第79話 湧き上がる
階段は武器を携えた魔王軍であふれかえり、部屋に居るリューゲ達は未だに健在。
ロネリーを解放することはできたけど、全てが上手く行っているわけでも無い。
それでも俺は、不思議と湧き上がってくる活力のおかげで、不安なんか感じていない。
「ペポ、シルフィ、サラマンダー、まだ動けるか?」
「もちろんチ!!」
「まだまだいけるよ~」
「僕も、大丈夫だよ! っと、危ないっ」
それぞれ、戦いを続けながら返事をしてくれた皆を見渡した俺は、頭上でバーバリウスが拳を振り上げたのを見て取った。
すぐさまロネリーを連れて後方へ飛び退き、振り下ろされるその一撃を回避する。
「ガキどもが、この俺様を愚弄して、この城から出られると思うなよ? お前たちも、こいつらを逃がしたらどうなるか、分かっているだろうな!?」
啖呵を切るバーバリウスの声が、部屋中の空気を振動させる。
そんな言葉に、真っ先に反応を示したのは、リューゲだった。
「もちろんでございます。このガキどもに、最高の絶望を味わわせてから、殺して差し上げましょう」
「誰がお前達なんかに殺されるもんか!! 僕も皆も、強いんだぞ!!」
バーバリウスに向かってお辞儀をしているリューゲに向かって、火弾を吐いたサラマンダーが、そんなことを叫ぶ。
「サラマンダーの言う通りだぜ! オイラ達がそう簡単にやられると思うなよ!!」
「いちいち癪に障るやつらだ」
ギロッと俺達の方を睨むバーバリウスの視線に、一瞬気圧されそうになった俺は、不意に右手を掴まれたことで我に返る。
「ロネリー?」
「なんですか?」
「え、いや、手……」
「手を繋ぎたかったので。……嫌ですか?」
「嫌じゃないけど」
「と言うことは、良いってことですね。良かった、手を繋ぎたくないってことかと思いました」
ロネリーの様子が変だ。
嬉しそうに頬を赤らめ、俺の手を両手でギュッと握りしめて来る彼女の様子は、普通に可愛い。
でも、状況が状況だし、今までのロネリーだったらこんなことしなかったはずだ。
やっぱり、少し変だ。
直感的にそう思った俺が、呆けたまま彼女を見ていると、当然のようにバーバリウスが声を荒げた。
「どれだけ俺様をコケにすれば気が済むんだ、貴様らは!!」
叫びながら拳を振り上げたバーバリウスは、そのまま俺とロネリーに向けて渾身の一撃を振り下ろす。
すぐにその攻撃を避けようと、背後に跳ぼうとした俺は、しかし、隣にいたロネリーが勢いよくバーバリウスの方へと駆け出したのを見て取った。
「なっ!? ロネリー!?」
「邪魔しないでください!!」
煌めく金髪を靡かせながらそう叫んだ彼女は、走りながら両手を大きく動かした。
すると、彼女の全身から湧き出して来た大量の水が、手の動きに合わせてバーバリウスの腕に纏わりつく。
勢いよく振り下ろされようとしていた奴の拳は、大量の水に引っ張られたことで、大きく軌道を変えて城の壁にぶち当たった。
当然、攻撃の軌道を変えられたバーバリウスは、バランスを崩してしまう。
そんな隙をロネリーが見逃すはずもなく、彼女は再び大きく腕を動かすと、バーバリウスの足を水で掬い上げ、転倒させてしまう。
一連の流れを、茫然と立ち尽くしてみていた俺は、思わずノームと顔を見合わせてしまった。
「おいダレン。どうなってんだ? ロネリーって、あんなに強かったっけ?」
「俺も知らないぞ。って言うか、こんだけ強かったんなら、一人で逃げ出せたんじゃ?」
思わずそんなことを呟く俺の元に戻って来たロネリーは、クスッと笑みを溢すと、当たり前のように俺の右腕にしがみ付いてきた。
「私が強くなれたのは、ダレンさんのおかげですよ? 今なら何でもできる気がします。凄いです。力が溢れて来るって言うか、湧き上がってくるんですもん」
「そ、そうなのか? 俺、何かしたっけ?」
「自覚が無いところが、ダレンさんらしいところですね」
転倒したまま動かないバーバリウスと、にこやかなロネリーを見比べ、俺は困惑する。
そんなバーバリウスの様子を見て、リューゲが動かないワケがない。
「バーバリウス様!? ご無事ですか!!」
倒れているバーバリウスの元に一直線に飛び寄ったリューゲは、心配そうな表情を浮かべている。
そのおかげで手隙になったサラマンダーが、声を張り上げた。
「みんな、逃げるなら今だよ!!」
いや、ロネリーとウンディーネが居れば、逃げなくても倒せるんじゃないか?
なんて思った俺は、しかし、自分の考えが甘いことをすぐに理解する。
「はぁ……なんだか疲れちゃいました。ダレンさん、後で……」
サラマンダーが叫んだ直後だろうか、急に力なく倒れ込み始めたロネリーを支えた俺は、そのまま彼女が眠りに落ちていることを確認する。
良く考えるまでもなく、彼女は敵地でずっと囚われてたわけだ。
そんな状態でゆっくり休めるわけがない。疲労困憊しているのは当たり前だろう。
「お疲れさん。後は任せてくれ」
眠るロネリーの頭をそっと撫でた俺は、彼女を背に担ぎ上げると、階段の方に走った。
「ペポ!! 殿は任せた!!」
「分かったチ!」
「僕が道を切り開くよ!! ダレンはロネリーをお願い!」
「助かる!!」
「やっとゴブか!? もう俺達だけじゃ食い止められないゴブよ!!」
階段の前でバリケードを張り、魔王軍の侵入を防いでいたベックスとケイブが、俺達の姿を見てぼやきだす。
たった2人で防いでしまったのは、普通に考えて凄いことだ。
「2人とも大丈夫か? よく今まで防ぎ切ったな」
「違うゴブゥ。オラ達だけじゃないゴブゥ」
バリケードの傍に着いて、すぐに2人に声を掛けると、ケイブがバリケードの奥を指さしながら言った。
どういうことだ?
と思いながら、彼の指さした階段の下の方に目を向けた俺は、何かが起きているのを見て取る。
階段の中腹辺り、魔王軍のど真ん中で暴れ回っている赤い影。
壁や天井を縦横無尽に駆け巡りながら、魔物達を狩っているその素早い影は、猛烈な炎を身に纏っている。
その様子を見た俺は、一瞬、何が起きているのか分からなかった。
しかし、その赤い髪を見て、状況を理解する。
「「ガーディ!!」」
理解した瞬間、声を張り上げた俺とサラマンダーは、互いに顔を見合わせて笑みを浮かべたのだった。




