてゆく。
「この辺から、あの辺くらいでいいかな?」
建物が無く、コロニーから離れすぎていない位置にまで歩いた俺は、右足で地面を軽く3回叩いた。
続いて、まっすぐ北に向かって歩いた俺は、堀の角に当たる場所で、もう一度3回地面をたたく。
すると、先ほど3回叩いて合図した場所の地面が、ゆっくりとへこみ始める。
それと相対するように、コロニー側の堀の壁に当たる地面が、ゆっくりと盛り上がり始めた。
「ノームの奴、張り切って塀まで作り始めてるじゃん。まぁ、良いか。賊が来ても、俺が追い払おう」
大地の変化を目にしながら、そう呟いた俺は、少しだけ心配事が減ったことに安堵する。
これで、心置きなくこのコロニーから出立できそうだ。
ボコボコという音と共に、堀と小さな塀が出来上がるさまを横目に見つつ、俺はゴールドブラムの元に歩み寄った。
「流石は大地の大精霊じゃのう」
「ははは。後でノームにも言ってやってくれ。きっと、跳んで喜ぶぜ」
感嘆の声を漏らすゴールドブラムに、笑いながら返事した俺。
そんな俺達に向かって声を掛けながら、ロネリーが駆け寄ってきた。
「ダレンさん!! ゴールドブラム様!! 何をしているのですか?」
ヒラヒラとスカートをはためかせて走る彼女の姿は、どこか清々《すがすが》しいものを感じる。
髪の毛や頬がしっとりと濡れているせいだろうか。
そんな様子を見ていた俺は、不意に彼女の碧い瞳が俺のことを凝視している気がして、思わず視線を逸らしてしまった。
「ダレンさん? どうかしました?」
「え? いや、何でもない。それより、ロネリーの方は終わったのか?」
「はい! もう火は完全に消しましたよ。それで、これは……?」
「ノームが堀と塀を作ってくれてるんじゃよ」
「これがあれば、賊が襲撃してきても、撃退しやすいだろ?」
「わぁ。ノームって、こんなこともできるんですね」
「まぁ、大地の大精霊だからな。これくらいはできないと」
そう言った俺は、一度口を噤んだ後、大きく息を吸って吐いた。
そして、改めてゴールドブラムとロネリーを見て、語り掛ける。
「えっと、2人に話があるんだけど」
「話? なんですか?」
不思議そうな表情で俺を見つめて来るロネリー。
そんな彼女とは対照的に、何かを察している様子のゴールドブラムは、深く息を吐き出した後に、問いかけてきた。
「……ふむ。察するに、これからの話、といった所じゃな?」
「なんで分かるんだよ」
「伊達にこの歳まで生きてないということじゃ。して、どうするつもりかね?」
「俺、このコロニーを出ようと思う」
「あ……」
短く声を漏らすロネリー。
彼女の反応に思わず言葉を濁らせそうになった俺は、しかし、意を決してはっきりと告げる。
「山に帰るとか、そう言うことじゃなくて。旅に出ようと思う」
「ふむ。して、その旅の目的は?」
「他の大精霊を探す。そして、俺達のことを狙ってる奴に対抗する方法を、一緒に考えてもらう」
そこで言葉を区切った俺は、ロネリーの碧い瞳を見つめながら問い掛けた。
「だから、その、ロネリー。良ければ一緒に着いて来て欲しいんだけど……ダメか?」
「ダレンさん……」
「はっはっは。ロネリー。先を越されてしまったのう」
「え? 先を?」
「そうじゃ、ロネリーもお主と同じことを考えていたのじゃよ」
「はい。だけど、まさかダレンさんの方から話を持ち掛けて来るとは思ってませんでした」
「そうか。それなら俺も、安心したよ」
「じゃが、大精霊を探しに行くのは、言うほど簡単なことではないぞ?」
「分かってる。残りの2人は……えっと、誰だっけ?」
「風の大精霊シルフィと、火の大精霊サラマンダーです。それくらいは覚えておいてくださいね」
「悪い」
「それで、いつ出発するつもりじゃ?」
「そうだな、この堀が完成して、準備ができ次第ってところかな」
ゴールドブラムの問いかけに、俺がそう答えた時。
俺達の足元からひょっこりと姿を現したノームが、高らかに告げた。
「オイラを差し置いて、なに面白そうな話をしてるんだ!?」
そんなノームを見て、思わず笑った俺とロネリーは、静かに視線を交わしたのだった。